093 「第3波攻撃(1)」
・竜歴二九〇四年六月十四日
「「ワーッ!!」」
「「オォォォっ!!」」
凄まじい、もはや野生に戻ったかのような野蛮とすら表現できる雄叫びをあげつつ、青鼠色の上着に暗緑色の長袴という軍服をまとったタルタリアの歩兵達が、ただひたすらに斜面を駆け上がっていく。
その所々には黒い軍服もいた。タルタリアの将校達も、大隊長以下は多くが兵士達と共に突撃していたからだ。
だがそこは雄叫び以外の音が溢れていたので、無数の人があげる雄叫び声も目立つ音ではなかった。
戦場音楽と揶揄される様々な音で満ちていた。
人が荒々しく歩く音。激しく走る音。金属の装具が出す音。小銃の装填音。小銃の射撃音。手榴弾の破裂音。散弾を放つ軽砲の発射音と炸裂音。野砲の射撃音。砲弾の炸裂音。それらに埋もれがちな突撃ラッパの音。「突撃」や「突進」、「急げ」などと叫ぶ声。そして歓声と罵声と怒声、そして無数の悲鳴。
中でも、連続した射撃音を響かせる機関銃の斉射音が将兵たちの注意をひく。
機関銃は分発500発で布の弾帯が250発繋がり、連続発射の高熱に耐えるように銃身は水を入れた筒で覆われ常時冷まされてる為、斉射音が途絶える事はない。
そして射撃を受けた場所は、場合によっては阿鼻叫喚が一瞬で生み出される。
何しろ一瞬で数十発の銃弾が浴びせられる。たいていは横に薙ぐ形で射撃され、銃弾に対して何の防御もない兵士達に命中する。
それでも機関銃が1門もしくは1丁だけなら、戦場全体を見れば大した事はない。問題なのは、要塞を構成する堡塁、陣地、銃座の各所に機関銃が配置されている点だった。
しかも掩体された壕や銃座に配置されているので、見つけにくい上に砲弾の破片や爆風から守られていた。中には、掩蓋で天井が砲撃から守られている陣地もあった。
加えて、大砲と違って小さいので、数千メートル離れた野砲の砲座からは判別が非常に困難でもあった。
これがアキツ軍なら、前線の兵士が『念話』で後方に目標の正確な場所を伝える事もできる。実際、アキツ軍は要塞を升目状に細かく座標で細分化し、簡単に場所を指示できる用意が行われている。
だが、魔法を捨てたタルタリア軍のような国には無理な話だった。
また、タルタリア軍はアキツ軍との戦争を始めるまで、いや大黒龍山脈山岳要塞への総攻撃を開始するまで、機関銃の存在を軽視していた。
機関銃自体はタルタリア軍も多数を導入していたが、白兵戦を重視するタルタリア軍では軽視されがちだった。
しかも、既に要塞の前哨戦でアキツ軍が使用する機関銃が若干数登場していたが、ここでのアキツ軍は主に撤退する友軍の支援の牽制射撃に使う程度で、積極的な迎撃に使用しなかった。
アキツ側としては、陣地構築が間に合わなかった場所での戦いなので、最初から積極性に欠ける戦いしか考えていなかった事が影響していた。
だが、要塞本体での防衛は本気だった。
当然タルタリアの歩兵達は、その本気の防衛をその身に刻みつけられる事となる。
そうして機関銃をはじめとした様々な音の後に、人の悲鳴が重なっていった。
だがそれでもタルタリア軍は、アキツ側が想定した以上の兵力を狭い場所に一気に投入したので、度々アキツ軍の防衛網を突き破り、陣地へと殺到する。
激しい迎撃のため殺到できる数は限られていたが、西方世界の列強の中でも白兵戦を好む陸軍であるタルタリア陸軍の兵士達は、果敢に突撃し、陣地へと殺到していった。
だが、今回の相手は西方列強ではなかった。銃砲で蹂躙してきたスタニアの半獣でもない。
西方世界が極東と呼ぶ地域の果てにある島に本国を持つ、彼らの多くが魔物の国と呼ぶ秋津竜皇国が相手だった。
そしてアキツの兵士達は亜人で、突撃していった只人に対して、特に白兵戦において二倍以上の戦闘力を有すると判定されていた。
しかも、タルタリア軍と同等に銃砲を巧みに用いる相手だった。
「今回も我が軍の旗は立たなかったな」
双眼鏡で最前線の様子を眺める総司令官のカーラ元帥が、総参謀長のクレスタ上級大将へと独白するように語りかける。
実戦部隊のサハ第一軍を率いるキンダ大将は、最前線の指揮で忙しく別の場所で獅子奮迅の指揮をとっていた。
対して二人は、キンダ大将以外の指揮下の部隊が来るまでは彼に前線指揮を任せている。上からの指示や督戦をすることもない。
