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「お嬢様!」

 ユーリと私が夕食後父さんたちの家からレストランの厨房横に降りた時に、女性の声が私たちの足を止めた。

「ナスカ!元気だった?」

「はい。お嬢様、最近全然レストランの方にお顔を出されないですが、偶にはウチでも食事して行って下さいよぉ」

 

 私が学園に通っていた頃はまだ調理見習いでマルタ伯母さんからお菓子の作り方を中心に色々教えてもらっていたけれど、最近ではパティシエにまで上り詰めている。そして、同じ孤児院出身でレストランの庭師をやっているドムと結婚していて、既に子供が2人もいる。


 ウチは従業員専用の保育園をホテル内に作っているので、レストラン従業員の子供たちもまとめてそちらで面倒を見ている。

 だから子供が幼いケースでも母親も父親もウチで働き続けてくれる従業員が多い。

 

 ホテル利用客の子供も有料だけれど、従業員の子たちの保育園で面倒を見る事もあるのだが、事故があった場合に責任を問わないと言う誓約書にサインをした利用客の子供しか見ない。

 幸いな事に今まで大きな事故は起こった事が無い。

 王都店だけでなく、高級ホテルには全店舗保育園がある。

 最初は従業員の子供だけを預かっていたのだけれど、従業員が休憩の時、我が子の様子を見られる様、ホテル敷地内の従業員寮近くに保育園を建てたため、子供たちの楽しそうな声が聞こえた宿泊客が本来の散歩道を外れて保育園を見つけてしまったのだ。客から自分たちの子供の面倒も見て欲しいと言われて、誓約書にサインした宿泊客の子供だけを預かった所大評判となった。

 まぁ、貴族は子供と一緒に旅をする事が極端に少ないので一度に預かる人数が日によってはゼロだったり、あったとしても数名だから受け入れられるんだけどね。

 保育園は宿泊に関係なくホテルから切り離して保育園として運営して欲しいと裕福な平民等からも要望がしょっちゅう上がるが、それは無理だと、宿泊した時のみ条件をクリアすれば子供を預かりますと言い張り、今のなんとか宿泊客の子供までと言うルールを守り抜いている。

 従業員からは学校もホテル敷地内に作って欲しい等の要望もあったが、それは教会がやっているので、一私企業がする必要は無いと私は思っているので、ウチで用意するのは保育園までだ。


 ビジネスホテルの方は従業員の子供しか受け入れないけれど、小規模な保育園があるにはある。

 子供の数も少ないから保育士の数もビジネスホテルの方は1人か2人という少数で回している所が、高級ホテルの保育園との違いかもしれない。

 ビジネスホテルの受付には、『保育園は従業員の家族専用です。例外はありません』との張り紙をしているので、どんなに高級貴族の方がねじ込んで来ようと、一切子供を預かる事は無い。


 まぁ、どっちにしろウチには保育園があるのでナスカも安心して仕事を続けてくれているのはありがたい。

 技術と経験を有する人材がウチから離れず働き続けてくれるのは、経営者目線からも、現場目線からも値千金なのだ。


 私は幼い頃ポンタ村へ預けられた。父さんや母さんと一緒に居たかったけれど、モンテベルデ家の事情を考えると『熊のまどろみ亭』で暮らすしかなかった。

 伯父さんやランディたちも良くしてくれて、普段は寂しいと感じる事も少なかったけれど、今思うとやっぱり心の底では両親を渇望していたんだなぁ。

 私は運よく大公様に拾われたので、料理魔法を手段としてまた両親と一緒に住む事が出来た。

 あの時の寂しさを従業員の子供たちに味わって欲しくないと言う気持ちから福利厚生としての保育園を設置したんだよね。


「そうね、ナスカ。もっと頻繁にこちらに来る様に努力してみるわね。でも、ここの評判が良いのはちゃんと確認済みだから、みんなに任せていても大丈夫と言う信頼があるのよね。だから、どうしても他のお店の視察を優先しちゃうんだよね。それに今夜のパフェもナスカが作ってくれたんでしょう?美味しかったわ」

「まぁ、そう言って頂けたら嬉しいですが、みんなもお嬢様に自分たちの作った料理を召し上がって頂きたいんですよぉ」

「ありがとう。では、予約を入れて帰ろうかしら」

「ええ、是非そうして下さい」

 私たちの会話を店で出すスープを皿に装いながら聞いていたマルタ伯母さんもニコニコしてこっちを見て頷いた。


 ナスカに促されてユーリと二人で予約を入れて、そのまま馬車に乗って帰宅した。


「お前は従業員からも好かれているんだなぁ」

「う~ん。好いてくれている従業員()いるってところかなぁ。一番最初に作った店で、何もかもを手探りで立ち上げていた時に一緒に頑張ってくれたメンバーだからね。お互い思い入れもあるよ~。しかも伯父さんたち一家も働いてくれているしね」

