157 「戦艦(2)」
「どれくらい強いんですか?」
「単純に言うと、戦艦は戦艦以外では沈められないとされています。そして目の前の戦艦は、世界の戦艦の中でも新しく、強力です。これ以上は具体的な数字の説明になりますが、聞きたいですか?」
そう問われて陽炎は「聞いても分からないです」と半目になる。その横では、霞が「僕もー」と軽く笑う。
「特務少佐としては笑い事ではないので、少しだけ説明しましょう。ちょっとした特別講義だと思って下さい」
「「はーい」」
「よろしい。では、目の前の戦艦の要目は知っていますか?」
「30センチ砲連装2基4門。汽車に乗っている時、資料で見ました」
挙手して答えたのは陽炎。もっとも「他は?」と暁に問われると「えーっと」となってしまう。
それに暁は軽く微笑む。
「最も重要な装備を覚えている点は評価しますが、実際の戦闘では副砲とされる15センチ砲の方がよく命中し、損害を与えられます」
「大きな大砲は撃つのに時間がかかるし、数が違うからですか?」
「その通り。この戦艦の場合、主砲の他に15センチ砲16門、8センチ砲20門、5センチ速射砲4門を舷側にずらりと搭載しています。これらの砲を用いて、主に7000から5000メートル程度の距離で撃ち合い、主要部は同等の相手の攻撃を防げるように設計されています」
暁は腕ごと指差しつつ装備を示していく。
「まるでハリネズミだ。避けるの難しそう」
「まさに、海に浮かんだ城ですね。では大きさは? 霞」
「1万トンから1万5000トンくらいだと習いました。それと、石炭を燃料とするか勾玉を使うかが大きな違いだって」
「全体の要約としてはその通りですね」
ウンウンと暁は満足げに頷くも、また人差し指を立てる。
「アキツ、アルビオン、北方妖精連合、極西南東部の精霊連合が、勾玉で動く戦艦だけを保有し、他の国は全て石炭型か一部のみ勾玉型です」
「機関車と同じですね」
「はい、その通り。蒸気機関全てに当てはまるので、戦闘艦艇にも適用されます。ですが亜人の住まない国でも、勾玉で動く戦闘艦艇を可能な限り保有しようとします。何故だか分かりますか?」
その質問に陽炎が「えーっと」と考え込む一方で、霞が簡単に答える。
「石炭の方が安い?」
「なるほど。ですが戦艦は、石炭を1500トンから2000トン積載します。それでいて航続距離は10ノットで7000海里程度。これに対して勾玉型は、乗組員が亜人なら事実上無限に進む事ができます」
「勾玉を交換しながら進むんでしたっけ? ほとんどズルだって、近所の友達がボヤいてました」
「ハハハッ。ズルですか。ですが札による共鳴高熱化現象の制御、勾玉の交換など面倒はありますよ。ですが、利点も多い。分かりますか?」
「今の話だと、石炭がいらないので軽く済む」
「あと煙突がいらない。それに薪や石炭燃やすと煤で真っ黒になるから、掃除が楽そう」
二人の答えに暁は満足そうに頷く。
「その通りです。この戦艦の場合、常備排水量は1万5000トンに迫りますが、石炭型よりも石炭を搭載しないで済む分だけ、性能を上げる事ができます」
「常備排水量って? 船の重さですよね」
「正確には軍艦の重さの基準の一つですね。軍艦が最も高い戦闘力を発揮出来る状態を指します。では、軍艦が戦うには何が必要ですか?」
「燃料は勾玉で済むから、砲弾と食べ物。それに水」
「惜しい。人も入れてください。動きませんよ」
「そりゃあもっともだ。どれくらい乗っているんですか?」
暁と陽炎のやりとりが続くが、霞はうんうんと頷く以上しなくなっていたからだ。
これはよくある光景なので、そのまま暁は陽炎に言葉を返す。
「石炭型は800人程度。小型で少し古いと600人程度。ただし勾玉型は、缶焚き、要するに汽缶に石炭をくべる人が不要なので、その分少なく済みます。それに石炭の積載作業は人力なので、とても大変だと聞いたことあります」
