012 「竜の国の民(2)」
二人が繰り出したのは、竜都の中でも竜が住まう竜宮にほど近い場所「銀河通り」。
星が密集するように光が溢れる通りという意味合いで、アキツ本土最大の平野の要所に建設された天下泰平の頃の都市開発の際に命名された。
今でも竜都の中心部にあり、二人の官舎(住まい)があるように軍関係の施設や中央官庁街のほど近くに、この国随一の繁華街が広がっていた。
そしてアキツは世界の中で見ても豊かな国なので、その国の都の繁華街ともなれば華やかさと賑わいも桁外れだ。
都市自体は人口200万人を数え、規模の面ではアルビオンのロンディを抜いて世界最大を誇る。
しかも四方に鉄道が伸び、都市内部には環状鉄道すら敷かれ、湾内の沿岸部に面しているので巨大な港湾を抱えている。つまり、世界最大級の巨大都市に相応しい巨大な物流の拠点ともなっていた。
その中心街となる銀河通りの通り沿いには、魔力を浸透させ強度を増した建材を使った多層で贅沢な造りの建物が軒を連ねている。
また、西方で発明された様々な近代科学技術が積極的に導入されているので、機械による文物も多い。
最近では、急速に路上の線路を電気の力で走る市電と呼ばれる公共交通機関が発達しつつある。
この為、一人か二人を乗せ人が引く二輪の『力車』はともかく、乗り合い馬車が急速に姿を消しつつあった。半世紀ほど前に登場した馬が引く鉄道馬車の線路上も、今では近代科学の産物である電気を用いた一両編成の電車、通称『市電』が走り、公民の足となっている。
甲斐と鞍馬もその市電を使って、繁華街へと繰り出していた。
アキツ一番の繁華街も、100年ほど前の大規模な区画整理による石畳が敷き詰められた道幅は非常に広く、真ん中には市電の線路も走っている。
交通量の多い交差路では、道の真ん中に交通整理の警察官が台座の上で指示すらしている。
また、大きな道は馬車が行き交う車道と歩道が分けられ、さらに歩道には等間隔で街路樹と街灯が並んでいる。場所によっては、花壇や小洒落た長椅子すらある。
しかも大きな道だけでなく、街路のほとんどが石畳で舗装されていた。
街灯は昔から使われている魔力と魔法を用いた恒久的なもので、一定程度暗くなると自動的に灯り、一定程度明るくなるまで灯り続ける。
魔法の街灯は魔力の供給に勾玉が使われるが、街灯に使われる灯り程度だと1つで半年は保つ。
交換と整備を行う者が、2000年ほどの昔から政府や街の役職にすらあった。
だが、アキツのように街灯に勾玉を使える国は、非常に限られている。同じ様な魔力を用いた街灯は、西方諸国の一部の国でしか用いられていない。
そうした灯は、アキツでは昔から当たり前のものだった。だから魔力を用いた技術も発展を続けているし、近代科学文明を用いた工業ガラスの使用で明かり自体の利用はさらに広がりつつある。
建物も同様で、あくまでアキツの様式を新たな知識と技術で発展させたものが急速に増えつつあった。
一見木造の何層もある楼閣でも、使用している主な建材自体が魔力を用いた加工で石やレンガ、鉄骨よりも強固で耐久性もあるので、アキツの建物は見た目で判断してはいけなかった。
このため、木造とは思えない多層建築、高層建築も見られる。
また、石やレンガを用いた西方風、特にアルビオンを中心にアキツとも交流の深い国の様式を用いた建物もあるが、その数は多くはない。
この半世紀ほどで積極的に取り入れられた西方風の服装も、着衣の簡便さと西方諸国との付き合いもあって政府、軍、警察で積極的に導入されるも、公民への浸透はそれほど進んではいない。
それでも新規なものを好む公民の流行を追う流れで、年々増えてはいた。
また、古くから大東国の様式の建造物も少なくないし、他にもアキツ本国以外の勢力圏の様式も少なくない数が散見できた。
