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第二幕

12/24 マリアの一人称を変えました。

『12月22日、今日は三日ぶりにマントヴァに戻ってきた。

何故ならば、私は近隣の古都ヴェローナに商取引のため三日間の旅をしていたのだ。


 モンタギュー家に引き取られて早二年、今回はロメオ様の指示で初めて荷馬車を操った。馬車を操る事自体はそう難しくはなかったが、往復のそれぞれ半日を業者台に乗っただけのに、私はとても尻が痛かった。


この旅を振り返ると、始めて訪れた大きな都市には沢山の驚きがあった。

ヴェローナでは至る所で、薄いピンク色の大理石をふんだんに使った建築物を見かけた。堅牢な石造りの城塞都市のマントヴァとは違い、そこには確かな華やかさがある。

 

 そして市街の中心部には、巨大なアレーナが存在した。

これは古代ローマ時代からの遺物で、その外周は私の足で3万歩(約1.5キロ)ほどあった。かつては剣闘士の戦いや競技、踊りや大道芸などの見世物が催されていたらしい。


また時には、異教徒を火あぶりで処刑する事もあったとか。

何万人もの観客を収容できる広大な設備なので、今は商いの取引場として非常に盛んである。


ただ不思議なのは、そこには奴隷でも商人でもない女性が沢山いたことだ。

私と遊ばない?かと何人からも声を掛けられたが、仕事が忙しいので全て断った。

 

 何もかもが新鮮で、とても興味深い物ばかりだった。

これがマリアお嬢様の言う、ケンブンを広めるという事なのだろうか?


それからマントヴァに戻る時、ミンチョ川沿いで私は美しい白い花を見つけた。


私はそれをマリアお嬢様のためにお土産として持ち帰った。』


私は今日の分の日記を書き終えたので、羽根ペンを横に置いた。


するとそこへ左隣に座るお嬢様から質問の声があがった。


「マルコ、この昨日と一昨日の日記に出てくるジュリエッタと言う女性は誰なの?」


「ヴェローナ滞在中にお世話になった商家のお嬢様です。

 アリーナのすぐ北に大きな屋敷を構えるヴェローナ有数の豪商、確かキャピュレット家の一人娘のジュリエッタ様と聞きました」


「それでどのような人?年は?背格好は?身なりは?」と、いつになく矢継ぎ早に鋭い指摘が入る。


「年は私と近い十二、三歳くらいでしょうか。幼く小柄でした。派手ではありませんがしっかりとした仕立ての美しい絹の衣服を着ておりました」


 私は目を閉じて、瞼裏に記憶のイメージを呼び起こす。


「わたくしのように、美しい?それとも、可愛い?」

 目を見開くと、何かお嬢様のご様子が少し変だ。若干ながらイラつきを感じる。


「いいえ、マリアお嬢様の方が美しく、華やかで知的です。例えるならジュリエッタ様は月で、マリアお嬢様は太陽です」


「その表現は嬉しいわ、ありがとう。

 でもその話だとロメオお兄様好みの女性に感じるわ。二人に何か変わった事はなかった?」


「そう言われると……、確かにお二人は親しげに話されていました。

 あと夕暮れ時に市外を流れるアーディジ川の畔を手を繋ぎながら歩いているのも遠目で見かけました」


「そうなんだ、そうか~、ロメオお兄様は遂に失恋から立ち直ったのかもしれないわね。

 うんうん、私も色々安心できたわ。良かった良かった」


何故か分からないけれど、一人で納得されたお嬢様のご機嫌は大層よろしいようだ。



「ところでマルコ。ケンブンと言えば、面白い書物を手に入れたわ。

 ラテン語の写本だけど、マルコ・ポーロというヴェネツィア商人が記した【東方見聞録】という旅行記なのよ。

 奇しくも貴方と同じマルコという素敵な名前ね。嬉しい?


