079 「魔術大隊と特務旅団」
竜歴二九〇四年五月下旬
「あの連中、本当に凄かったな」
「噂じゃあ、この半月で敵に与えた損害の半数、3000を倒して、うち3人に1人は戦死判定だそうだ」
「戦死率って、せいぜい負傷者に対して8人か9人に1人だぞ。教書には以前はもっと少なかったとも」
前哨戦と言える要塞手前の地域をめぐる攻防戦が終わる頃、山岳要塞の東側に配置された部隊では、魔術大隊を中心として特務旅団が話題に上っていた。
彼らはアキツ伝統の五芒星の徽章が目印だ。
「だがあの連中、何だったんだ?」
「特務って言ってただろ。でもまあ、要するに蛭子だ」
「蛭子ねえ。本当にいたんだな」
「あの連中」とは、既に要塞にはいない特務旅団の事。
蛭子の生まれの者は、高い魔力に裏打ちされた身体能力を持ち魔術を扱うので、一般の兵達の中でも魔術大隊で噂する声が大きかった。
「俺達魔術大隊も珍しい方なんだかなあ」
「何を言っている。各師団どころか軍直轄もいるし、諸外国にもいる」
「諸外国と言っても、アルビオンと極西の精霊連合と西方の幾つかの国だけだろ」
「ガリア、ゲルマン、タルタリアといった西方列強は、そもそも国内の亜人を滅ぼして、魔法も禁じているじゃないか」
「勾玉や水薬は使うくせにな。それより、俺たちってそんなにいたっけ?」
「この要塞だけで各師団と軍直轄、司令部直轄で合わせて7個大隊。総数3500名。中でも司令部直轄部隊は、師団所属の魔術兵より魔術に長けた奴が配属される精鋭部隊だ」
「精鋭ねえ。使う魔術は俺達と変わらないだろ。『防殻術』と各種『幻影』。『念話』と『治癒』は別の奴らの担当」
「捜索系の魔術もな。あと俺達は、攻撃魔術を使うくらいか」
「攻撃魔術は不人気だろ。集団で使えば近距離なら効果はあるが、魔術大隊は中隊ごとに各連隊の支援が基本。『防殻術』と『幻影』で魔力は手一杯だ」
「小銃と違って曲がる魔法は重宝されると聞くぞ」
「そうだな、『舞刃札』くらいか。炎に電撃、真空の刃、魔力矢、色々あるが小銃か拳銃を使う方が早いし楽だ」
「軍の勧誘だと、派手な魔術を見せて志願者を集めたり宣伝するけどな」
「子供の頃に見たなあ」
「でも実際は、小銃や大砲の射程距離がこの半世紀で大きく伸びすぎて、攻撃魔術は商売上がったりだ」
「けどさあ、あの蛭子は違うんだろ。天狗もいたし。伝説の魔術すら使うって噂を聞いたことないか?」
「それこそ噂、軍の宣伝だろ。凄いのは認めるが、伝説の魔術を使えるやつを前線に送り込むわけないだろ」
「そうだよなあ」。する事がないので魔術兵達の雑談は進むが、彼らの話は概ね事実だった。
威力や効果の高い攻撃魔術も存在するが、使える術者は非常に限られている。一体の強敵を倒すならともかく、軍事的に意味のある数にはならない。
そして、貴重で育成に手間がかかる高度な術師を危険に晒すのも、費用対効果と希少性の面で好ましくない。
軍隊、特に戦闘部隊で重宝されるのは、相手を探す魔法と遠距離間で命令伝達できる魔法。しかし魔術大隊の領分ではない。軍や組織、特に通信魔法は軍だけでなく全ての分野で重宝されていた。
魔術大隊で主に使われるのは、相手の視覚を誤魔化す魔術になる。周りの風景に同化したり、兵士や構造物の前に自然物などの風景を投影する魔術は非常に有効だった。
魔力を感知する魔術や道具を使われると相手に魔術を使っている事が分かってしまうが、探知できる距離が短い場合が殆どなので問題視されていない。
