048 「大黒龍山脈にて(2)」
「数ヶ月前に通った時より色々と増えたな」
「それだけ戦争が近いという事でしょう。簡易施設も随分と増えています」
「それに周囲の山岳要塞群の陣地もな。そこら中コンクリートだらけだな」
「はい。資料だと地下はもっと掘っているようですね。多々羅がやり過ぎなのかも。過剰にすら見えますね」
甲斐と鞍馬は、駅を降りて見晴らしの良い場所で周囲の景色、絶景とすら言える景色を見渡す。
そこは、幅だけで100キロ以上ある雄大な大黒竜山脈の真ん中。その山脈を抜ける、唯一と言える谷間を縫うように走る鉄道の終着駅。山脈の裾野はもう少し先まで続いているが、山を抜けた先には地の果てまで続く荒野と言える平原が広がっている。
実際、西隣のキタイ地域からタルタリアの南部を抜けて西方世界の東部にまで至る、世界最大の大平原の東の果てだ。
甲斐達にとっては山脈の先に広がる平原が当面の目的地で、部隊が展開、活動する場所だった。
そしてそこまで進むべく、引き込み線に入った彼らが乗ってきた列車からは、『浮舟』と浮舟に積載する物資が降ろされているところだった。二人が見ているのも、周囲の景色ではなくその作業の様子。隊長と副長なので、部下を監督するべく見ているところだった。
「……副長は不満そうだな」
「我々の任務には納得しています」
「だが、幌梅や黒竜里などの住民の避難や疎開を行うべきじゃないか、というわけだな」
「はい。ですが黒竜地域の多くは、国際法上では今も黒竜国です。自治の形でアキツが統治する権利を持っているとは言え、まだ我が国の領土ではありません。アキツの公民はともかく、現地住民に対して強制的に何かを行わせる権利と義務がありません」
「それを逆手にとって、アキツはまだ油断しているとタルタリアに見せるわけだから、我が国の上の方はなかなかに悪辣だな」
「大隊長」
甲斐の言葉に思わず非難の声色になった鞍馬だが、言った甲斐の方は変わらぬまま言葉を続ける。
「この喧騒です。誰も聞いてませんよ。仮に誰かが聞いていても、この程度をどこかに告げ口するやつも、この大隊にはいない。多分ね」
「でも、程々にしてなさい。私達は軍人で、しかも太政官直轄」
「その上、生まれてこのかた国が親代わりの根無し草ですからね。でも、たまの愚痴くらい良いでしょう。僕だって、最初からこの要塞まで全員逃げて待ち構えたらって思いますよ。何年前から準備してたんだ、とも言いたくなる」
「……ええ。実際目にすると、要塞の堅固さが窺い知れるものね」
「村雨さん曰く、色々と誤魔化して随分と鉄と混凝土を投入したらしいですよ。魔力を混ぜ込んだ頑丈な建材も。しかも、大黒竜山脈全体で軍隊が通れそうな道は潰して、逆に以前は幌梅まで通っていた鉄道跡と、それに並行する道はそのままだって」
「そしてタルタリア軍は、ここを通るのが最短だし他に道はなし。そういう意図でしょ?」
「うん。大軍を黒竜の中央平原まで進撃させる為、タルタリアはここまで鉄道を通してくる。山脈の他の道だと大規模な馬車の隊列は通れない。他の道となると、山脈を南北どちらでも200キロ以上も迂回するしかない。しかも他の道は、ここより条件が悪い。加えて言えば、鉄道路線はここだけ。
でもなあ、そんなに一方の思惑通り戦争が進むものなのかな」
甲斐は疑問の言葉を口にしたが、その声色は変わらぬまま。何か知っている時の甲斐の癖だと知っている鞍馬は、そのまま話させるように視線を向ける。
「この辺の遊牧民族は、南の方の平原を通って山脈を迂回する事もあるそうですよ」
「大勢で?」
「十分な準備か、家畜や集落丸ごと移動をすれば、万単位でも特に問題はないと昔の記録に。実際、目の前の平原あたりまでが縄張りだそうです」
「でもそれは、遊牧民の軍隊、しかも半獣の話でしょう? 近代化されたタルタリア軍に同じ事が可能だと?」
「タルタリアの国名は、何故かキタイ由来。去年の秋にも出会ったタルタリアの放浪者は、お隣のキタイの遊牧民を実質的な師匠とした騎馬の集団。それにタルタリア国内ですが、馬での移動は日常茶飯事。装備を絞れば活動は可能。逃げる時も巧みだったでしょう」
甲斐の言葉は、確かにその通りだったが、鞍馬としてはそれに同意ばかりもしていられない。それが副長であると同時に、参謀も兼ねている自身の役割でもあるからだ。
そして甲斐も会話を半ば楽しんでいるのが分かるので、仕事の会話であると同時に私情をごく僅かに含んでいた。
「でも遊牧民と同じとなると、砲なし、重装備なし、十分な弾薬なし。あるのは小銃とわずかな爆薬。あとは昔ながらの刀槍だけ。魔力もない只人の集団では、我が軍相手に大したことは出来ないでしょう」
「騎兵ですから、後ろや側面に回り込み妨害や嫌がらせはできますよ。数が多いと、簡単には手出しも出来ない。しかも我が軍は、魔力の恩恵の上にあぐらをかいて伝統的と言えるほど騎兵が弱い」
「馬の多い極西や南天の同胞が、義勇軍の編成と派遣を準備しているって噂は聞いたわ。輸送と受け入れの態勢さえあれば、万単位の騎兵集団も揃えられるとも」
「ついでに、先日我々が通った北氷州の住人達もね。とは言え北氷州をガラ空きには出来ないから、あそこの兵力は動かせないと聞きました。むしろ弾薬や食料その他の物資を送り込んで強化するらしい」
「つまり当面は、騎兵に側面に回られるとガラ空きどころか、後ろを取られる可能性もあるわけね」
「軍の上層部は、それを気にしています。この要塞には十分な備蓄はありますが、孤立した城に価値はありませんからね。だから僕達を借り受けて送り込んだとも言える」
「偵察、後方かく乱に加えて、敵かく乱部隊の妨害や阻止まで任務に含まれるの? 聞いてないわよ」
鞍馬の声には非難の声色が乗っている。事前に聞いていないし、任務の許容量を超えていると言いたいのだ。
さっきまでお互い眼前の状況を見続けていたのに、顔が甲斐の方を向いていた。
だから甲斐は苦笑する。
「相手の出方と規模にもよりますが、大軍相手なら状況を知らせるだけで良いそうです。それに第二大隊を準備出来次第送るらしい」
「第二大隊を? 当面は私達と交代で任務に就くんじゃあ?」
「まだ正式な命令じゃないですよ。だから鞍馬にも、まだ話してないんです。でもまあ、上はそんな悠長な戦争にはならないと考えている、という事でしょうね」
「……そうなのね。了解しました。大隊長殿」
「うん。まあ僕らは、僕らが出来る事をしよう。一騎当千のツワモノ揃いではあるがな」
甲斐の減らず口には半ば諦めが乗っていた。




