042 「秘密兵器?『浮舟』」
「クァーッ! 良い船だったね。お布団もフカフカだったし!」
船が接岸した岸壁で、朧が気持ちよさそうに猫系特有の伸びをする。
その側で聞いていた黒髪の天狗の方は耳が少し垂れ、いつもの凜とした雰囲気に欠けていた。
「私は船の揺れで、あまり眠れなかったわ」
「そういえば、前も同じ事言ってたね。鞍馬って船が苦手なんだ」
「ええ。海軍に入りたくないわね」
「僕も陸地が良いかなあ。半分猫だからね。でもさ、僕らがどこに行かされるかって、任務次第だよねー」
鞍馬と朧が気軽な会話をしている周りでは、同じ黒を基調とした軍服の下士官が作業を、将校が作業を監督している。
彼らがいるのは、大陸北部の海の玄関口。黒竜地域の先にある竜東半島の付け根に大竜と名付けられた港町の近くのとある港。大竜は、アキツが黒竜に進出してからアキツが作り上げた港湾都市だ。
ここからは、黒竜地域中央の広大な平原地帯を南西から北東へと貫く鉄道に乗る。そして、さらに一日先にある分岐点の春浜の街で別の路線に入り、目的地のタルタリアとの境界線の近くまで行く。
アキツが勢力圏とする黒竜地域は、『竜』の力もあって五百年以上も鎖国を続けている半島国家を挟んだ反対側、北東にある征西の街と、大東国にも面する内海にある大竜が玄関口となっている。
大竜から春浜で合流している鉄道路線も、征西から北西方向へ一直線に伸びていた。
甲斐達の船が征西ではなく大竜に到着したのは、征西は冬の間は海が凍って港として使えない為でもある。
なお、アキツの大陸領は、300年ほど前から領有する天羅大陸北東端部一帯の北氷州と、40年ほど前に勢力下とした黒龍地域がある。
しかし近隣諸国との関係から、黒龍地域全ての領土化は行われていない。北部と東部を編入したに止まっている。
近隣のセリカ、タルタリアが納得しなかった為、セリカへと続く中部平原を含めた南部、それにタルタリアと境界を接する東部には今も黒竜国がある。
そして名目上はアキツの保護国。実質的には自治領として保持されていた。
これはアキツと一応の友好関係にあるセリカへの政治的配慮で、ほぼ面子の問題でしかなかった。タルタリアに対する場合は、対立する意図はないという意思表示になる。
だが実質的にはアキツ領の一部で、当の黒竜国自体も半獣が民の多くを占める事もあり、アキツへの正式な編入や領土化を求めているほどだった。
そして今、大竜の港はアキツ本国からの多くの船が行き来していた。
表向きは、黒竜地域の大規模開発の為。加えて、軍の大規模な演習の為。それぞれの港町と大竜の近在の半島先端部にある大竜軍港では、一般人の立ち入りが厳重に禁じられていた。
新たに到着した船も、大竜の街ではなく大竜軍港に接岸していた。
そして接岸した岸壁には、船の方からかけられた揚げ橋が伸び、再び馬を繋いだ馬車が自力で降りている。その一方で、船の甲板からは大きな荷物の荷下ろしの準備が進められていた。
岸壁の二人も、その様子を監督という形で眺めていた。
だが監督というよりは見物に近かった。
「そうそう、模型で練習した通りにゆっくり、ゆっくり。あー、ダメダメ、そんなに魔力いらないから。君ら無駄に魔力多すぎ」
両手を口元に添えて恐らく大声を出しているつもりなのは、船に乗る前に出会った鳳凰院玲華のお付きの一人。
目の前の新兵器の専門家だと思われている、真っ白な天狗。
「私の事は玲華様の腰巾着その一とでも呼んでください」
そう自らを紹介してから、船で目の前の兵器、『浮舟』の説明、取り扱い方法を講習した。そして今、荷下ろしの段階で実地で指導しているところだった。
「はいっ、そこでほんの少し魔力を注ぐ。うん、良い感じ。今の忘れないでね。じゃあ、次いってみようかー」
平坦な話し方なので、いまひとつ緊張感に欠けている。だが、最新兵器に乗っている将校は、真剣な面持ちで『浮舟』の操作を行っていた。
説明を受けて、船の上でほんの少し実技をしただけの状態で、新兵器を自力で船から岸壁に降ろす作業をしているからだ。
しかも、ようやく1つが岸壁に降り立っただけ。この作業が、まだ10回ほど続く。
そしてその最初に降り立った最新兵器から、他より少し派手めの軍服を着た将校が降りてくる。そこに半ば見物していた天狗の女性将校と数名が待っていた。
「指揮官率先ご苦労様です。如何でしたか大隊長」
「高いところから降ろすのは骨だが、軽く浮かせるだけなら簡単だ」
「魔力の加減の指示を随分と受けられておりましたが?」
「高いところから降ろすのが基本無理な仕組みだからだ。副長も模型を使った時に分かっただろ。少し浮くだけの代物だと」
「移動は実質手押しですからね。本当に役に立つのでしょうか?」
「陸は勿論、水面も泥の海も関係なく進めるというのは、極めて大きいだろ。しかも積載量は、鉄道の貨車と同じ10トン。大型の馬車6、7台分だ。完全武装の兵士なら詰め込めば50人は乗れる。まさに浮かぶ馬車、いや浮かぶ貨車」
「『浮舟』でしょ、大隊長。でもさ、みんなで押して行くの?」
甲斐自身は『浮舟』を高く評価していたのに、その横からの無邪気な質問に思わず小さなため息を付いてから諭すように口を開く。