そんな竜都の繁華街の銀河通りは、アキツと西方の文化が渾然一体となった多国籍もしくは無国籍の雰囲気があり、華やかさと賑やかさに花を添えていた。
そしてその街角には、様々な亜人が闊歩している。
その中をひと組の男女が歩いていた。
「平日なのにすごい人出ね」
「銀河通りは竜都一の繁華街ですからね。僕にはあまり縁はないですけど」
「私達、竜都にいる方が少ないものね」
「ええ。それにしても、確かに人が多いですね。以前より増えた気が」
「竜都の人口は、年々大きく増えているそうよ。商都と古都を合わせたより人口が多いって、前に新聞で見たわ」
「部内の情報誌にもそんな報告がありましたね。総人口は本国が6000万人、勢力圏全体で1億人。竜都は都市部で200万人、周辺を含めると300万人を超え、既にアルビオンの首都ロンディを超えるって」
「武都だった時代ですら100万人だったそうね。しかも、これからも技術は発展に応じて増えるだろうし、さらに市域の拡大を行うとか何とか」
「そうなんですね。でも、人が多すぎるのって、陛下をお守りする事を考えると問題なのかも」
「相変わらずの忠臣ぶりね。いや、甲斐の場合は違ってたわね。御免なさい」
「気にしないでください。僕は蛭子。地縁血縁とは切り離された『忌み子』ですから」
「……私もそうなんだけど。でもこの髪の色、どう説明するのかいつも悩まされるわ」
「地色か染めている、で構わないでしょ?」
「まあね。甲斐達みたいに、首から上のどこかに痣があるよりずっとマシだものね」
「僕の痣は、隠しやすいので助かってますけどね」
「まるでこの街での私ね」
「そんな事ありませんよ。でも、天狗がまた増えましたね。よく見かける」
「多々羅もね」
「昔は天狗や多々羅を見かけるといえば古都って感覚だったそうですけど、ここが今の都だからなんでしょうね」
「流石に大天狗は滅多に見ないけど、政府、軍の施設が多いせいか大鬼や獣人はそこそこ見かけるものね」
彼らがそうであるように、そして街を行き交う人々がそうであるように、アキツは世界でも稀に見る多種族国家だった。
もっとも竜歴が始まったはるか昔は、世界中が同じ様だったと伝えられている。多種族が共に住むのが当たり前だったとも言われる。
アキツにも、数百年前までは只人が住んでいた。
しかし只人が代表的なように、同じ種族同士でも争い対立する事は珍しくない。異なる種族同士なら尚更。当然、長い歴史の中で各地で淘汰が進んだ。滅び去った亜人の種族も少なくない。
その結果、現在の只人の国、只人と亜人が共存する国、亜人ばかりの国に別れた。
多くの国が並び立つ西方地域の場合、島国か北の果て、山岳地帯など地形が複雑な場所や辺鄙な場所に少数派の亜人は追いやられた。
東方や世界各地では多少違うが、それでも只人が最も多く繁栄していった。
その中でアキツは、島国だった影響が強く現れた。
加えて竜が君臨し続けた事も強く影響した。
そして、亜人の上位種族、魔力の高い種族とされる魔人が、亜人を支配する体制が長らく続く事となる。
しかし約半世紀前、『変革』と呼ばれる大幅な体制刷新があった。魔人を中心としつつも、竜を国家元首とした亜人もほぼ対等の立場と権利が認められた今のアキツ国となった。
二人もその一部となっている賑わいは、そうした変化の象徴の一つといえた。
主に道を行き交うのは、鬼と半獣。特に頭にツノのある鬼が多く、公民全体の7割を占めている。アキツを「鬼の国」と呼ぶ事があるほどだ。
次に多いイヌ科、ネコ科を中心に様々な獣の特徴を備えた半獣は、全体の2割程度。残り1割のうち、天狗と多々羅が半々程度の割合となる。つまり百分率で五分程度、20人に1人。
そして貴族など上流階級に属する魔人種だが、個体として強い種族ではあるが非常に数は限られている。
