第33話 黒い津波(後編の1
『撃ち続ければいつか死ぬ! 攻撃を緩めるな!』
『しぶとすぎだろ! 絶対体力の数値設定間違えてるって!』
『運営のバーカ! バーカ! アホー!!』
猛烈な砲火を浴びせかけながら、あちこちで運営への不満が上がり始めた頃合いで、ようやく女王アリの足が止まる。巨体を支える足が折れ、大重量が地面に落ちる地響きが大群の足音に混じる。
『やったか!』
『やったぜ!』
『まだ終わりじゃないぞ! 気を抜くんじゃない!』
あえて言おう。フラグ乙と。
地に伏した黒い山がブルリと大きく震え……被弾しすぎで穴と穴が繋がって向こう側まで見えるような空洞這い出し、焼け焦げ脆くなった外殻を食い破り、白いアリが噴水のように湧き出した。
「うわ、キモ……」
「ナメクジが見たら泡吹いて卒倒するぞ。来なくてよかったなあいつ」
サイズは人間並み、黒蟻よりは小さいが、一般常識から考えれば十分巨大なことに違いはない。シロアリが列をなし、波のように押し寄せる。その後ろからはもちろんクロアリが。死にたてホヤホヤの女王の死体を乗り越えてやってくる。
「的が増えたぜ、ヤッホゥ」
「全部食っていいんだぞ」
「そりゃ無理だなぁ」
ガトリングが波の頭を抑え、砕く。真白な光条が敵を横一列になぎ払い、40mm砲弾が敵陣深くまで傷をつける。ロケットが群れの上空で爆発してナパームの雨を降らせ、手前に着弾したロケットはテルミット溜りを作り突き進もうとするアリを焼き殺す。
攻撃が止む瞬間はコンマ1秒たりとも存在しない。だが、完全に統制された射撃ではない以上どうしても穴がある。一匹でも列を抜けてきたら対処しなければならない。突出した一匹に火力が必要以上に集中し、その分他所が薄くなる。すると押さえ込む圧力が不足して逆に押し込まれ……慌てて全体に平等に攻撃を振り分けて押し止める。これを繰り返し繰り返し、アリどもはじわじわと前線を押し込んでくる、
削れども削れども、アリの進軍は止まらない
『オイ! 勝手に下がるな! 待てゴラァ!!』
『くそ、これじゃ支えきれんぞ! どうしてくれんだ馬鹿!』
『馬鹿って言うな殺すぞ!』
ついには気圧されて攻撃を止め、勝手に後退をはじめる機も出始めた。一人抜けると釣られてまた一人、また一人。ついには一分隊丸ごと引いてしまう。
これはいけない。一人ならまだしも、一分隊丸ごと抜けた穴を埋めるのは不可能だ。
なんとか線で押さえ込んでいたのが切れてしまった。アリの一穴、という喩えは正しいような、正しくないような。ともかくダムは決壊した。一つ穴が開けば、そこから急激に崩壊が始まる。
「リーダー、あいつら敵前逃亡始めてるけど。どうする」
「やばいな。俺たちも退くか」
「ラジャー」
「地雷撒いて行こう」
「今度は置いていかないでくれよ」
参加者全員の奮闘によって数は明らかに減っているが、それでも一度勢いがついてしまった大群は止められない。後退して仕切り直す必要がある。
「チームネスト、後退するぞー」
無線でリーダーが全域に伝え、回れ右して次の防衛ラインまで後退を始める。NPCの補給部隊も移動を始めたところ、俺も私も我輩も、と次々に返事が入り、戦線の大移動が始まった。
手持ちの火器をばら撒きながらの後退戦。アリンコどもは変わらず、弾丸の嵐を真正面から受け止めて、馬鹿正直に前進を続ける。腰を据えての本格的な攻撃でもないと、止められない止まらない。
「くそ、寄るな! 来るんじゃねえ!! うわっー/
引き際を見誤ったタンクが一人、地面に落ちた飴のように囲まれて、消えた。
いくら頑丈でも、百発の弾丸に耐えられようと。一万発分くらいのダメージを受ければそうもなる。彼がトラウマになってゲームを引退しないことを願いながら、後退を完了する。
ありがとう。君の尊い犠牲で我々は助かり、こうして戦いを続けられる。本当にありがとう……と、心の中で合掌、そして発砲。友軍機の残骸を巻き込んでアリを吹き飛ばす。細切れになったアリの体と、装甲の破片がブレンドされた物体が宙を舞う。
そして食い尽くした餌にはもう興味がないとばかりに、アリの頭と進路が一斉にこちらを……より正確には『一番近い機体』に向く。
「なるほどなぁ」
「何か気づいたか」
「連中ただ真っ直ぐ進んでるように見えて、そうでもないかも。一番近い目標を追いかけるようになってるみたいだ」
「デコイが有効ってことか。よしアヌスレイヤー、装備変えて行ってこい」
「俺が? あの中に? ……あんまり気乗りしないな。やれって言うならやるけど」
ガトリング砲で敵をなぎ払いながらの作戦会議。敵の中に突っ込んで引っ掻き回すのはそりゃ得意だが。同士討ちされては笑えないし、あの数のど真ん中に突っ込んで戻ってこれるだろうか。
パイルを使いたい欲はあるけども。
「なんだ怖いのか? そりゃあ悪かった。お前なら余裕だろうと思ったんだが、過大評価だったらしいな。すまん」
「安っぽいし陳腐な挑発だな。もう少し洒落た言い回しはできないのか?
