第四幕
色々と設定から変わりましたが、この流れで行きます。
12/24 マリアの一人称を変えました
『12月24日、当初の予定を大幅に超過してマントヴァにようやく帰着した。
今回は旅途中であっても、頻繁にマリアお嬢様へ便りを送っておいたので、きっと大丈夫であろうと考えていたが、世の中にはどうにもならない事があると、私達二人は思い知ったのです。
流行り病は相変わらず北イタリアで猛威を振るっており、遂に我らがモンタギュー商会でも幾人かが立て続けに倒れました。
そして悲しい事に手当の甲斐なく奥様が亡くなられたのが先月末の話です。
その知らせを受けたのは、マントヴァから遥か東のアドリア海に面する水の都ヴェネツィア滞在中の時でした。
直前のマリアお嬢様との便りのやり取りで、奥様が流行り病に倒れられた事は伝わっていましたが、それから一週間後に届いた突然の訃報に旦那様と私は驚いた。
その直後、旦那様は胸を押さえながらその場に崩れ落ち気を失ってしまった。
直ぐに医者に診せた結果、心労が重なり心臓で血が止まりかけたのではという話である。一先ず家中の人間を付き添いとし、先に馬車で旦那様をマントヴァに送る事にした。
その後、私が責任をもってヴェネツィアでの商談を全て終え、マントヴァに帰着できたのが本日の昼頃だった。
既に奥様の葬儀は終えておりましたが、旦那様の容態は意識を取り戻したものの相変わらず芳しくないご様子。
商会の主だった責任者で集い、今後の方針について話し合ったが深夜になってもまとまらず、明日改めて話し合う事になった。
それからいつものようにマリアお嬢様の部屋に行こう体が勝手に動いたが、流石に夜遅いので今日ばかりは止めておいた。
だがしかし自分の屋根裏部屋に戻ると、私のベットの上で横になっている愛しい人の姿があったである。
彼女は私に気づくと、”日記”と一言だけ告げて寝入ってしまった。』
そこで私は羽根ペンを置いた。
いつものように私の左隣にマリアお嬢様は居ない。
自分の背中越しに彼女の寝息を聞きながら、寂寥感と充実感を同時に感じつつも、私は心の安らぎと将来に対する不安に頭を悩ませた。
……しばし物思いにふける。
二日後には十八歳になる私も、今ではモンタギュー商会の仕切りを一部任せられている。
この八年間、マリアお嬢様のお陰で私は多くの事を学び、成長する事ができたと思う。
商売は実地で学ぶ事も多いが、書物を通じて様々な知識を得る事で、それを基に色々ないざこざを解決する事もできる。
そして共通の知見を持つ人と出会った時は話が弾み、それが商談に繋がる時もあった。
思えば私は彼女から沢山の物を得た。
それは物質的な形に残るものではないが、確実の私の心を形作り、今の私と言う思考と人間性を構築してくれたのだ。
そんな彼女に私が出来る事は何があるのだろうか……?
背後から聞こえていた寝息が止まった事に私が気づき、確認のために振り返ると同時にいきなり私の胸元にぶつかってくるものがあった。
もちろん、私の愛する人マリアだ。
「マルコ……、マルコ……。とても会いたかったわ……」
私の胸元に顔を埋めながら、震える彼女がいた。
私はそっと優しく、彼女の頭と背中を暫くの間撫で続ける。
「マリア、遅くなってごめん。ちゃんと君の元に戻ったよ」
するとマリアは顔を埋めたまま、私の背中に手を回そうとする。
「フフッ……、マルコの背中は昔と比べて随分と大きく逞しくなったようね……」
気持ちが少し落ち着いたのか、ようやく震えも収まったようだ。
「そうですね。これでも商人の端くれですから、お陰様で重荷を運ぶ事には身体が慣れました」
「じゃあ、その重荷に私が加わっても大丈夫かしら?」
「もちろん、私はいつだってマリアの為に働きます」
「働くだけ?わたくしのそばには居てくれないの?」
「可能な限りは傍に居ます。不測の事態があれば、いつでもマリアの元に駆け付けますから」
「お母様が亡くなられた事も悲しかったし、お父様の憔悴した姿を見るのも辛かったわ。
でもそれ以上に、ずっとマルコに会えなかった事が苦しかったのよ。
少し前までは結婚適齢期を過ぎたけど、燃えるような恋がしたいと考えていたわ。
でも違ったの。
平凡で良いから、愛する人と一緒に暮らしたいって……」
そう言ってマリアは私を見つめた。
「ねぇ、マルコ。幼馴染のジルダを憶えている?日曜の礼拝の時にしか外出を許されない箱入り娘のジルダよ。
同い年で行かず後家と呼ばれる事もあったわたくし達だけど、彼女はね少し前に恋をしたの。
教会で出会った神学生の殿方と。
でも色々あって、彼女は愛する人の身代わりとなって殺されたわ」
あぁ、思い出した。時折り日曜の礼拝に付き添った時に出会った人だ。
黒髪の大人しい雰囲気の女性であったが、賛美歌を歌う声は軽やかで高く、とても美しかったのを今でも憶えている。
「以前のわたくしであれば、その燃えるような命懸けの恋に憧れたでしょうね……。
あの子は本当にそれで良かったのかしら?……本当に納得して、身代わりになったのかしら……分からないわ」
「それは誰にも分りません。何故ならばそれはジルダ自身の人生だからです。
私達に出来ることは、彼女の魂が安らかに眠る事だけです」
「……そうね。彼女の選んだ道を否定しては駄目だわ」
「はい、おそらく彼女は自らの意思で、愛する人に自身の命さえも差し出したのでしょう」
「自らの命を犠牲にする事は愛なの?」
「分かりません。ただ……愛していなければ、自分の命を差し出す事はできません。私もです」
「マルコも?誰のために?……そんな事をしては駄目よ!!」
「私はいつだって、マリアのためなら命を差し出す覚悟はできています。
ただ少しだけでも君と一緒に居たいと思う気持ちもあります」
しばしの間、沈黙が二人の間を支配する。
「マルコのその暗い茶色の瞳は、今でも変わらないわね。わたくしは大好きよ」
そう言いながら、マリアは私の頬を優しく撫でてくれた。
「私は昔から、マリアの事が好きだった……と思います」
「それはどう言う意味?」
「つまり……初めて出会ってからずっと憧れていました。君を好きだと気付いたのは……」
「いつからなの?」
「三年くらい前です。確かマリアのために歌って、その日から二人だけの時は名前を呼び捨てにするように命じられました」
「そう、あの時なのね。何だかあの頃がとても懐かしいわ……」
昔を思い出したのか、あの頃と変わらない微笑みがマリアの顔に戻ってきた。
「明日はクリスマスね、マルコの誕生日でしょ?二人だけでお祝いをしましょうか」
とても嬉しい申し出だが、明日も商会の話し合いが夜遅くまで長引く懸念がある事に思い至り、一瞬固まってしまった。
だが私の答えは決まっている。
「もちろん、私のマリア。仕事は夜までに片付けておきます」
お土産の花とヴェネツィアで手に入れたガラス製の髪飾りは、明日渡すとしよう。
最終話は12/25に投稿します。