最も高い魔力を持つ大天狗は、全てを合わせても100家、1000人程度しかいないとされる。しかも高貴な者か世捨て人ばかりなので、竜都と古都周辺もしくはどこかの霊山にしかいない。
辺鄙な場所では、その地で長生きしている大天狗が氏神や土地神にされている事もある。何しろ、その辺の古い大木よりも長生きしている事があるからだ。また逆に、妖怪や魔物のごとき扱いをされている事もある。
長らく武力と魔力でアキツを支配してきた大鬼も少なく、その数は十数万人。統計数字上では約12万人とされている。
大鬼と同じく武力と魔力でアキツに君臨してきた獣人はもう少し多いが、それでも約50万人程度しかいない。
つまり魔人全てを合わせても、総人口の100分の1程度に過ぎない。
そして大鬼、獣人は、特に西方世界では悪魔の代名詞として忌み嫌われ滅ぼされた。
大鬼を表す西方の言葉を直訳すると悪魔になり、魔力の多い種族の翻訳が大鬼と同じになったりする。それほど珍しく、そして忌み嫌われている。
彼らの歴史上で、それだけ猛威を振るった過去があるからだ。
獣人は大鬼ほどの悪評はないが、それでもアキツ以外では少し前の大東国など限られた場所に少数が住むにとどまっている。
神の遣いや神そのものと見られている地域もあるが、世界的には数を減らし続け非常に珍しい。
アキツは例外なほど多い上に権力階層なので、非常に珍しいと言える。
アキツ以外でも状況は似通った場合が多く、いるとしても只人が入り込まない秘境のような土地か、アキツの支配領域に限られている。
この為、世界の魔人種族の9割以上がアキツの支配領域内にいるとされる。
ただし、天狗よりも美しく魔力も高い大天狗のみ、半ば神聖視される形で例外扱いされている。
一方で魔人は、高い魔力とそれに裏打ちされた高い身体能力などを持つ。さらにアキツの場合、上流階級なので高い教育を施される場合が多く、魔術など魔力を操る術にも長けている。
だから彼らが戦いに関わると、その昔はたった一人で、そうでなくても数十人が関わるだけで戦いを制したとされる。
だからこそアキツでは支配階級となり、世界各地では恐れられた。
また、魔人は亜人の大元とも言われ、近代の学術的には『原種』と呼ばれる。
しかし近代科学文明が作り出した新たな戦争形態は、万の単位の小銃と多数の大砲で武装した軍団同士の戦いだ。
そうした戦いでは、多少高い個体戦闘能力を有していようとも、戦いの大勢に影響を与える事は非常に難しいと考えられるようになった。
銃や大砲、火薬は、一部の高度な魔術や余程の魔力を有しても、その優位を覆す程の威力があったからだ。
実際、多くの魔人が倒され、西方世界を中心として様々な亜人種が駆逐されていった。
だからこそアキツも西方で始まった近代科学文明を取り入れ、体制と制度の刷新を行わざるを得なかったとされる。
同時に、西方列強が『魔王の国』『悪魔の国』としてアキツをかつては恐れるも、年々恐れは薄れつつあると言われる。
それでもアキツ国内においては、単に個体として強いばかりでなく、それまでの蓄積、伝統などもあって上流階級を占めている。
だから、そうした数の少ない上位種族もしくは魔人は、竜都や古都に多い。しかしそれでも、限られた場所でたまに見る程度でしかない。当然、公民が目にする事はあまりない。
この為、姿がよく似ている大天狗と天狗は、同じ種族と公民からは見られる事も少なくない。
しかも鞍馬にとって都合の良い事に、アキツに住む天狗は様々な色の体毛(頭髪)をしていた。だからこうして街中を歩いていても、少し変わった髪色の天狗としか見られなかった。
だから鞍馬も、のんびりとくつろいで街の散策を楽しめる。
その為、不意にかけられた声と、その声と共に抱きついてきた人影に対処するのが遅れてしまった。
「やっと見つけた! どこ行ってたのよ金剛ったら!」
「「金剛?」」




