表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

20。強さとは何か

 目を開けているのか閉じているのかもわからない。

 自分の手も見えないほどの暗闇は、油断すると平衡感覚を狂わされる。

 浮いているのか、飛んでいるのか、止まっているのか、上下左右のどこが下なのかわからなくなる。


「何もない空間に放り出されるってこういう感覚なのかしら」


 浮遊感のない水の中にいるような気分だが、肌に感じるのは水ではなく空気だ。


(……ここはお約束にかけてみるか)


 春斗の部屋に置いてあった漫画本の大多数は、こういった場合は試練がつきものだ。


「我に相応しいか器を見せよとか言いながら喧嘩を吹っ掛けてくるんだよね」


 何があっても冷静に対応できるように自分自身に言い聞かせる。

 しかし一向に変化がない。

 なさ過ぎて戸惑い、やがては退屈へと変わっていく。


「さすがに三時間くらいはたっていそうなんだけど……」


 最初の一時間はいつ襲われてもいいように緊張していた。

 次の一時間はこの世界の事を考えに没頭していた。

 次の一時間はこのだんだん退屈になってきて気もそぞろになり、不安が首をもたげてきた。

 暗闇に対して恐怖はない。

 ただ退屈とみんながどうしているかという不安だけ。

 それを過ぎると今度は自分は生きているのだろうかという存在の揺るぎが始まった。


「ダメだダメだダメだダメだだめだめだだだめだだめだだだだだ……」


 自分を鼓舞しようとしていた言葉さえ怪しくなってきたことに気が付いて口を閉じる。

 これは試練なのだ。

 改めて自分に言い聞かせて心を立て直す。


「みんなは無事かな……」


 言葉にしてからしまったと思った。

 自分の言葉が思った以上に自分にダメージがあったのだ。

 不安がじわりじわりとせり上がってくるのがわかった。

 こぶしを握り、何度か呼吸をする。


「大丈夫。みんなはそこまでヤワじゃない」


 春斗はヘタレ気味だが肝は据わっている。

 サラは繊細だが年齢の割に世間慣れしている気がする。

 紬は図太く冷静で、何事も楽しもうという気概がある。


「だから、大丈夫」


 その呟きに答えるかのように三人の姿が現れた。

 お互いに戸惑ったように顔を見合わせたが、咲良に気が付くと笑顔を浮かべてこちらへ駆け出した。

 紬を先頭に、二人がその後ろを走ってくる。


「みんな、無事だったんだねっ!」


 再会に心が躍ったのは一瞬だった。

 三人の笑顔に嘲りの色が濃くなり、立ち止まった。

 何かをたくらむ、それもよくない事を考えながら笑ういやらしい笑い方。


「……誰?」


 咲良はむっとした顔で三人を睨む。


「あの子達はそんな顔で笑わない」


 意地の悪い嫌な顔。

 そう言い放ちながら思考を巡らせる。


(操られている?幻覚?さぁ、どっち)


 見極めようと頑張るがさっぱりわからない。


「フレイム・バレット!」

「アクア・レイン」


 紬の後ろからいきなりの魔法攻撃に左足が下がったが防御魔法を展開する。


「大地の盾っ!」


 魔法を口にすると塗り壁が二人の魔法を防ぐ。


「隙ありですっ!」


 紬が横から弓で攻撃してきた。

 咲良はそれを薙刀で払い落とす。


「幻覚じゃなくて実体?なおさらおかしいでしょ、こんなのっ!」


 咲良は薙刀を構えた。


「化けの皮をはがしてあげるっ」


 緩やかな動きで薙刀を大きく振り回したかと思えば俊敏な動きで紬との距離を一気につめた。

 薙刀で弓を弾き飛ばす。


「どこのどいつか知らないけど、貶めるなっ!」


 ためらいもなく紬を切り伏せた。

 絶対に三人ではないという確信が咲良の中にあった。

 咲良の知る三人を信じているから。


「不愉快だ!失せろっ!」


 サラと春斗が攻撃するより早く咲良は薙刀を振るった。

 真横に一閃すると手ごたえがあったが血は出ない。

 そして、咲良から血が噴き出した。


「なんじゃこりゃーっ!」


 古い刑事ドラマの真似をする余裕はないのだが、思わずそんなセリフが口をついた。


(なんで、この傷つき方……私の攻撃と同じ?)


