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【ネトコン12入賞】アキツ年代記 〜幻想世界と近代戦争〜【書籍化】  作者: 扶桑かつみ
第二部「極東戦争編(1)」

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078 「要塞前哨戦終了」

 竜歴二九〇四年五月下旬



「やっと、近代戦争らしくなってきたな」


 大黒竜山脈北側中央にある山岳要塞付近では、攻める側、守る側双方で同じ感想が持たれていた。


 山岳要塞を巡る戦いは、5月に入ってから前哨戦と言える戦いが始まっていた。

 だが、タルタリア軍が初期の威力偵察での失敗以後は、分厚い戦列を組んで少しずつ前進するのを、守るアキツ軍による様々な妨害、敵の進撃を遅らせる為に行われる遅滞防御戦闘で対抗するという形で終始した。

 このため、戦線を形成する形でタルタリア軍が少しずつアキツ軍を山の方へと追いやる形になった。

 そこでの戦いは、一部を除いてタルタリア軍がよく知っている銃の撃ち合いが主だった。


 アキツ軍が多少積極的になるのは、タルタリア側が初期の頃に見せた隙の際に行われた夜襲程度。

 タルタリア軍が警戒した大規模な白兵戦を目的とした戦闘は、一度も発生しなかった。

 加えて、山の麓での不完全な陣地での戦闘も予測したより激しいものはなく、タルタリア軍が陣地を固め補給線を伸ばしつつ着実に前進を重ねる動きが約1ヶ月続いた。


 そうしてタルタリア軍は、山の裾野へと入り込んできた。

 その裾野は、アキツ軍の山岳要塞の南側と東側にほぼ90度の角度で挟まれた形にあり、見方によっては誘い込まれたようにも見える。だが、1辺5キロメートル以上もあるので、そうした動きをアキツ軍がするのは難しい。


 十字砲火を浴びせられそうな状況だが、一般的な野砲の射程距離も7キロメートルほどなので全てには届かない。

 ただし、タルタリア軍が奥まった場所に位置する角になる部分に不用意には入り込まなかったので、その奥にある鉄道を守るという点ではアキツ軍の意図通りとも言えた。


 そしてアキツ軍が籠る大きく二箇所に別れた山岳要塞陣地の間に山の谷間が走り、その先にこの山脈を貫く唯一の鉄道があった。

 タルタリア軍の目的も、要塞を攻略する事よりも鉄道を奪取し、そして安全に使う事にあった。

 要塞は邪魔だから攻撃して排除する。それだけだ。

 攻略せずとも、無力化できれば問題ないものだった。



「この山岳要塞は考えていた以上に難物だな、キンダ大将」


「はい、カーラ元帥閣下。南側は幅10キロ、奥行き恐らく3キロ程度。東側は幅6キロ、奥行きは南側と同様。この中に最低でも3個師団が篭っており、後方の鉄道から常に補給が受けられる体制にあると考えられます」


「そして我らとしては、その二つに分かれた要塞の間に突進するのが、最も早い攻略方法となる。どんな巨木も根を断てば枯れてしまう。だがそれは敵の思う壺。と言うよりも、誰もが考える迎撃に捉まるだけだ。

 しかも我が軍は、国境からの鉄道はまだはるか彼方。帝国中から集めた馬車だけで240キロメートルもの補給線を支えなくてはならない。草原にいるであろう、敵の有力な遊撃隊を警戒しつつ、な。

 さて、キンダ大将。貴官ならこの要塞をどう攻める?」


 総司令官のアントン・カーラ元帥が、現状での戦闘部隊の大半を率いるサハ第1軍司令官のレオニード・キンダ大将へ問いかける。

 と言ってもその様は、カーラ元帥がちょっとした部下との会話を楽しんでいると言う風でしかない。その雰囲気はキンダ大将にも伝わっていた。


「近年の正攻法ならば、敵陣地の手前まで塹壕を掘り進め、坑道を掘り、爆薬で敵陣地を爆砕していきます」


「相手が山でも、それが最善だろう。だが今の我々は、その選択肢を選ぶことは出来ない。物資と時間がないからだ」


「はい。敵が鉄道による補給線を確保しているのに対して、我が方は簡易であれ鉄道が敷設されるまでの向こう数カ月は、馬車で全てを運ばねばなりません。単に輸送効率が悪いだけでなく、輸送に携わる全ての者の消耗が非常に激しくなります」


「うん、まるで90年前の英雄戦争のようだな。しかも本国やサハ地域からは、増援部隊が続々と到着予定だ。来月には20万の兵が追加される。当然、補給状況はさらに圧迫される」


