第32話 黒い津波(前編
老兵の落ち着いた見た目に似合わず、爆弾が大好きすぎる危険な戦友、チムメン。機体装備をすべて爆発物で統一した変態、通称ボンバーマン。つい先ほど買ってきたばかりの自爆装置は、彼が喜ぶだろうと思って購入したもので。実際どうかは彼の顔を見ればわかる。
「好感度大幅アップだ。やったね」
見事な笑顔。顔のシワがより深く、大変和やかな雰囲気になっている。
「上がりきるとボーナスあったりする?」
「残念ながら何もない」
「何もない」
見返りを求めているわけではないので問題ない。喜んでもらえるだろうと思って渡したプレゼントで、実際に喜んでもらえた。それで十分だ。
「あるって話は聞いてたけど、なかなかショップに並ばないし手にも入らないからうれしいよ。うん。本当にありがとう。おかげでロマンはさらなる高みへ……! グレネードが尽きた後もこれで一発でかい花火を上げられる!」
打ち上げるんじゃなくて自分自身が花火になるんだけど。とツッコミを入れるのは野暮か。
「効果範囲に敵が居たらな」
「そこはブースターで突っ込めばいいじゃないか」
「なるほど」
そんな感じで親睦を深めることしばらく。ナメクジ君以外のメンバーが揃ったので、さあ出撃……の前に任務登録を済ませてきてもらって。装備の打ち合わせ。
今回の機体は脚部を積載量の高い重量型に変えて。武器は制圧力の高いガトリングと、遠距離から削るためのロケットランチャーをメインに。重量の軽いレーザーブレードを近距離戦のお守り代わりにハンガーに装備。
本当はレーザーブレードではなくパイルを積みたかったが、重量が許さなかった。残念。おかげでパイルはお預け。さすがにアリの群れにパイルは弾が足りないし、野良で集まったメンバーでは連携の期待ができないから一人で突っ込んでいって後ろから撃たれるのも怖い。
害虫駆除にロマンもなにもない、そういう適当な理由を並べ立てて自分を納得させた。
一言で言えば「空気を読んだ」
そして時間は過ぎ。14:30。アナウンスが入る。
『特別任務受注者の皆様に、任務開始30分前をお知らせいたします。また14:45よりブリーフィングが始まります。参加者の皆様はそれまでにシェルターへ集合をお願いいたします。
なお、ブリーフィングに参加しなくとも14:55分にログインしている場合、強制的にフィールドに召喚されます。ご注意ください』
というわけでログインしているメンバー全員でシェルターへ移動。中に入ると、すでに大勢のスカベンジャーが集まっていて、雑談の声で大変にぎやか。
だが、この中の殆どはNPC。もし全員がプレイヤーだったらこんなもんじゃ済まない。中央の壇上に車椅子のハゲが現れて、さらにざわつきが増す。
「静かに! 静かに!! 静かにしろっつってんだぶっ殺すぞアホ共!!」
そこまで言ってようやく静まる会場。世紀末みを感じてよい。
「よしよし。ではミッション内容を説明する。俺に注目せず、手元にある資料をよく読め。お前らみたいなアホにもわかるように書いてあるからな。」
いつの間にか手元にあった紙を広げて、書いてある中身を眺める。黒線が何本かと、赤い線が一本、大きな凸、□、△などの記号が複数。
「△が下だ。上下ひっくり返して眺めるんじゃねえぞ。いいな? したらまずは自分の配置を確認するんだ。右上にABCのどれかが書いてあるから、それがお前らのチームだ。まとまって行動するように。
凸はアリ、△はお前ら。□は補給部隊。線は防衛ライン。ライン上には地雷が埋めてあって、アリがラインを踏んだら爆発する。それを目印に後方陣地に居る砲兵隊が砲撃を行い、吹き飛ばす。お前たちは残ったアリを後退しながら撃ち殺していく。やることは単純だがひたすら数が多い。途中で飽きて投げ出すなよ。敵前逃亡は射殺するからな。
赤が最終防衛ライン、そこを突破されたら核で焼き払う。撤退命令が出たら戦闘をやめて速やかに撤退すること。死んでもいいってなら別だがな。