 向こうにはつかないでこっちは怪我をしている。

 咲良は紬の腕を狙って薙刀をぶん回した。

 左腕に狙いをつけ、切っ先を掠める。


「いったーっ!」


 紬はけがをせず、なぜか切りつけたはずの咲良が怪我をしていた。


「はいはいそーですか。そーいう事ですか」


 攻撃すれば自分が傷つく。


「まっくすめんどくせー」


 古いギャグを口にしつつもどうしようか考える。

 傷つければ自分が傷つく。


「じゃあ、こうしたらどうする?」


 魔法で攻撃しようとしてきた二人に両手を広げて突進し、ラリアートする要領で首に手をまわした。


「私の大切な人たちは私を傷付けたりしない」


 ぎゅっと愛情をこめて抱きしめると、春斗とサラの姿がふっと闇に溶けるように消えた。

 咲良は紬に向き直ると、ゆっくりと近づいて抱きしめる。


「私を守るためなら自分が傷ついてもいいって考えているお人よし。だからこそ守りたい大切な人たち」


 偽者の紬が優しく微笑み、そして消えた。

 心の持ちよう一つで呆気ない結末を迎え、拍子抜けしたことも否めない。


「簡単すぎない?」


 咲良はあっけない終わりに首を傾げる。

 背後に気配を感じ、体ごと振り返った。


「咲良っ」

「咲良ちゃん」


 目の前にいる人たちが誰だかわかった瞬間、咲良の体が硬直した。


「うそ、なんで……」


 記憶の中にある姿そのままに。

 三年前に事故で死んだ両親の姿があった。

 愛情に満ち溢れた眼差しに、愛しい響きが耳に心地よい声に、咲良はその場を逃げ出したくなった。


「……質が悪い」


 ぼそりと呟く声に力はなく。


「こんなの……」


 唇を噛んだ。

 咲良はファンタジーなど創作物をこよなく愛するがリアリストだ。


「私の両親は死んだんだ。だからこれは幻だよ」


 淡々と告げると、二人は悲しげな顔をした。


「悲しいのはこっちだよ……」


 途方に暮れた呟きが口から零れ落ちた。


「どうしろっての?」


 幻だとわかっているから怖くもないし、かといって怒る気もない。

 本物だったら怒っただろうけれど、幻だ。

 昔の動画を見ている感覚しかない。


「無駄だよ。私の家族はもういないんだ。親族だったらいるけど。でもここには誰もいない。そろそろ出てきたらどう?いくら試しても、もうからくりはわかったから無駄だよ」


 ここは精神世界を具現化したものだ。

 だから他人を傷つければ自分にかえってくるし自分の記憶にある人達がそのまま出てくる。

 咲良はそう考えた。

 ここはきっとアレが作った世界なのだろう。

 なんでそうなるのかはわからないが、そういうものだと現実を受け入れる。

 人間が強く願えば物質的に干渉できる世界なのだから、他の生き物が同じように、あるいはもっと高度な事が出来たとしてもおかしくない。


「この世界のからくりは、もう私には通用しない」


 はっきりと自信を持って告げた。

 通用はしないけど、阻止はできないことは棚上げだ。

 攻撃が通じないと相手に思い込ませることが重要だから。


「私と一緒に来る?」


 と、目の前の両親の姿が光となって散り、拳ほどの大きさをした光の塊になった。


「君が期待するほど強くはないけど、弱くもないつもりだよ」


 光はゆっくりと咲良の前に移動した。

 そのまま胸の中に入っていった。

 完全に光が胸の中に入ると同時に景色が一転した。


「あっ……」


 元居た場所に戻ってこられたのはいいが、驚いた声が横から聞こえて咲良は慌てて右を向いた。

 人がいた。

 ぬいぐるみのクマみたいな半円の耳が髪の間から存在をアピールしている。

 足の後ろからモフモフな尻尾が左右に揺れていた。


(獣人だーっ!)


 ポーカーフェイスの裏側で、咲良は歓喜の声を上げた。


(うわぁ、尻尾が、耳が……本物……)


