第28話 砲火後ティータイム
いつもの時間、いつものカフェ。相手もいつものナメクジくん。女子高生とのお茶会と聞けばきっと多くは羨むに違いない、と密かな優越感を持ち、また純粋にこの時間を楽しみにしている。
密かにというのがポイントだ。ひけらかせば社会的に抹殺されることは免れない。
自分もなるべく若く見えるよう、髪をセットして髭もしっかり剃って、身嗜みを整えてはいるが。現役学生の本物の若さの前にはやはり霞む。周りから見ても、年齢差があることはひと目でわかる。
制服美少女とスーツのお兄さん。周りからはどう見られてるのやら。ちらちらと見られているような気がするのでは自意識過剰だろうか?
「お待たせいたしました。ボロネーゼとサンドイッチと、コーヒーでございます。パフェは食後にお持ちしますので、食べ終わりましたら呼んでください」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
周りを気にするのはやめて、食事にしようと。
「美味しそう」
「そうだねー」
彼女が頼んだのはボロネーゼ。前回はアラビアータだった。毎度違うメニューを頼んでるから、全メニュー制覇でもするつもりだろうか。
ちなみに自分はサンドイッチとコーヒーだけの間食。彼女の方はボリュームたっぷりで、軽食ではなく明らかに夕飯。しかもこの後にパフェも頼んでいる。細い体のどこにそんな量が入るのか不思議でならない。立派な胸か? と口にすればセクハラで殴られそうなことを考える。
自分が同じ量を食べたら、きっと身に付くだろうなぁ。今はまだ若いから平気でも、五年も経てばどうなるやら。
「美味しいね!」
「そうだねー」
そんな不安も忘れて笑顔の彼女に微笑み返す。美少女を前に余所見をするのも野暮だな。
「ところでもう高難度ミッションはした?」
ゆっくりサンドイッチを味わっていたら。ナメクジくんは知らない間にもう半分以上食べ進めていて。
コーヒーで口の中のものを流し込んで。
「いや、まだだ。そっちは?」
「やったよ」
「どうだった」
ネタバレは気にしないタイプなので聞いてみる。仕事以外で他人と話す貴重な時間でもあるし、積極的に。
「難しい。高難度って言うだけあるよ。通りに出たら狙撃されるし、路地に逃げれば即挟み撃ち。一体の強さはそんなでもないんだけど、やたら連携が上手くて反撃の隙がない。一人じゃちょっと無理かなって感じ」
「そりゃお疲れ。俺も帰ったらやってみるか」
「無理だったら一緒に行かない? 明日は予定もないからさ」
「……いいとも」
俺も明日は休みだし。同じく予定もない。他のメンバーはどうだろうか。もし人がいるなら、みんなで出撃したいところだ。人数は多い方が楽しいし。
考えながらサンドイッチをつまむ。
「やったぜ」
大袈裟にガッツポーズ。あざといなあ。しかし顔がいいのでよく似合う。
「何時にログインする?」
「朝早くじゃなければ……9時か10時くらいからかなぁ」
「その時間になったらNINE送るから起きてよ」
「規則正しい生活習慣だけが取り柄だからな。多分起きてる」
でも美少女に起こされるってのも悪くないなあ……男のロマンだ。
いやいや。それじゃだめな大人まっしぐらじゃないか。大人としてしっかりした姿を見せないと。
「ところでナメクジくんは勉強とか部活はいいのか」
「部活には入ってない。勉強は自慢じゃないけどよくできるからいーの」
「友達と遊んだりは」
「平日の放課後に遊んでるから」
……放課後か。なつかしい響きだなぁ。今の生活に言い換えるなら終業後だが。1日みっちり働いた後はみんな遊ぶ体力も時間もないから、たまに仲の良いメンバーで飯食って解散が多い。ついでにどっか遊びにー、なんてそんなことはほぼない。
若さとは何か、と聞かれたら俺は体力と答えよう。そんな気分だ。
「そっちは?」
「仕事終わったらまっすぐ家に帰って、飯作って読書かゲーム」
「自炊? やるじゃん。お菓子は作れる?」
「凝ったトッピングはできないけど。レシピがあれば簡単なのはで作れる。最近は作ってないけど」