「なるほどな」


 ウチまで馬車で帰り、バーコーナーへ二人でいそいそと移動した。ユーリがカクテルを作ってくれる横で、私は色々なチーズとハムを少量ずつカットし、木製のお洒落まな板の上に並べる。

 その間にユーリがパティオへ続く大きな窓ガラスを開け、足湯のピットにお湯を入れ始めた。

 無言で二人とも靴や靴下を脱ぎ、お湯で濡れない様にトラウザやスカートの裾をたくし上げて、足を湯に浸けたまま座った。中庭の草木がちょっとした隠れ家風にしてくるこの足湯、私たち夫婦だけではなくあややクラブの元メンバーにも受けが良いのだ。


「はい」

 ユーリが私のカクテルを渡してくれて、最近私たち二人の楽しみになっている足湯をしながらお酒を楽しむ習慣を今夜も始めた。

 足湯をすると寝付きも良いんだよね。


「お前がエイファとローマの事を心配しているのは分かる。もちろんお義父さんたちが心配するのも。でも、こういうのは早い内に膿を出した方が傷が浅いと思うぞ」

「うん・・・・」折角の足湯タイムだけれど、話題はローマちゃんだ。

「ローマがエイファを利用する為に友達になったとは思わないが、でも彼女の性格や考え方の中に利用できるものは利用するっていう考えがあるのも事実。誰しも欠点はあるが、付き合い続けるかどうかは自分にとってその欠点を凌駕するぐらいの魅力や長所をその人物に見出せるかどうかなんだよな」

「・・・・。私がこれ程大規模に事業を展開していなければ、エイファは普通のお友達だけに囲まれて、こんな嫌な思いをしなくて良かったのかなぁって・・・・」


 ユーリは私の頭を片手でクシャっとして、「バカだなぁ。お前がこれ程の事業を運営していなければ、エイファも学園で学べたかどうか分からないし、こうやって学園を卒園しても、就職先を探して走り回ってアップアップだったかもしれないんだぞ。負の側面だけでなく、ちゃんと良い面も見ないと偏った考え方になるぞ」と慰めてくれる。

「うん」

「それに今回は友達だったが、これから先はエイファの結婚相手など、似たような事が起こる可能性だってあるんだ。若い内に一度こういう事を体験しておくと、間違った相手と結婚せずに済む可能性が高くなるだろう?悪い事ばかりじゃないぞ。それに、こういう事は貴族だったら日常茶飯事だ。つまり貴族の子供たちはこういう事を経験しながら大人になる。エイファ程の子なら、これくらいの試練は乗り越えてくれるさぁ」


 前世と前々世の日本人としての記憶が、何かあったらまず自分に原因があるのではないかと普段の自分を振り返ると言う作業を無意識にしてしまい、ついつい自分に責任がある様に考えてしまう。

 だからユーリの考え方は、私にはちょっと刺激となった。

 実は前世のスペイン人の友達の考え方に触れた時、同じ様に刺激を受けた事がある。

 彼はスペインから日本に来てとても日本が好きになり、日本で仕事を探していたんだけれど、全然職にあり付けなかった。

 何度目かの面接失敗に彼が打ちひしがれていた時励ましの声を掛けると、「大丈夫!損をしたのは僕じゃない。僕を雇わなかったあっちの方さ」って言って来た。

 その場にいた他の国の友人たちは皆自然に「うんうん」と首を縦に振って同意していたが、私を含む日本人は皆きょとんとしてしまった。

 飛びぬけた才能を持っている訳でもない彼の一言に、何と言う自信過剰とちょっと引いていたのだ。

 でも、そのスペイン人の友人は日本人たちの反応の意味が分かったのだろう、「違うよ。物事って言うのはこういう風にポシティブに考えて、次のステージへ立ち向かうべきなんだ。僕に特別の才能があるかないかは問題じゃないだ。自分の気持ちをちゃんと自分で立ち直らせる事が出来る能力を持つ事にこそ意味があるんだよ。それにこの世で僕の事を一番良く知っているのは僕さ。その僕が僕を肯定しなくて、誰が僕を肯定してくれるんだい?日本人の謙虚さは美徳さ。でもね、時には自分を肯定する事が必要な時があるんだよ」と言われて、目から鱗だった事があったのだ。

 今夜のユーリの一言が同じ様に私にとってはハッとさせられた。


 ユーリが一歩離れた視点から今回の事を分析してくれると、エイファの感じるであろう痛みも、彼女の成長に必要なんだと自然と思えてくる。

 思えてはくるのだけれど、やっぱり妹が苦しむと思うとハラハラとしてしまう。こればっかりは・・・・。

 エイファが傷つく事が避けられないのならば、今回の事でエイファが学べる事が多い事を心から祈らずにはいられない。


 カクテルも空になり、足も温まったので、ユーリと手を繋いで家の中へ入る。その頃には、私の気持ちは帰宅時よりも少しだけ軽くなっていた。

 いつも私の心を支えてくれるユーリに感謝。

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