 鼻血が出そうだなんておくびにも出さずに目を見張ってこちらを見ている男を見上げた。

 日の光に当たってキラキラしている髪は薄茶色で短髪。

 上半身は胸当てだけしかつけていないのか、みごとに割れた腹筋が存在を主張している。

 ズボンはゆったりとしてはいるが、拗ね当てをつけているので下の方はふくらはぎの形がわかった。

 靴はサンダルにも似ているが、脱げないようにかかとと足首周りがつながっていた。

 全体的に清潔感があってよろしいと上から目線で即座に男を観察する。

 顔は面長で目はちょっと鋭いがたれ目で、全体的に野性味あふれるナイスガイだった。


「君はいったいどこから現れた?」


 穏やかな口調だが密やかに殺気が込められている気がした。

 よく見れば砂漠の国で使われるような反りがある剣の鯉口が切られている。

 いつでも抜刀できるように、だ。


「お兄さんこそ、誰ですか?私たちの方が先にこの場所にいたんですけど」


 とりあえず後から来たお前は何者だよと質問をしてみた。


「……冒険者だ。ダリスという」

「私はサクラ。旅人です」


 丸腰なのを見てダリスは剣をきちんとおさめた。


「すまない。驚かせた。ここに来れば素材が手に入ると聞いて来たのだが……」

「そうだったんですね」


 ここへ来てみたものの、素材がどういった物なのかまでは知らないようだ。


「君は何をしていた?」

「素材を採取しに」


 目が細められ、じろりと睨みつけられた。


「すまないが、わけてもらえないだろうか」

「すいませんが、素材はわけられません。採取は一人につき一つ。それも、手に入れる事が出来たら、という前置きが入ります」


 きょとんとした顔でダリスはサクラを見た。

 何を言っているのかさっぱりわからないといった顔だ。

 その気持ちはよくわかるし、ついさっきまでは彼と同じ心境だったので少しだけ親切心を発動することにした。

 決して彼が咲良の好みにドンピシャだったからというわけではない。


「浮いている石がそうです。知人はつかめなくて諦めたそうです」

「そうか……」


 彼がどれくらいここにいたのかはわからないが、石に触れようとしたのは彼の苦々しい表情で挑戦したが失敗したのだろうと予想できた。

 何を思ったのか、彼はすっと手を伸ばして浮いている石を掴もうとしたが空振りに終わった。


「……嫌われているようだ」


 なんとなくほんわかした雰囲気に吹き出しそうになったが、表情金に力を入れて耐えた。


「素材とは相性があると聞きました」

「そうか……」


 未練たらしく浮いている石を見ていたが、ダリスはすぐに思考を切り替えたらしく穏やかな眼差しで咲良を見た。


「教えてくれてありがとう」


 柔らかな微笑みに心臓が跳ねた。


「い、いえ」

「君はそれをどうするつもりだ?」

「知り合いの鍛冶師に頼んで私の武具にする予定です」

「一人で旅を?」

「いいえ、仲間と一緒です」

「眠りにつかないのか?」


 その問いかけに、高揚していた咲良は冷や水をかけられた気分だった。

 今、起きているのは三種類の人間。

 王国派、神の代行者派、関係のない第三勢力。


「はい。私の役目は、この国の行く末を観測することなので」


 嘘ではないが真実でもない。

 この世界を観測しながら召喚者を探す、が真実だ。

 ダリスはふむ、と小さく頷いた。

 王国の文官だが人畜無害で気にするほどの者ではない。

 咲良の素性をそう判断した様子のダリスに笑みを向けた。


「ダリスさんこそ、眠らなかったのですね」

「ああ。雇い主が起きているからな。眠るわけにはいかない」


 どの派閥に与しているのかわからないが、害はないようなので深く掘り下げるのはやめた。

 早々にどうでもいい話題に切り替えたほうがお互いのためにもいいだろう。

 ほんのちょっとだけもったいない気もするが、自分一人ではないので安全第一である。


「冒険者なのに雇い主?」

「……冒険者というよりは傭兵に近い。護衛が仕事だ」

「えっ、雇い主と離れちゃって大丈夫なんですか?」

「ああ。狙う奴らも眠りについて今は少し暇を持て余してな……」

「あ~、なるほど。暇なうちに戦力増強と考えたんですか」


 ダリスが苦笑すると咲良もへらっと無害アピールの笑みを浮かべた。

 いつかまた元の生活に戻ることを信じて疑わない一般市民のように。


「残念だが、私とは相性が悪い様だ」


 浮遊石を掴むことができなかった。

 それは素材に拒絶されたという事だ。


「……何を基準に判断しているのでしょう。謎です」


 咲良の目から見てもダリスは心身ともに強者だ。

 彼らから見たら何かが足りないのかもしれない。

 それが何かはわからないが。


「ダリスさん、すごく強そう」


 娼婦が上客を狙うような、今にも舌なめずりをしそうな雰囲気の咲良にダリスの警戒心が上がった。

 ダリスの反応に少しがっつきすぎたかとへらっと笑って何もなかったような顔をする。

 一瞬の変わりようにダリスはパチパチと目を瞬かせ、不思議そうに咲良を見る。


「君は、何か武道を嗜んでいるのか?」

「私の祖父が剣の先生なんで。伯父が継いでいるので、私はあまり真面目な生徒ではなかったですけど」


 この世界での、自分の強さに興味が出てきた。

 春斗の剣がどこまで通用するのか。


「そうか。では、いつか機会があったならば手合わせを約束しよう」


 咲良は笑みを浮かべた。


「はい」


 ダリスも笑みを浮かべると、一度浮遊石に視線を映してから踵を返して去っていった。


「後ろ姿も素敵……」


 スキのない立ち振る舞いをうっとりしながら見送る。


「しゅう兄とどっちが強いかな」


 ほくそ笑むように咲良は口角を上げた。

 マリスには感じなかったたぎるように湧き上がる熱。

 目を閉じて気を落ち着かせようと孕んだ熱を霧散させるために澄んだ水面を想像する。

 亡き祖母に教わった、心を落ち着かせる方法だ。


 水滴を一滴たらし、波紋を作る。

 さざ波のように円が広がっていくと、熱はさざ波に巻き込まれて冷めていく。

 やがて鏡面のように凪いだ水面に戻ると、ゆっくりと目を開けた。


 いつもの坂木原咲良に戻ると表情を緩め、緊張した体をほぐすように小さくうなりながら手足を伸ばした。


「……そういえば彼、狐じゃなかったよね。種族は何の獣人だったんだろう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