「煤で真っ黒になりますよね。それでこの戦艦は何人乗りですか? 500人くらい?」
「そんなに減りません。それに石炭を積まない分だけ装備を増やしたので、乗組員も増えています。乗組員自体は、少し少ない程度ですね」
「でも、その分強い?」
霞の疑問に頷く暁だが、さらにそこに指を立てる。
「それに石炭を積まない分だけ、水、食料を積めます。あと、艦内の構造も汽缶から煙突への区画も不要なので合理的配置になるし、居住区も多いとか。そして煙路がないので少し涼しいそうです」
「なるほどー。色々利点があるんですね。アキツの海軍が強いって言われるわけだ」
「ええ。ですが近代に入ってからは、むしろ弱くなったと言われています。何故だか分かりますか」
暁の新たな問題に、二人は遠くの記念艦の帆船と近くにいる最新鋭の戦艦を見比べる。
「この場合、同じ時代同士の西方の船との比較ですよね。何だろう。魔法?」
「魔法の建材は丈夫だもんね。でもそれなら、今の軍艦の一部にも魔鋼を使ってますよね」
「はい。材質の優位は今も変わりありません。ですが、魔鋼自体は少しだけ関わりがありますよ」
そう言われ、さらに二人は頭をひねる。
そんな二人を興味深げに見る暁はその二人を指差し、二人も自分を指差す。
「魔鋼に、私たち?」
「……格闘、じゃなくて白兵戦か」
「ああっ! 昔は船をぶつけて相手の船に乗り込むんだっけ。獣人のおじいちゃんが話してくれた!」
「そうです。只人が亜人に白兵戦で勝てるわけがない。ましてや狭い船の上。場合によっては、二人のように身軽に帆柱などを利用して立体的に飛び跳ね翻弄すらできる」
「帆船より前の時代、亜人の軍船は無敵だったって大天狗から聞いた事がある」
「その時代、アキツは内輪揉めしかしていませんでしたけれどね」
軽く肩をすくめる暁に、そりゃあそうだという表情を二人も浮かべる。
だがすぐに陽炎が首を傾けた。
「その大天狗って、アキツの人じゃない?」
「うん。西方の人。昔々の生まれで、古代の海の運搬人、大内海の大提督、北海の略奪者、大西洋の海賊、人喰い海の大海賊、南北戦争の元帥をしてきたって。それで今は南天で冒険家をしてて、南極に行くのが夢だって」
「ホウ。その方は生ける海の歴史ですね。その方の言われる通り、西方では猛威を振るったそうです。アキツでも、海の向こうからの侵略は全て撃退してきました。そして帆船の時代に猛威を振るい、今の勢力圏の基礎を作り、今に至ります。さて、そこでまた問題です。優位がなくなったのに、勾玉以外でアキツは優位にあるのは何故でしょうか?」
その質問には二人も分からず、数分悩んで答えた末に両手を上げた。
姿を隠す幻影魔術、亜人の視力、頑丈さ、どれも答えの一つではあるが暁が求める答えではなかった。
「もう、降参です。何ですか?」
「拠点ですよ。アキツは大東洋の大半を勢力下として、他の列強の本国は西方の彼方。アルビオンですら、魔来半島の先にある海獅子の港に限定的な拠点を持つだけ。あとは大東国の江都の租界の港に停泊するだけ」
「確かに」
「ええ。そして軍艦だけでなく船は、汽缶の整備、船底にへばりついた牡蠣の除去を定期的に行う必要があります。これらには整備用の船渠が必要で、大東洋沿岸で戦艦用を持っているのはアキツのみ」
「逆もまた然りですよね」
「ええ、そうです」
大きめの笑顔で霞に返し、さらに暁は続ける。
「だから互いに攻め込めない。これがアルビオンとアキツが共存出来る理由の一つであり、敢えてそうしているとも言えます。他の列強の拠点も東方や大東洋にありませんが、これは単に力が足りていないからですけれどね」
そう結び、茶目っ気を込めて片目を閉じる。
暁はそうした仕草がよく似合った。




