009 「帝都の宴(2)」
「あの者は見所があるね。接触してくれるかい」
「畏まりました。如何致しましょう」
語りかけたのはプラチナブロンドの美丈夫。見るからにかなり上位の貴族の出で立ちをしている。
答えるのも、プラチナブロンドの美しく着飾った妙齢の貴婦人。その目には知性があり、そして男と同じように周囲の者達を値踏みする冷ややかさがあった。また、命じた男共々耳が上に長く伸びているのが特徴だった。
そして類稀な美貌なのに、女性の方はまるで存在しないかのごとく誰も注目していなかった。
「可能なら引き入れる。無理と判ればすぐに知らせてほしい」
「無理な場合の処置は?」
「何か感づき、それを他に話そうという場合以外は殺さないように。引き入れが無理なら地方にでも飛ばそう。事を成した後で、また使えば良い。有益な人材は貴重だ」
「畏まりました。それにしても、これだけ人がいて有益な者の少ないこと」
「腐敗堕落した末期症状の国の中枢など、世界中どこでも似たようなものだろう。100年ほど前、革命前のガリアがそうだった。隣のオストライヒも老大国と言われるように、我が祖国と似たようなものだ」
「……今話題のアキツはどうでしょうか?」
女性の言葉に男性は、右手を軽く顎に当てて少しばかり考える。
「新たな国家体制になってから、まだ半世紀ほどしか経っていない。貴族や支配階層のかなりは以前と変わらないというが、この体たらくよりはマシだろうね。でなければ、目の前の方々が今ごろ無責任な凱歌をあげているんじゃないかな」
「……アキツの調査と接触を強化しますか?」
「頼めるかい? あの者への接触は他に任せ、アキツに魔石を買い付ける一団に加えよう」
「畏まりました」
「うん。我が国の外交官や駐在武官がもっと仕事をしてくれれば、君達にも苦労をかけずに済むというのに。面倒をかけるね」
「勿体ないお言葉。主人様の手助けが少しでもを出来るよう、微力を尽くさせて頂きます」
「謙遜しなくて構わない。僕は君達『七つの月』を深く信頼しているよ」
そこまで言ったところで、男に近寄ってくる豪勢な服の一団がいた。
そして彼らが男に近寄るまでに、話し相手だった女は姿を消していた。そして居た事、姿を消した事に、近づいて来た者達は勿論、この場にいる誰も気づいていなかった。
特定の呪具を有していれば、女が何らかの魔法を用いていた事が分かっただろう。だが、近づいてくる者達には、そうした者はいなかった。
「レトヴィザン名誉伯爵、宴は楽しんでおられるかな?」
「これは、ペレスヴェート侯爵閣下。面白く過ごさせて頂いております」
「それは何より。耳長でも人の宴の良さが分かるとは、名誉伯爵も勉強しておるようだな」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
「うむ。殊勝な心がけは忘れぬようにな。真なる教えにおいて、人こそが神に最も近いのだからな」
「はい。日々肝に命じております」
「うむ。耳長の名誉伯爵とはいえ、それでこそタルタリアの貴族というもの」
その後も意味のない、それでいて男に対する実質的な罵詈雑言が続くが、それは男の容姿が強く影響していた。
何しろ男の耳は、普通の人ではあり得ないほど上に長く伸びている。つまり亜人の天狗だ。
そして「耳長」とは、この国もしくは西方での天狗の蔑称だった。
タルタリア帝国では、人もしくは只人が真なる民、正しき民とされる。征服した本国以外の地域に住む半獣には、民としてのまともな扱いがされていなかった。統計上でも国民には数えられず、酷い場合は獣以上人以下の扱いになる。
それは他の亜人種に対しても同様だったが、天狗だけは例外だった。
それはタルタリア帝国の皇族や一部貴族が、かつて積極的に天狗と交わった影響だ。また北西にある隣国の北方妖精連合は亜人の国で、今までの戦争などで一部を奪った事も影響していた。
だがその数は、総人口が1億5000万人もいる帝国で20万人に届かないといわれている。1000人に1人など、いないも同然だった。
数が少ないのは、人と天狗が交わっても殆ど人しか生まれない為だ。だが、稀に天狗が生まれる。しかも混血なのに両方の特徴を持った子供は生まれず、必ずどちらかが生まれる。
また隔世遺伝で、人同士の間にも稀に天狗が生まれることもある。
だからタルタリアにおいて、天狗の人口が増えにくいという側面があった。
この男の場合、両親は人なので隔世遺伝だった。少なくとも、表面上の経歴はそうなっている。
ただ、天狗は長命な種族なので、タルタリアでは貴族の生まれでも家督を継ぐことは許されていない。その代わり、一代限りの名誉称号としての位が与えられる。
また、タルタリア以外の西方世界でも、天狗など一部の亜人種は人としての権利を認められていた。故に外交の点からも、全くの無下にはできなかった。
西方諸国では、主にアルビオン精霊連合王国、オストライヒ帝国は人と共に亜人も住む国。小国のヘルウェティア誓約国、北方妖精連合が、亜人だけが住む国だった。
それ以外では、いたとしてもタルタリアのようにごく一部に限られている。
かつては西方地域に広く住んでいたと言われるが、数に勝る只人が追い立てていった。もしくは滅ぼした。
一方で、西方以外の世界各地にも亜人種は住んでいた。
東に広大な領土を有するタルタリアは、数百年間の征服活動により半獣の住む地域を多く侵略と征服で領有するに至った。西方諸国の中では、アルビオンに次ぐ規模の亜人を抱えている国だった。
ただしアルビオンがすべての種族を少なくとも表面上は公平に扱うのに対して、タルタリアは獣の特徴を有する半獣をほぼ奴隷扱いしていた。
そして天狗も、主に感情面で肩身の狭い思いを強いられている。
人の多く住む世界もしくは国においては、人こそが神もしくは神々とその眷属に最も近い存在とされていたからだ。亜人や魔人は紛い物、もしくは魔の存在に侵された忌むべき存在でしかない。
そしてこれは、亜人、魔人が魔力を有し強い力を持つ事への嫉妬と羨望、そして恐怖への裏返しでもあった。
人こそが偉大で神に近いとでも思わないと、劣等感で押しつぶされてしまうからだと亜人達は言った。
しかしその負の感情が強いバネとなり、人は魔力を持つ者達に対抗し、さらには上回る力、近代科学文明を生み出した。
タルタリアの貴族達がアキツを蛮族呼ばわりするのも、今までの稚拙と言える感情だけでなく、近代科学文明が作り出した近代兵器があればこそだった。
だが、終わる事のない宴の中で、歪みに気づいている者はごく限られているようだった。