次は補給についてだが、回数の制限はない。弾もバッテリーの充電も、何も心配するな。後で費用を請求することもない。お前らは敵を殺すことだけを考えろ……長くなったが、成功条件はシンプル! 敵を皆殺しにしろ! 以上、総員出撃!」
感動的な、熱のこもったブリーフィングだった。うむ、本当だとも。おかげで気分も乗ってきた。
波のように動く隊員たちに揉まれながら自分もシェルターから退出すると、画面が暗転。場面が切り替わり、装甲車の格納車両へ。目の前には愛機が佇み、隣にはチームメイトたちの機体が並ぶ。その姿はいつ見ても美しく、素晴らしい。
これでパイル装備だったら更に素晴らしかったのに。という思いは飲み込んで、正面装甲を開いて乗り込み、機体のセットアップ。文字が上から下に流れていき……最後に問題なしと表示されたら。カメラが起動。降車。ハッチが開いて外へのスロープが伸び、地面に付く。
遠くからじわじわと迫る黒い波。あれが全部アリと思うと恐ろしい。しかし数で言えば、こちらもなかなか。横一列に並んだ装甲車から続々とアースが出てきて、それぞれの武器を構えはじめる。
その中には自分のチームメイトの機体も……
「いつもの装備じゃないのは、俺だけか」
他の連中はそれぞれ自分の愛機に乗っている。
タンク脚にWガトリング、ロケットランチャー装備のガンナー。いやヘビーガンナーと呼ぼう。
ロケットランチャーとグレネードランチャーを装備したボンバーマン。
レーザーキャノンと40mm狙撃砲を構える四脚のリーダー。
いつもの装備じゃないのは俺だけだ。
「おいリーダー」
「なんだ」
「大量の敵相手に向く武装じゃないよなぁ?」
「……ふふん。いいことを教えてやろう。40mm徹甲弾は! 有効射程内なら敵を貫通するッ!! 装甲を纏ったアースでも最大三体までぶち抜いたことがあるから柔らかいアリンコなら何体貫通するかなぁ!? あとレーザーキャノンは発電車があるから直結して打ち放題。つまり大群相手でも問題なく使えるってわけだぁ!! 狙い撃つぜッ!!」
……リーダーってこんなキャラだったっけ。まあ、だだっぴろい平原で複雑な動きもしない相手だし、狙撃が活きる場面ではあるけど。それにしても喜び過ぎじゃあないかな。
「一ついいことを教えておこう。リーダーがテンション高いときは大体なにか失敗する」
「アリの群れに飲まれたら笑ってやろう。人のことを笑っといてなんだそりゃ、ってな」
「まあそれはないだろ。狙撃手が殺られるのは一番最後だ。もし俺がアリの群れに飲まれたら録画してくれ、叫びながら自爆するから」
「そうなることがないように願うよ」
画面の端に映る時間は、只今14:59分。
そして開戦を告げる盛大な爆発がアリの先鋒を吹き飛ばし、そこに砲弾が降り注いでさらに爆発。群れを削り取り、ちぎれ飛んだ脚が爆風で飛んできた。
『次の砲撃は第3防衛ラインで行う。それまで現有の火器で対処せよ!』
「いまので何匹死んだだろうな」
炎が消え、土煙が上がる。そしてその中を突っ切って現れるアリの津波は未だ健在。
「さあなぁ。ちっとも減ってるようには見えんが……やることは変わらん。さあ行こうか!」
「弾代気にせず撃ち放題だ!! ヤッホウ!!」
ロケット弾が火を噴いて飛翔し、着弾地点に小規模ながら大量の爆発を起こす。参加者約50名。ほぼ全員が装備するロケット弾はさながらクラスター爆弾の絨毯爆撃だ。そして大量のレーザー砲と40mm徹甲弾が敵を撃ち抜いて、まだ射程外の30mmガトリングがスピンアップし戦場に音楽を奏でる。
陳腐な言い回しだが、地獄の釜が開いたというやつだ。
現実では味わえない(味わいたくはない)この戦争の空気。乗っている機体が己の愛機ではなくとも……昂ぶる。
「早く射程内に入ってこい」
まだロケット以外に弾を撃っていない参加者全員の心は一つだった。