「話を聞いていなかったのか? 船みたいに櫂で地面を押すんだ。空中は水面よりずっと抵抗が少ない。簡単に移動できたのは見ただろ」
「今、手で押してるし、押してるのも力自慢の人たちだし」
「まずは得意な者が習得して、他に教える為だ。白の君はこの港までだからな」
「……白の君ねえ」
甲斐の言っている事も理解できるので、朧は議論を避けてさっきと同じように「ゆっくり、ゆっくり」と声をかけている真っ白な天狗を横目で見る。
「あの、浮くだけなんですか?」
「そう。『浮舟』だからね。字は体を表す」
「白の君、その引用は間違っています」
船で実物を見つつの講習会で、朧に答えた白い天狗に鞍馬が訂正を促す。どう考えてもわざとだが、時折あえて間違った言葉を使って周囲を困惑させてくる。
それが淡々とした語り口だから、最初の頃はこの人独特の冗談や可笑しみの表現だとは気づけなかった。
朧など気にすらしていない。
「そんなのどうでもいいから、どうやって進むの?」
「まあ、色々。とりあえず、今の所はそこの櫂で地面を押してもらいます。浮くと抵抗が凄く少ないから楽々進むよ」
「実質手押し? 他に何か、鳥の羽みたいなものとか、蒸気機関はないの? それとも魔法で進むのかな?」
「今、色々実験、開発中。でも、話が急すぎて間に合わなかったんだ。ごめんね」
「それは仕方ありませんが、今後のため櫂を用いる以外の方法をお聞きしてもよろしいですか」
すぐ口を挟む朧だと軍隊として締まらないので、割り込むように隊長の甲斐が小さくてを上げる。
「うん。一つは回転翼。蒸気船に付いてるやつより、見た目は風車に近いかな」
「なるほど、風の力で進むんですね。では帆船のように帆を使ったりもするのでしょうか?」
次に聞いたのは鞍馬。だが白の君は首を横にふる。
「それは無理。水上と違って、浮いた状態だから難しいんだよ。それに風まかせだと、道の上を進むのは難しいでしょ」
「確かにそうですね」
「うん。ただし、限定的には少しだけあり」
「限定的? もしかして魔術で風を起こすのですか?」
「おっ、流石は術者。ただ今のところは瞬間的に避ける時に使えるかもってのが、トンチキな開発者の答えだったけどね」
「トンチキですか。とはいえ魔術だと瞬間的なものになり、長時間は無理がありますね。常時風を発生させる呪具も聞いた事がありません。それではやはり、回転翼で進むのですか」
「当面はそうだね。水平方向だけじゃなくて垂直方向にも付けると、もう少し浮かせることも出来る。ただ、機械を付ければ付けるほど重くなるし場所も取るから、やりすぎると本末転倒なんだよね。まだ、技術が追いついてないから」
「だから、技術と関係ない櫂を用いるのが一番簡単という事ですか」
話が横道に逸れつつあると感じた甲斐が、また修正を試みる。短い間に、白の君は話し出すと脱線し易いと学んでいた。
「蛭子の身体能力なら、抵抗のない空中を最速の汽車よりも速く進ませる事も出来るだろうね。将来は、機械の力でもっと出せるようになるって予測だけど」
「将来? 回転翼以外にもあるのですね」
「うん。魔石の高熱化現象を利用して、空気を急速に膨張させて一方向から集束して噴射すると、理屈の上だと音の速さも楽々超える装置も作れる、らしいよ」
「音の速さ? そこまでいくと荒唐無稽さすら感じそうですね」
「もう実験や試作のやつはあるよ。それに推進装置じゃなくて、蒸気機関に代わる動力装置としての開発も実験中。
ただどっちもまだまだ問題も多くて、魔鋼を山ほど使う採算度外視で装置を作っても実現は当分先だろうね。お嬢は何考えてんだか」
「お嬢? あ、いえ、そうなんですね。それでは将来的には、回転翼で高い高度を取りその新型機関とでも呼ぶべき装置で高速を発揮するという事でしょうか。空を飛ぶとでも表現できそうですね」
「うん。将来的、というか近い将来には『浮舟』の装置自体の技術再現も改良して空を飛ばせる予定。『浮舟』を地を這わせるだけとか、勿体無さ過ぎるからね」
言葉の最後が、いつもの淡々としたものではなく感情が感じられ、さらにどこか別の風景を見ているようだった。
「うん。今は白の君しか教官がいないが、僕も動かして自信が付いた。あとでコツを教える」
「はーい。お手柔らかに」
「それより大隊長、この調子では今日中に貨車に積み込みまで終えられるか疑問です」
「新兵器の防諜もあるから夜遅くに出発だ。多少遅くなっても問題ない。順次貨車に載せて、天幕で覆う作業もある。時間があれば動かす練習もしたい。ただ、最悪でも夜明けまでに出発したいな」
「了解しました。準備を進めさせます」
「あーあ。今日は半ば徹夜か」
「昨日と一昨日は十分寝ただろ。それに良い飯も出るし、また汽車で寝られる」
「僕はネコだから、寝るのが半分仕事なんですよー。では、任務に行ってまいります!」
朧が綺麗に敬礼を決めると足早に去って行った。
恐らく、次に行動命令が出るまで、どこかで休むつもりだろう。
甲斐と鞍馬は休むわけにもいかないので、長丁場を覚悟して朧の後ろ姿を羨ましげに見送っていた。