 まだ読み終えていないけれども、これはヴェネツィアの東方にある東ローマ帝国やペルシャのさらに先にあるアジアを旅した記録よ。

 要所要所に様々な土地の伝承や物語が挿入されているから、読み進めるのがとても楽しいわ」


お嬢様は本当に嬉しそうに話す。ご機嫌な時は特に饒舌だ。


「どんな物語がありましたか?」


「そうね……。わたくしが気に入ったのは、アジアのとある国のトゥーランドット(*1)姫の話かしら。

 かいつまんで説明すると、この世の全ての男に復讐を誓う冷酷な姫君と彼女に惚れた身分を偽る異国の王子様の物語よ。

 美しいトゥーランドット姫に求婚する男は、彼女が出す三つの謎を解けなければ皆斬首されたらしいわ。

 でもこの王子は三つの謎を全て解き、逆に一つの謎を姫に出したのよ。

 ”明日の夜明けまでに私の名を知れば、私は潔く死のう”……と」


「何だか凄いですね。命がけの恋なのでしょうか?」


「いいえ、違うわ。それは……”愛”……よ。

 マルコも早くラテン語を憶えて、この物語を読めばきっと分かるわ」


「分かりました。明日からでも是非教えてください。

 マリアお嬢様、お願いします」と、私はお嬢様に向かって頭を深々と下げた。


「もちろんよ。ラテン語以外にもギリシャ語やフランス語、ドイツ語もいずれは覚えなさいな。

 これは決して、わたくしの趣味に付き合わせているではなく、必ず商売にも役立つ大切な事なのよね」


 若干お嬢様の本音が漏れている気はするが、私にとっても楽しい時間がこれからも約束されていると考えれば喜ばしい事だ。



「それにしても……、わたくしもトゥーランドット姫のような素敵な恋がしてみたいわ。

 でも最近は毎週のようにお父様が見合いを勧めてくるのよ。マルコ、どうしたらいいと思う?」



「…………………………………………………………………………………………」

 

いきなり何を言い出すのだろうか、このお嬢様は。


「何よ……。

 黙ってないで何か言いなさい、マルコ」


 しばしの沈黙の後に、意を決して私は応えた

「私には自分で道を選ぶことができません。精々食事の際に食べる順番を選ぶ事と日記を書く事くらいです。

 でもマリアお嬢様は、どの服を着るか、何を食べるか、どの本を読むか、どの道を辿って散歩するか、全てにおいて選ぶ事ができます。


 先ほどお話下さったもう一人のマルコも自ら選択し、遥か東の果てまで旅をしたのでしょう。

 だからマリアお嬢様の人生も、行くべき場所も自身で選ぶ事ができるはずです。


 選択する自由は貴女に全てあります。それが一番貴女らしいです」


 これが私の精一杯だった。

 対してお嬢様は目を閉じて何か思案しているご様子。


「……そうね。マルコの言う通り、わたくしには選択する自由があるわ。

 そして自分らしく生きるのが私の望みよ。ありがとう、マルコ。今までで一番の出来の言葉ね。

 

 そういえばマルコが家に来てからもうすぐ二年かしら。

 最初はまともに会話もできなかったけど、今では皆が驚くほど巧みで素晴らしいわ。

 この分なら商売の仕切りを一任されるのも、きっとそう遠くはないでしょうね」


「そうあるように、これからも毎日勉強に励みます」


「うん、その意気よ。

 それにお土産の花はとても気に入ったわ。

 次から街を出る時は、必ず……わたくしに花をプレゼントなさい」


 お嬢様は両手に持った白い花を見つめながら、力強く圧すように言った。


「はい、マリアお嬢様のために」

 

 明日からも頑張ろう。お嬢様のために、そして自分のためにも。


*1 トゥーランドット:イタリアを代表するオペラ作家プッチーニの最後オペラ作品、アリア「誰も寝てはならぬ」は有名。

  もちろん東方見聞録にトゥーランドットのようなエピソードは存在しません。

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