第30話 パイルで大暴れ……できない話
今日は日曜日。今週はテスト前ということで土曜日のデートはなし、という話だったのだが、ログインメンバーを見るとナメクジ君も入っていた。勉強はいいのかいお嬢さん、とか考えたけど、まあ個人の自由だし口出しはすまい。
と思いながらチームロビーに入る。
「……」
ばき、どかっ、びたんびたん。おやおや、変な音が聞こえるぞ。と部屋の中を見回すと、部屋の隅でリーダーがナメクジ君に壁に押し付けられてボコボコにされていた。
「ぐふっ、やめっ……! いだっ、いだいっ!」
余談だが。VR空間では痛覚設定をオフにしていれば鉄パイプで殴られようが、ナイフで刺されようが、銃で撃たれようが、痛みはない。多少しびれのようなものはあるが、決して痛むほどではない。なので痛覚を切っていれば、あの行為にはあまり意味はないと思われる。
チームロビー内であれば、リーダー権限でメンバーの強制排除も可能だし、不快ならそうしているはずだ。
痛覚も切っておらず、排除もしないということは、そういうプレイなのだろう。兄妹でなかなか業の深いことをする。
だがまあ、リーダーとナメクジ君がどんな関係であれ、どんな趣味を持っていようと、軽蔑はしない。人の性癖とはある種の聖域のようなものだ。俺にとっての触手エロがそうであるように。会社の上司にとっての授乳手○キ赤ちゃんプレイがそうであるように。彼・彼女らにとってもそういうものなのだろう。
せめて人目につかない場所でするべきだとは思うが……見ないフリ、見なかったフリをしてログアウトしてやるのが情けというものだろう。
ああ、ナメクジくんを純粋な目で見られなくなってしまったらどうしよう。
「ログアウ「お、来たか変態」お前に言われたくねえよ」
返り血に染まったナメクジ君に、ついそう答えてしまった。
「あん? どういう意味だてめえ」
しまった、と思うが口に出してしまったものはしかたない。正直に答えよう。
「君が兄とSMプレイをするような仲だったとは思わなかったけど、俺はこれからも友達でいるから安心してくれ」
「は……? いやいや、誤解だバカ!」
「そうか、誤解か。じゃあどういう状況か説明してくれ」
それからカクカクシカジカ四角いなんとかで、要約すると兄が俺に迷惑をかけて、ナメクジくんも恥ずかしい思いをしたので激おこプンプン丸でお仕置きしてたと。現実と違ってVRなら何発殴っても疲れないし、痣も残らないけど痛みだけはしっかり与えられるので、ここでお仕置きしてたんだとか。VRって便利ですね。VR空間でSMクラブが繁盛するわけだ。そんなことを言ったら俺も一発殴られた。痛くないからいいけど。
「それで、今日はどうする」
「チームで出撃かな。いいよ行こう」
「いてて……全く愛情表現が激しいなあ」
「たいへんうつくしい兄弟愛でしたね」
「もう一発殴るぞ」
いやあ、一体どういう受け取り方をしたのやら。まあナメクジくんの想像のとおりなんだけど。いいじゃない、たまには変な妄想しても。男の子だもん。いや、もう男の子って言うにはかなり厳しい歳だけど。
「傭兵はどうする」
「いや、三人でいこう。この先大型PVPの実装が予定されてるらしいからな。数の不利には慣れておいたほうがいい」
「リーダーの判断に従う」
「ナメクジ君と同じく」
割といつも数の不利に突っ込んで蹂躙してるから、慣れなんていらないんじゃないかな。とかは言わない。ブースターが実装されたおかげで、間合いを詰めるのも大分簡単になったし、パイルがますます強くなった。パイルを装備した俺は最強だ、と傲るつもりはないが、そこそこやるという自負はある。
まあゲームなんだし、俺が最強だって叫んでもいいかな。
「ふっふっふ。敗北を知りたい」
でも叫ぶのは恥ずかしいから、ちょっと控えめに言ってみたり。
「変態はほっといて。リーダーは何で出る」
「いつもどおりの盾と砂キャ」
「了解。じゃあ俺もいつもので」
いつもの。つまり中二の射撃戦仕様だな。あの万能という名の器用貧乏。前衛二人に狙撃一人って悪くないバランスでは?