褒められるとうれしい。ちょろいなぁ俺。褒められて調子に乗るまでワンセット。調子に乗るなんてばーっかじゃねーの? ハイそうですバカです。
「じゃあ今度作ってきてよ」
「なんでだよ」
「女の子は甘いものが大好きだから、手作りお菓子プレゼントしたら好感度爆上げだよ?」
「上がってどうなるのよ」
「好きになっちゃうかも」
ここぞとばかりに上目遣い。かわいい笑顔が輝いている。
「……胡散臭ぇ」
噛みしめるように言葉を吐き出す。大人の警戒心舐めちゃいけないぜお嬢ちゃん。こっちはいつもいつもマルチやら宗教やら詐欺の勧誘で鍛えられて、さらには会社のコンプライアンスと社会人としての倫理観でガチガチに拘束されてるんだ。そう簡単には落ちん。
「現役JKに臭いって失礼じゃない!?」
違うそういう意味じゃない。
「いやだってさあ。女子高生が社会人のお兄さんに惚れるわけないじゃん」
「まあそのとおりだけど」
「即答とか夢がねえな」
誘惑が効果なしとわかると即否定とは、なんという変わり身の速さ。これだから女は恐ろしい。
「で。得意なお菓子は何? 教えてよ、作れるんならさ」
「タルト生地は簡単に作れる」
粉練って焼くだけだからな。型もいらないし。
スマートホンのカメラロールから写真を選んで、彼女に渡す。
「ホントだ。トッピングの雑さが手作り感出てる」
「雑は余計だ」
自分で食べる分だからいいんだよ。
「ふんふん。彼女は居なさそう」
「人のアルバムを勝手に見るな。返せ……変な写真が入ってたらどうする」
エロ系は全部パソコンに保存してあるから致命傷は避けられた。まあ、だからこそ渡せたんだが。
「うちは男兄弟だからよほどじゃなかったら気にしないけど。あ、でも制服ものとか入ってたら逃げてたかも」
「理解があるのは結構だし、言ってることは尤もだが、見られた側の気持ちも考えろ」
こいつの兄弟には心底同情する。
「で、彼女居ないの?」
「居たらどうする。居なけりゃどうする」
居ないけどな。くそ。
「あ、やっぱり居ないんだ」
「泣くぞ。大人がみっともなく泣きわめく姿が見たくなけりゃその話題はナシだ」
「まあ、居たら休日がゲーム漬けにはならないし、私とお茶したりしないもんねー」
嬉しそうだなオイ。人の不幸は蜜の味っていうもんな? ライバルの無様を見るのは楽しいだろうなぁ。
よし次の出撃で誤射してやる。一発だけなら誤射かもしれないって言うし。一発あればカタがつく。
「顔怖いよ?」
「人を傷つけるようなことを言うからだ」
「あ、ごめんねー」
「許す」
俺は心が広いからな……と、合間合間に料理に手を付けていつの間にか完食していたので、店員さんを呼ぶ。思うに、口が空いてるからよく喋るのだろう。話すのも疲れてきたし、よく回る口を塞いでやれば少しの間休める。
「はいー、おまたせしました。パフェとコーヒーのおかわりでございます。からの食器はお下げしますね」
「ありがとうございます」
「わーいパフェだー、写真取らなきゃ」
甘味の塔(糖)に目を輝かせる美少女。それを見た感想は、「よく食うなぁ」だ。パスタ一人前の後にパフェとか、胃もたれコースまっしぐら。学生の頃なら食えたかもしれないが、今はちょっときつい。
なので、それを肴にコーヒーをすする。
「美味しいなあ」
恐ろしい勢いでパフェが小さくなっていく。スプーンが止まることなく動き続けて、どんどん口の中へ消えていく。すげえよナメクジくん。
「そーいちさんも食べる?」
「遠慮しとく」
一口分スプーンに乗せて差し出されるが、断る。サンドイッチでお腹いっぱいだし、パフェは美味しいだろうが女子高生にアーンされるのは絵面がマズイ。
「そう」
特に気にした風もなく。そのままの勢いでパフェを全部平らげてしまった。やべえよこいつ。甘いものは別腹を地で行く女を初めて見た。
ちなみに後で聞いたのだが、ナメクジ君にも恋人は居ないらしい。恋人に時間を割いてゲームができないのは人生の損失なんだとか。俺と違って寄ってくる異性は大勢居るとのこと……俺刺されないかな。