しかも札や呪具と勾玉を用いる事で、術者がいなくても一定時間用いれるものもある。
こうした固定型の魔術の場合は、道具を事前に生産して用意した上で工兵が担当する場合もある。
次に重宝される魔術は、銃弾や大砲の多少の爆風や破片程度を防げる防御魔術。特に『防殻術』と呼ばれる直径2メートルほどの半球状の外殻式の見えない殻を形成する魔術は、行使した術者だけでなく周囲や後ろの者も守れるので重宝される。
他にも大きな盾状の術、術者の身体だけ守る術など、防御術は本来は刀剣や弓、魔術から身を守るため古くからある。
加えて、単に防御力だけではなく、反射的に強固な防御を構築できる方法の開発も進んでいた。
防御の為に多くの魔力が必要なので常時魔法を行えないし、射程距離が伸びたので不意打ちに備える為だ。
また、魔鋼や魔術を施した防具でもある程度の防御力を確保できる。アキツ軍では、手軽さもあってこちらの普及が急速に進んでいた。
ただしこうした防具は、身に付ける者が魔力保持者でないと効果を発揮しないので、アキツなど一部の国のみが使う装備だ。
『防殻術』は呪具でも行使可能で、呪具に使用する勾玉の魔力の消費量軽減など効率化、防御力強化が進められている。
術共々、火薬を用いた兵器の発展が、各種防御魔法の発展を促したのだ。この影響で、攻撃魔術がますます存在意義を低下させてもいる。
それ以外では、各種の探知魔術、捜索魔術は魔術大隊の任務に含まれないので、この次にようやく攻撃魔術がくる。
直接的な攻撃魔術は、攻撃力はともかく小銃と比べて射程距離が短い。拳銃より有効射程が長いものが大半だが、近代的な軍隊同士の戦いには向いていない。
それでも用いられる場合は、相手との距離が比較的近いか、互いに遮蔽物を用いている状況になる。
魔術で相手を探し、進行方向を曲げたり方向転換できる魔術で相手を攻撃するのは非常に有効なので、研究と開発が盛んだ。
特に、かなり接近した状態での夜間戦闘での有効性が確認されている。
また、陣地内、屋内、市街地など遮蔽物の多い場所でも有効と考えられているが、軍隊同士が市街戦を行う状況がこの時代に殆ど見られないので、まだ演習や訓練以上の段階ではなかった。
一方で、『念話』など魔術による通信と併用する事で、命令伝達と指揮系統を確保する戦闘の研究と訓練が盛んだ。
指揮統率が乱れやすい市街地や遮蔽物の多い場所での戦闘の研究や訓練も、アキツなど魔術が盛んな国では行われている。
また、もう一つ向いた戦闘が夜間戦闘だった。
しかも亜人は夜目が効く種族が多く知覚力も高いので、高い身体能力と合わせる事で高い効果があると演習や一部の小規模な実戦で証明されていた。
そして様々な結果を出しているのが、話題となっていた特務旅団、つまり蛭子達だった。
「でもさあ、俺達が行うべき戦い方の最たる実例を見せたのが、蛭子の連中だったわけだろ」
「特務旅団な。だが連中は、夜間の白兵戦中心だ。それに魔力量が違いすぎて、俺たちでは到底無理だ」
「しかもあの連中、多分だが全然本気出してないぞ」
「そうなのか?」
「間違いない。魔法を使いながら敵陣に突撃して、息一つ切らさず何食わない顔で戻ってきたからな。しかも顔色ひとつ変えてないし、返り血ひとつ浴びてなかった」
見た者全員が同じように思ったのか、また言った言葉が真実だと感じたのか誰もが黙った。
しかし話す以外だとタバコを吸うくらいしか娯楽がない、というより暇つぶしの手段がないのが戦場なので、中の一人が気を取り直して周囲を見渡す。