「そりゃ無理だ、そういうの得意じゃなくてな」
「じゃあ次までに考えといてくれ。穴埋めよろしく」
「よーしそれでこそだ。逝ってこい」
今回は乗ってやる。期待されてるなら応えなきゃ男が廃る。さあ、パイルの可能性をこの戦場にいる紳士淑女の皆様の目に焼き付けよう。そして人々はパイルに魅了され、パイルユーザーが増え、戦場がパイルバンカー装備の機体で埋め尽くされる……実にエレガントな光景だ。素晴らしい。最高だ……想像するだけで心が躍る。
夢を現実にすべく、ブーストで補給車両までひとっ飛び。
「ご注文はウサギですか?」
「パイルだ! 一心不乱の杭打ち機を! 機体セット変更、プリセットナンバー2!」
ベースは高性能なBタイプフレーム。あらゆる性能においてコロニー産のフレームを上回るが、特に顕著なのは積載量。大容量バッテリーとブースターを組み合わせても武器が積める。パイル二本持ちはできないが、一本と片手にブレードでいい感じだ。
武器はそれ以外にない。カテゴリ的には突撃近接特化型となる。
「よし出るぞ! 誤射しないでくれよ!」
「出来る限り気をつける」
「難しいこと言う。俺の機体は爆撃装備だぞ?」
「狙いは正確だ、安心しろ」
仲間を信じて、ブースターを最大出力で点火。
「扱いづらいパーツだって話だが、浪漫型が負けるわけねえだろ! 行くぞォアーーーー!!」
戦場の空を駆ける流星となり、二つの災害が正面衝突する様を俯瞰しつつ、虫けらの群れのど真ん中に着弾。何匹かアリを着地の緩衝材、クッションがわりに踏みつぶしすり潰し。慣性を殺さず機体を滑らせながら、コマのように回転してブレードを振り回す。
群れの中心に、わずかな空白地帯が生まれた。しかし即座に黒か白のアリが雪崩れ込んで埋められる。わざわざ餌が飛び込んできてくれた、と360度全方位からアリが寄ってくる。
何もしなければこのまま食い殺される。が、何もしないわけがない。
杭を構えた腕を突き出す。火薬とブースター、両方を同時に点火。爆発的な加速を帯電する杭の射出に合わせ、機体は触れる相手全てを貫き徹す一本の槍となる。
アリの群れに、一本線の穴が開く。しかし、それでも焼け石に水だ。千を超え、万に迫る大軍を相手に、たった数十匹突き殺したところでどれほど意味があるものか。
「やらないよりはマシだが」
パイルの再装填を待つ間は、もう片方の手に持つブレードの出番。ひたすら前へ足を進めながら、切って切って切って切って、切りまくる。正面に立つものを全て斬り伏せて進む。そうする他にない。前以外の全方向から敵が来ている、止まれば死ぬ。酸の直撃か、アリの大顎に食いちぎられて死ぬ。
心配していた誤射は、分厚い虫の壁に阻まれて届くことはなく。時折降ってくる榴弾が当たる心配よりは、アリに食われる心配の方が大きい。
次弾装填完了。もう一回ブーストパイルのセットをお見舞いする。
「どうだリーダー、敵は引き寄せられてるか?」
「想像以上の効果だ。ほぼ全部の敵がそっちに行ってる。これは楽でいい」
「それは結構。じゃあもうちょっと頑張ってみようか」
千切っては突き、千切っては突き。たまに降ってくる爆弾に気をつけながら、エネルギーを使いまくって大立ち回り。バッテリーがみるみる減っていく。大容量バッテリーじゃないとここまで持たなかっただろう……
……おかしい、バッテリーの残量警告しか聞こえない。パイルに魅了されたプレイヤーたちの賛美の声が聞こえてこないぞ。無線ミュートにしてたっけ、してないな。おかしいな。
現実を見よう、誰もパイルに魅了されていないのだ。見えてないから仕方ないね。ちくしょう。
八つ当たり気味に、ブレードで刻み、パイルで風穴を開け、時に機体そのものを砲弾に変えて。3種の攻撃を使ってひたすら脅威を排除して……バッテリーの残りが本気で不味くなってきたので後退を決定。
「そろそろ戻る。いいな。ダメって言われても戻るけど」
「ダメ」
「オッケー戻る」
ブースターを味方の陣地に向かって使用、空をかっ飛び、ほんのわずかな間だが空中散歩を楽しんで、無事着地。
「おかえり」
「ただいま。すぐに出るけどな」
ブースターを使うだけのエネルギーはもう残っていないので、省エネなローラー移動で補給車両へ。すぐにバッテリーの充電、弾の補充、それから刃こぼれしてきたブレードも取り替えてもらう。
補給の間振り返って見れば、敵の数はいまだに多い。とにかく、多いとしか言えない物量で、地面を踏み鳴らして迫りくる。
だが、みんなの奮戦の甲斐あって、地平線の彼方まで続きそうな、『無限』に思えた敵の数も『多い』程度にしか感じなくなってきた。大きな進歩なのだこれは。
防衛ラインはあと二つ。後方陣地からの砲撃支援はあと一回残っている。勝てる気がしてきた。
もう少しだ、頑張ろう。
「ハイオク満タン入りましたー!」
「ガソリンエンジンじゃねえだろ」