現状では、観戦武官とあまり違いはないとすら言えた。
しかも戦場は山の裾野なので、少し見上げる感じになるが非常に良く戦場を見渡す事が出来た。倍率の高い望遠鏡や双眼鏡があれば、最高司令官が詳細を見ることが可能だった。
行われているのが殺し合いでないのなら、特等席と表現しても構わないだろう。
一方で、敵に対して遮蔽されていない場所から最高司令官が戦場を眺める事は危険だ。相手からも丸見えで、敵が最高司令官まで手の届く武装を有していた場合、狙われる可能性がある。
しかも当時の望遠鏡や双眼鏡で最前線を直接見ようと思うと、敵兵器の射程距離内に位置する場合が多い。
そうした点で、戦場見物をしているかのような二人だが、勇敢や豪胆であると同時に軽率とも言えた。
だが二人とも、その点は気にしてはいなかった。気になるのは、彼らが眺めている戦場だからだ。
「はい。アキツ軍の主な陣地、堡塁は占領できませんでした。機関銃の威力は予測した以上です」
「機関銃は我が軍も装備していたと思うが?」
「進みながらの機関銃による射撃は、狙いも定まらず効果的ではないと報告が上がってきていました。据えた上で援護射撃しても、掩体されていないので敵の良い的となります」
「機関銃は防戦向きという事か。だが、それだけではないだろう。突撃を阻止する小さな爆発が、接敵する直前に何度も見られる。あれは砲撃によるものではあるまい。魔法か?」
カーラ元帥の言葉に、クレスタ上級大将は既に答えを準備していたらしく何かの紙面を挟んだ板を別の参謀に持って来させる。
「その件については、この後の会議で報告予定でした。申し訳ありません」
「構わん。それで?」
「はい。魔法ではありません。黄色火薬を用いた、手投げ式の小型榴弾です。ですが我が軍が用いたのは、正規のものではありません。敵の兵器を見て制作した現場での急造品です。砲弾の空薬莢や空き缶に爆薬や鉄片などを詰め、導火索で爆破させる方法を取っています」
「聞いておらんが?」
強まったカーラ元帥の視線にも、クレスタ上級大将は淡々と返す。
「私も先ほどまで知りませんでした。初日の突撃に参加した一部の兵からの要望で、各部隊の工兵があり合わせの材料で急造で用意したものです。この為、我が軍では少数の使用にとどまります」
「アキツ軍に手投げ式の小型榴弾、昔のものとは違いますが手榴弾と呼べる武器を使われた為、現場の判断で対抗手段を用意したという事だな。だが何故、報告がない?」
「調べさせました。現時点でアキツ軍の使用も限定的で、一部に止まっていました。我が軍の報告した兵、製作した兵も一部で、現場の裁量で収まる範囲でした。報告については、製作、使用した師団、その上の軍団へと上がってはいましたが、死傷者数が多すぎるなど他に優先すべき事が多く、報告が上がるのが遅れた模様です。キンダ大将にも、我々と同じ頃に報告が上がっている筈です」
「そうか。ならば、使用部隊への処罰は無用だ。それと全軍に行わせよう。だが、アキツ軍が使ったのはいつだ?」
「それも調べさせました。前哨戦での報告はありません。勿論、開戦までの情報でも何も。今回の我が軍による総攻撃初日に、使用が確認されました。またアキツ軍の手榴弾は、不発のものや破片を回収し調べたところ、規格化された量産品と判明しております」
そこまで聞いたカーラ元帥は小さく嘆息する。
それで二人のやり取りを緊張して見守っていた他の参謀や将軍、将校達も内心胸を撫で下ろした。
「正式装備か。魔物は魔法に長けた連中、という事ではなかったのか? 彼らの方が、近代戦争において我々の先を進んでいるな」
「全くです。他国でも見られない装備です。恐らくですが、目の前の要塞を作り、どう攻めるかを考えた末の産物ではないかと。このような山岳部での近代的な大要塞は、西方諸国にはありません」
「北方妖精連合やヘルウェティアなら、小規模な要塞を国のそこら中に持っていると予測されているが、今はいい。それよりだ、本国に至急で手榴弾の生産を要請するように。アキツ軍が無視できない兵器を量産しているとなると、急ぎ対抗せねばならない」
「ハッ。既に書面は準備させております」
「うん」。そう返しつつ、また視線を前線陣地に戻す。
雰囲気も少し違う。カーラ元帥は知らない情報が補完され落ち着いたと言った雰囲気があった。




