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第一幕

中世の北イタリア、マントヴァ随一の豪商の家に丁稚奉公のため引き取られた貧しい小作人の子マルコ。

何故か商家の気難しく強引な末娘マリアに気に入られ、読み書きや礼儀作法など教養を彼女から直々に叩きこまれる。

そして十歳の少年の行く末は如何に?

5話で完結予定の短編物となります。基本的に物語上の登場人物は二人だけです。


【 秋月忍様主催:冬のシンデレラ企画 】参加作品です。


『私はロンコーレ村出身です。』


「形容詞も入れなさい」

 鋭い声が私の左から飛んできた。



『私は小さいロンコーレ村出身です。』


「うん、次は過去形で」



『私の家は貧しい小作人でした。』


「いいわ、続けて」



『十歳の時、私はマントヴァの商家に入った。』


「……少し変ね、その場合は動詞は”働いている”が自然よ」



『十歳の時、私はマントヴァの商家で働いた。

 それから約一年経ちました。』


「うん、良いわね」



『毎日、私は夜明け前に起きている。

 起きると先ずはじめに井戸で水汲みを行い、次に朝食を作る手伝いをした。』


『朝食の用意ができた後、私は水差しを持ってお嬢様の……』


「私の名前も入れて」



『朝食ができた後、私は水差しを持ってマリアお嬢様の部屋を訪れた、彼女を起こすために。』


「そうよ、続けて」

 一瞬、チラリと左を伺うとお嬢様の凛とした美しい横顔があった。



『マリアお嬢様を起こした後、私は食堂で給仕をした、ご主人様家族の朝食のために。

 その後で私は急いで朝食をとった。


 それから夕方まで店で品物の出し入れと呼び込みをして働いた。


 そして毎夜、マリアお嬢様から読み書きと計算、礼儀作法を学んでいる。』


「上出来よ、でも……少しはマルコの感情や気持ちを入れた方が良いわね」


『私は毎日が大変です。

 しかし代わりに清潔な衣服と朝夕の食事と暖かい寝床が約束されている。

 だから私は今に感謝しています。』


「……そうね、私に対してちゃんと感謝してくれているのならば、なお嬉しいわ」


 そう言われたので、私は急いで羽根ペンを走らせた。


『ありがとう、マリアお嬢様』



 その一文を読むと、お嬢様は満足げにうなずき。



「うん、いいわ。

 今日はここまでにしましょう。

 これくらい文章を書けるようなら、そろそろマルコも書物を読めるかしら?」


「いいえ、私にはできません。

 こうして正しく話す事も、やっとですから」


「そうかしら?イタリア語にしろ、ラテン語にしろ、毎日必ず日記を書けば徐々に読み書きが出来るようになるわ。

 問題は会話ね。こればかりは唯ひたすら喋るしかないわ。

 だから正しく、美しく話しなさい。それも毎日よ」


「でも話す機会が少しだけしかありません。それに不要な会話をしていては旦那様に叱られます」


「そうね。お父様はそう言う人だから、夜に私と話をしなさい。私が自ら毎日マルコに沢山の事を教えているでしょう?」


「はい、お嬢様には感謝して……」


「名前!」と差し込むように言葉を重ねてきた。



 私は深呼吸を一つした後に、

「はい、マリアお嬢様には沢山感謝しています」と丁寧な口調で応えた。


「いいわ。沢山感謝しているのならば許してあげましょうか」

 そう言いながら何度も頷くお嬢様である。



「ウッ~~~ン……っっっ!!」

 椅子に座ったまま目を閉じて、胸をそらすように暫く両手を上に伸ばしていた。

そのスラりと長い手足に、薄暗い部屋の中でも輝くよく手入れされた美しい金色の長髪と雪のように白い肌。

私より五歳だけ年上とは言え、子供の私とは違って、お嬢様は紛れもない大人の女性だ。

ゴツゴツとしたひび割れた手をしていた私の母とは大違いである。

そんなお嬢様に見とれていると、私の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けてじっと見つめてきた。


「どうしたのマルコ?綺麗な花に見とれているの?」


「い、いえ。あ、はい……とてもお綺麗です」


「そう、素直に褒められるのは嬉しいわね。

 昨年、初めて我が家に来た時のマルコは、まるで薄汚れたハツカネズミのようだったかしら……。

 しかし今は見違えるように、清潔で可愛らしくなったと思うわ。


  そうね……、あと足りないものは教養かしら?……それと背丈。

 ねぇ、マルコ。私のロメオお兄様のように立派な大人の男性におなりなさい。

 だから明日からは食事を沢山とるのよ。これは私の命令、いいかしら?


 ……ただし、ロメオお兄様のように早合点するのはダメよ。あれでは一番大事な時に失敗してしまうわ」


 「はい」

 お嬢様には他にも二人の兄がいるが、一番年上のロメオ様が特に大好きらしい。

 確か十歳ほど年が離れていて、末っ子であり唯一の妹であるお嬢様をとても可愛がっている。

 昔はお嬢様もロメオ様に毎夜読み書きを教えてもらい、おとぎ話や聖書などを聞かせてもらったらしい。

 子供のお嬢様はどんな女の子だったんだろう?


「……で、そしたら今度、褒美に詩人ダンテの神曲を読み聴かせてあげるわ

 神曲はとても美しくて、正しい文で記されているのよ。

 きっとマルコにとっても、良い勉強になるわね。

 あと日記は必ず毎日書きなさい。それも大事な勉強のためだから……分かった?」


「はい、分かりました。楽しみにしています」

 物思いに耽っていたので、話を半分しか聞いていなかったが精いっぱいの笑顔で応えた。


すると満足されたのか、お嬢様は上機嫌で私を解放して下さった。

どうやら今夜の勉強会はこれで終了らしい。


大変ではあるけど、私にとっても貴重な楽しい時間でもある。

「おやすみなさい、マリアお嬢様」


「おやすみ、マルコ。また明日ね」


明日が待ち遠しい。

西暦1400年頃の北イタリアを舞台にしたお話です。


編集ミスか、冒頭部分がゴッソリ欠落していたので修正しました。12/22

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