083 浴衣のキミがまぶしい
花火大会が始まるのは日が沈んだ夜19時から。
それまでは神社や公園で騒いでお祭りを楽しむ。
去年までの俺であれば男友達とわいわい騒いでいたが、今日は違う。
片想い相手の女の子と2人で祭りを楽しむのだ。紳士にいかねばならない。
なので……なるべく、早く集合場所に着くように家を出たつもりだったが、片想いの相手の方が早かったことに焦りを感じる。
そしてその片想いの相手が4人ぐらいの男に声をかけられていた。
「ちょっとどいてくれるか?」
ちらっと男達を見たが、同じ学校の奴らでも無さそうだ。
それに俺を待っててくれた朝宮美月が俺の顔を見て、困った顔から一変して朗らかにさせたため、こいつらを邪険に扱っていいことが決定した。
「あん、なんだてめぇ」
「文句あるのか?」
「ひぃえ!?」
一子相伝の技、威圧を使えばこんな軟弱な男達は手を出すまでもない。
学校の奴らに使うのはさすがにまずいが、赤の他人であれば容赦などするものか。こーいうしつこい奴らが美月やアリアに対して迷惑をかけるんだ。
小動物が獰猛な肉食獣に挑まないのと同じだ。肉体的に打ちのめすとまずいが、精神的に打ちのめす分には問題ない。
傷をつけずに相手を卒倒させる技もあるが、美月の前ではあまりしたくない。
「この子は忙しい。他を当たってくれるか?」
「こいつやべえ、行こうぜ!」
男達は慌てて逃げ出していった。
少し威圧しすぎてしまったようだ。反省しないと……。
「太一くん、ありがと」
「いや、遅れてすま……」
美月の浴衣を見た瞬間、俺の心は完璧に打ち抜かれてしまったのだ。
桃を基調とした生地に花柄の模様が描かれた浴衣は朝宮美月という女の子の可愛らしさを最大限にまで引き上げていた。
髪はうなじが見えるように綺麗にまとめられており、髪自身が一種の装飾品のようだった。
何という美しさ。俺は生涯朝宮美月という女の子に勝つことはできないだろう。
圧倒的な強者だった。
「だ、大丈夫?」
「すまん、美月の浴衣姿がとても可愛くて、一瞬、昇天してしまったようだ」
「ふふ、可愛いって言ってくれて嬉しいな」
もはや、好意を隠す気はない。全力全開で美月を褒めちぎる。
美月もさすがに慣れてしまったのか真っ赤になることはないが嬉しさを表すように照れたそぶりを見せる。
真っ赤で慌てる美月も可愛かったがやはりこの段階になると直で伝えるべきだと思う。
「太一くんの浴衣もかっこいいね。やっぱり男の子は肩幅とかいいなぁ」
「また筋肉がついてしまったから新調したんだよ。以前のが入らなくなっちまった」
「も、もしよければ……肩から浴衣をずらしてくれないかな。この桜吹雪に見覚えがねぇとは……みたいな感じで!」
俺はその要望通り、片肌を見せた。この行為にいったい何の意味があるか分からないが……。
「ほほぉーーー!」
美月が喜んでくれるならいいか……。
「いい筋肉でした。感服です」
最近、美月も好意を隠す気がない。
夏の大会以来、ことあるごとに美月に甘えさせてもらっているからお互い様なのかもしれない。
ようやく互いに落ち着き合う。
俺と美月は祭り会場へ向かってゆっくりと歩き始める。
どこかのタイミングで手を繋ぎたい。もちろんはぐれてしまうことを避けるためだ。
邪な気持ちは……そこそこある。
その前に何か話題を出そう。
「吹奏楽部の方はどうだ? 副部長になったんだろ?」
「あ、よく知ってるね。鈴菜ちゃんに聞いた?」
最近、美月は吹奏楽部のコンクール出場のため野球部の方に顔を出す回数が減っていた。
仕方ないと思うし、吹奏楽部は団体競技だ。3年生の引退試合を考えればそっちを優先すべきである。
「私は断ったんだけど、みんながどうしてもって……」
「美月は吹奏楽部のエースだから仕方ない」
やることなすこと初期値は低い美月だが、吹奏楽は中学からやっているため経験値が高く、かなり上手だ。
神月夜学園吹奏楽部がもう少し活発に活動していたらソロ奏者としても良い位置になったんじゃないかと思う。
「そうなると野球部に来る回数も減るのか。寂しいな……」
「へっ、そんなことないよ」
美月はきょとんとした顔をする。
「副部長になる代わりに野球部との掛け持ちを多くするって決めたもん」
「そんなこと……OKもらえるものなのか?」
「ふふ、ウチの子達は恋愛脳の子が多いからね~」
だが、正直嬉しい。
美月と一緒にいられるのであれば……もっと頑張れる。
麗華お嬢様のイカれた特訓も主将として乗り切っていけそうだ。
俺と美月は花火大会近くの神社へと足を運んだ。
たくさんの屋台が並び、色とりどりである。
「ねぇ。太一くん。4歳の時に一緒にこの祭りに参加したの覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
一緒に屋台の近くを走りまわったっけ。
はしゃぎすぎて迷子になったけど、2人一緒だったからまったく怖くなかった。
「あの時みたいに迷子になっても……ずっと2人だから大丈夫だよね」
「ああ、きっと大丈夫だ」
12年ぶりに俺と美月はあの時のようにはしゃいで走り回るのだ。




