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「もちろんでございます。日頃より賜っているご厚意には、感謝の言葉もございません。お陰様で孤児院の食糧は行き渡り、ホットドックの売り上げで衣服や屋根の修繕まで手が回るようになりました。アウレリア様、そしてフローリストガーデンの皆さまに、何かお力添えできることがございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください」


 ホットドックの売り上げで、多少、現金が入ってくる状態になったにもかかわらず、院長室は昔と変わらない。余分な物のない質素な佇まいだった。その簡素さこそが、ここにいる大人が誰のために生きているのかを雄弁に物語っている。

 くたびれたソファに腰を下ろし、王家主催の料理コンテストへの参加にあたり、ホットドック屋の名を借りたいと切り出すと、院長は一も二もなく頷いた。


 帰り道、実際に店を支えている子どもたちにも話を通すため、ホットドック屋へ立ち寄った。

「うわぁ、ケーキだ!」

 孤児院用とは別に、店にもホテルのホールケーキを一つ持参すると、店内が一気に華やぐ。幼い子は跳ねるように喜び、年長の子は目を輝かせた。

 土産という名の賄賂だ。ふふふふ。


 料理コンテストにこの店の名で出たいと伝えると、年長の一人が勢いよく答える。

「ぜひ使ってください!」

「ありがとう」

「アウレリア様、絶対に優勝してくださいね」

「ええ、全力を尽くします」

「アウレリア様なら、間違いないよ」

「いつも美味しいもの、作ってくれるもんね」


 厨房からも応援の声が上がる。その言葉に胸の奥が温かくなる。

 奉仕で用意する食事を、心から喜んで平らげてくれる子どもたち。その食欲も含めて、作り手としては何よりの報酬だった。


 名義の件が無事に片付いたことは、すぐにユーリを通してセシリオへ伝えた。

 あとは、アドリエンヌからの返答を待つだけである。




「――まだ、連絡はないの?」

 何気ない問いかけを装いながら、フェリーペがアドリエンヌ様の動向を確認してくる。

 そう、まだなのだ。

 卒園してからというもの、彼女からの便りは必要最低限に限られていた。

 近頃は、セシリオの元に出入りするデザイナーを介し、こちらから手紙を託すことができる。ほどなく返ってくるのは、気遣いに満ちた、短い文面だけだ。それも、立場を思えば、滅多に使えない手段だ。


 料理大会に際し、ホットドック屋を指名してもらえれば参加できる状況にあることは、すでに伝えてある。

 それでも、返事はない。

 う~ん、何のリアクションも無いと無駄に不安が募る。


 誰も指名しないつもりなのだろうか。

 他にもっと適任な料理人がいるとか?

 それとも、実はユーリと私が一緒になったことを許していないとか……?

 もし、そうなら、私たちには申し訳ない気持ちしかない。アドリエンヌ様のお立場を十分に慮れていなかったのではないかと思い至る。

 そんな考えが胸をかすめ、指先へと視線が落ちた。心の奥が静かにざわめく。


 だからこそ、フェリーペの問いに、言葉を返せずにいた。


 こんなやり取りも、ここ最近、元あややクラブの男子たちが、頻繁にこの家へ集まってくる時に見られるようになった。


「まあ、いずれ何かしらの動きはあるだろう」


 セシリオ様は、揺るがぬ様子でそう言った。

 王族や貴族の事情に通じている彼が、これほど落ち着いている。その事実だけで、胸の内に張りついていた緊張が、わずかにほどける。


 平民であるこちらは、どうしても先を急いでしまう。

 それでも、彼の静かな態度は、拠り所になるだけの重みを持っていた。


 焦りは消えない。

 けれど、不思議と、不安だけが膨らむこともなかった。


 鉄道模型とジオラマは着実に形を成し、模型談義はもはや建前に近い。

 今やただの飲み会と言ってよい状況だ。

 まぁ、それも楽しいんだけどね。


 でも、一部屋丸ごとをユーリのジオラマ専用にした部屋に入ると、空気が変わる。

「ここに橋を架けたら、川があることが生きるんじゃないか?」

「民家を増やした方が、生活感が出るんじゃないか」

「いや、そこは荒野だろ。建物がある方が不自然だ」

「なら、木を足すか」

「山をもう一つ増やしてもいいかもな」


 皆、それぞれ自宅に専用のジオラマを持っている。ユーリの模型を囲んで意見を交わしながら、その実、思考は自分の世界へと滑り込んでいるのが丸わかりだ。

 それでも構わない。誰もが楽しそうで、その熱が部屋を満たしていた。


 人が集まる家というのは、それだけで心が温むものだ。

 だが、完成が近づけば、この集まりも自然と間隔が空くだろう。以前のように、週に一度の顔合わせに戻るはずだ。


 そんな穏やかな日々の終わりを告げるように、ある日、城から通達が届いた。

 もちろん、ホットドック屋にだ。

 孤児院の子供が呼びに来てくれ、急き立てるように店へ。

 はたしてそこには、城のお仕着せを纏った使者が踏ん反り返っていた。


「この度、王家主催にて、商家および貴族家を対象とした料理大会を開催する運びとなった。ホットドック屋のアウレリア氏には、側妃アドリエンヌ様のご指名により参加を要請する。謹んで応ずるように」


 形式通り、腰を折り、頭を垂れたまま、その言葉を受け取る。

 それは命令であり、同時に逃れ得ぬ転機でもあった。


 転機、そう、もしかしたら料理コンテストを理由にアドリエンヌ様に会えるかもしれない。言葉を交わせるかもしれない。そんな転機。

 妊婦さんとなった友を案じる気持ちが、早く顔を見たいという想いへと変わっていく。

 無事でいると分かっていても、それだけでは足りない。

 声を聞き、確かめて、ようやく心が落ち着くのだ。

 早く会いたいよ。

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