「はい。故に我がサハ第1軍を先鋒として、増援を以ってあの山岳要塞を短期間で突破する。つまり我々には時間がなく、呑気に塹壕を掘り進めている時間はありません。時間を割くだけの物資もありません。兵と馬は毎日膨大な物資を食い潰します」


「うん。だが、現状で良い事もある。兵力は我が方が優位だ。開戦がアキツの予想よりもずっと早く、アキツは戦争準備が整っていない」


「はい。あの山岳要塞も、占領した前哨陣地と言える麓、及び北側の山には殆ど手が付けられていませんでした。守りを固められていたら、これだけで攻略にさらに2ヶ月はかかった事でしょう」


「うん。だが時間を与えると、アキツは続々と増援を送り込んでくる。しかもアキツの方が本国からこの前線まで近く、途中船を使える分だけ輸送も我が方より便利だ。

 鉄道ですら、我が方は完成したばかりの大陸横断鉄道一つなのに対して、途中までは複数の路線が使えると考えられている。そしてその鉄道は、あの要塞の中枢部にまで伸びている。故にだ」


 カーラ元帥は最後の「故にだ」で言葉を強くする。そしてキンダ大将を見据えた。


「3ヶ月以内にこの要塞を何としても陥落させ、山を越え、黒竜地域の平原へと押し出さなければならない。でなければ、1年経ってもここで殴り合いを続ける事になるだろう」


「ハッ。心得ております」


「うむ。期待している。それに現状は、満足するべき状態にある。正直、前哨戦にはもう半月はかかると予測していた」


「敵の準備が整っていなかったお陰です」


「それでも見事だった。だが、キンダ大将には懸念があると?」


 見透かされていた事にキンダ大将は小さく苦笑した。


「はい。事前の偵察、周辺状況の把握が不十分にしか出来ておりません。要塞の全容は掴めておらず、補給路となる主街道の周辺状況は殆ど把握できておりません」


「要塞はともかく、主街道には十分な警備を置いただろう」


「はい。状況が敵の兵力を含めて分からない以上、守るより他ありません。それに」


「まだ懸念があるのか。さしずめ、平原の先にアキツが何か隠しているのではないか、と言った辺りか?」


「ハッ。ご推察の通りです。騎兵旅団丸々1つが行方不明なのは、敵に殲滅されたと判断せざるをえません。そして分散していたとはいえ2000の騎兵を短期間で完全に倒せるとなると、噂に聞くアキツの精兵ではないかとも推測しております」


「ヒルコと呼ばれる悪魔デーモン達か。そしてアキツが切り札の一つを早々に切ってきたのは、見せつける為ではない。何かを隠しているか、我々に見せたくないものがある、とキンダ大将は考えるわけだな」


「御賢察恐れ入ります。ですが手元に残されたのは、騎兵師団の片方の旅団のみ。これも主街道の警備に回したので、偵察には使えません」


「その点は案ずるな。騎兵の増援要請は既に出した。貴官らのいるサハからももう一つ騎兵師団が来るし、本国も寄越さざるを得ない。何しろ1個旅団が忽然と姿を消してしまったのだからな。

 そしてそれらの騎兵師団を集団で用い、大規模な偵察及び可能ならば平原にいる敵兵の掃討を実施する。師団単位で動けば、流石のアキツの精兵も簡単には手が出せまい」


「出せないでしょうか?」


「今までの動きから見て、数は多くない。各個撃破を狙ったのは、少ないからだ。加えて魔力を持つ者は、例え誰であっても1日の間に使える魔力量に限りがあるのだそうだ。知り合いの天狗エルフから詳しく聞いた。幾人か専門家も連れてきている」


「左様でしたか」


「うん。それにだ、魔力の使用限界に関しては、西方での今までの様々な記録及び我々の亜人デミとの戦いと彼らからの情報、さらにこのひと月ほどのアキツ軍の動きから見れば明らか。

 つまり見えない敵は、無敵でも万能でもない。ましてや魔物モンスターでも悪魔でもない。彼らは多くの魔力が使えるが、人だ。我々と同じように考え、行動する。その事を常に頭の片隅に置いてけば、間違った情報から誤った判断を下す事も避けられるだろう」


「ハッ、肝に銘じます!」


 思わず敬礼をしたキンダ大将だったが、カーラ元帥の見識に本当に感心していた。そして今の自分では敵わない相手だとも痛感させられた。

 そしてさらに、カーラ元帥ならアキツとの戦いに勝てると強く思えた。その敬礼だった。


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