「なあ、俺たちが見たのは特務旅団の一部だって聞くけど、どれくらいが実戦参加してたんだ? 旅団っていうから、2個連隊編成なんだろ?」
その質問に、話し合っていた魔術大隊所属の術師達が顔を合わせる。全員が下士官以上で編成された兵士達だが、機密に属する戦闘部隊の情報を知るはずもなかった。
だがその中の一人が、したり顔をする。情報通の准尉(特務曹長)の階級章を付けた熟練下士官だ。
「小耳に挟んだが、2個大隊らしい」
「2個大隊? 俺は陣地移動中の蛭子を見ましたが、小隊くらいの頭数でしたよ」
「俺達以上どころか、雲の上の太政官直轄の最精鋭だからな。1人で只人の兵士100人に匹敵するそうだ。だから数十名で歩兵連隊に匹敵すると聞いた。だから指揮官は特務の大佐殿だそうだ」
「そういえば、全員が将校の階級章付けてたな。女も随分いたのに」
「俺、隊長か副隊長らしい天狗の美人が戦闘するのを幻影術で支援したが、とんでもなかったぞ。あれは、男とか女とか、それに種族とか超えた強さだ」
「当たり前だろ。で、どんな事してた?」
その質問の声に、多くの者が支援したという術師に向く。
ただ少し品のない表情を浮かべている者もあり、天狗の美人という言葉に反応したのが良くわかった。
だが話す方は、真剣というより深刻に近い表情のままだ。
「信じられなかったが、手に札を7、8枚同時、扇みたいにして持ってた。うち2枚は式神、他は札が刃になる舞刃の札だった。それが、当人の周りを常時くるくると回っていた。それに防御系の術も使っているだろうし、俺の支援の外に出たら自分で姿を消してた」
「それだけか?」
「その人達の隊をいつでも支援できるよう、術で知覚強化して観察はしていた。でも、支援の必要なかったよ。その先の敵兵がたむろしているところで、しばらく悲鳴が続いた。長く赤いものが揺れるのが見えたから、他にも何か別の術を使っていたかもしれない」
「長く赤いものは、緋鋼の刀だ。あの連中じゃないが、大鬼の将校が訓練で大きな岩を豆腐みたいに切ってるのを見た」
「噂に聞く魔鋼の新型刀か。ん? そういえば、術者じゃないのかその天狗の美人は?」
「蛭子だし、何でも出来るんだろ? それに術を使う時の魔力の虹彩も派手な銀髪だったから、あの人は大天狗だと思う」
「蛭子どころか、世にも稀な大天狗様ねえ。それにしても、術者が突撃する時点でおかしいだろ」
「だが単独じゃなくて、かなりの間隔は開けていたが一緒に何人も突撃していた。で、数分で終わって戻ってきたら、1個中隊を潰したって報告しあっているのを聞いた」
「たった数分で1個中隊か。あの連中だけ、何か違う戦争でもしているみたいだな」
「みたいじゃなく、実際してたんだよ。今回の前哨戦では、2週間ほど支援で戦闘参加していたらしいが、その短期間で歩兵連隊1個ぶん、兵3000を完全撃破だ」
「そんな強い連中が、何で他に移動したんだ? このまま敵と戦ってくれれば俺たち楽だったのに」
「決まってるだろ」
「ん?」
「もっと強い連中と戦うか、もっと酷い戦場に行ったんだよ。軍隊ってのはそういう所だ。そして平凡な術者の我々は、身の丈にあった戦いをして、なるべく戦死しないように気をつけるしかないって事だ。さあ、そろそろ次の仕事だ」
その術者の視線の先では、話を聞くともなしに聞いていたその隊の隊長と思しき将校が、術で何かの連絡を受けていた。
敵の次なる動きの証だった。