ということで出撃。画面が暗転し、装甲車のキャビンに変わる。
ノーマルルール、チームデスマッチ、フィールドランダムでマッチを検索、数秒で完了して、相手チームの名前とエンブレムが表示される。
チーム名、ROOKIES、エンブレムは自動車の初心者マーク。ドシンプルな名前とエンブレムには好感を持つが、果たして本当に名前通りなんだろうか。
「新兵? 余裕だな」
「名前がルーキーだからって中身もルーキーとは限らんぞ」
「リーダーの言うとおりだぞナメクジ君。羊の皮をかぶった狼かもしれん」
一見地味陰キャなあの子が脱いだらやばかった、とか成人向けの漫画じゃよくある話だ。もちろん現実でそんな経験はないけど。
もし本物の初心者でも、あれだ、獅子は兎を狩るのにも全力を出すとかそういう心構えでいこう。
『戦闘開始まで1分。各自機体に乗り込んでください』
「やるぞー」
全員が降車し、それぞれの愛機が太陽の下にさらされる。廃都市、ボロボロのビルとひび割れから草を生やした道路、大木に成長した街路樹をバックに小型武装ロボが三機。絵になる姿だ。
「作戦は」
「アヌスレイヤーは中央ビルの確保。ナメクジはアヌスレイヤーの援護、俺もついていく。」
「OK」
「りょ」
短い作戦会議のあとに、カウントが0になる。
このマップは街の中央から北に向かって巨大ビルが倒れていて、南に廃れたビル街が、北にはビルに潰されたスラムが広がる。
俺たちのチームはビル街の側、敵チームは街の反対、スラム側。こちらは道が広く進みやすいが、背の高いビルが射線と視界を阻み。あちらはぐちゃぐちゃに入り組んだスラムがある。掘っ立て小屋は砲弾の前には紙と同じで射線は通る。スピードは落ちるが踏み潰しながら強引に突破も可能。でも大体倒れたビルに登ることになる、もしビルを確保されたら上から好き放題に撃たれることになるので。
なので、自然と交戦エリアは中央ビル付近に集まることになる。だからまず足の早い格闘機が先鋒として向かわされる。
「ぶっ飛ぶぜ」
ブースターを省エネモードで起動し、移動速度の底上げ。ナメクジくんもそれに続き、リーダーはローラーダッシュを使用しながら追いかけてくる。そして一分と経たずにビルに到着、瓦礫が坂道のように積み重なって、折れたビルの外壁に続く。
ブーストを最大出力、ジャンプで瓦礫の足場を無視して飛び上がる……撃たれることも覚悟して……が、そこには誰も居ない。上に居ないということは。
「敵は下だ! 下を通ってる」
空中で叫び、着地してから振り返ると。敵の内二機がリーダーの方へ向かい、残り二機がビルの下からこちらにライフルを向けていて……発砲炎が瞬く。
ドガガッ、と装甲を叩く音、次の瞬間に、着弾の数だけ大きな衝撃が装甲内に反響して頭を揺らす。
「炸裂弾かッ」
着地直後の硬直で何発かもらった、だが損傷軽微、パーツ破損はなしで、性能の低下はない……まだまだやれる。
ただ、今のはまぐれ当たりじゃなく、きっちり狙ってのものだ。下を通ったのもおそらくわざと。
「やっぱり羊の皮か」
『変態! リーダーがやられた!』
「嘘だろ?」
『すまんやられた』
「マジだったか。ナメクジ君に殴られすぎて調子悪くなったか?」
『すまんな。砂砲タンクに気をつけろよ』
「了解。帰ったら反省会しような」
『すまんやられた! 名前とエンブレム詐欺だあいつら!』
ブルータス、もといナメクジ君お前もかこの野郎。
敵は熟練者揃いのチームみたいだし……位置もバレてるし、殲滅は厳しそうだ。が。
「やるだけやってみよう」
『たのむぞー』
このあとめちゃくちゃ……とっつく直前でクロスファイアで道を塞がれて砂砲で射抜かれて完封された。泣けるぜ。敗北が知りたいとか言ってごめんなさい。




