森の主と人の子
森の主である虎の前に人の子どもが現れた。彼は人の子どもに森の流儀を教える。
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獣人 お題【大好き】
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その虎は森の主でした。主はある日、森で人の子どもを見つけます。主からすれば人の子は弱っちい生き物でした。しかも雌。大人しく親の庇護下で育てられてればいいものをと、主は呆れ返りました。人の子はきっと好奇心で森に入ってきたのでしょう。虎である彼を見て、人の子は目をキラキラと輝かせました。主は直感的にこいつ苦手だと思いました。
「虎さん、かっこいい! ねぇ、触っていい?」
「触るな、人の子よ」
「わぁ、喋った!」
主は思わずしまったと頭を抱えました。人の子が歯に手を近づけてきたものだから、つい言ってしまったのです。幸い人の子に怪我はありませんでしたが、彼女のキラキラした視線が主には痛いようです。
「虎さんはどうして話せるの? 私、鳥の声も猫の声も聞こえないのに」
「それはだな……我が長い年月を生きたからだ。そのおかげで、人の言葉を話せるようになった」
「へぇー! 虎さんすごいね!」
主は人の子の尊敬に満ちた眼差しをしかたなく受け止めました。今、主の言ったことは大嘘です。
主は虎の獣人。昔ヤンチャをしていたせいで里を追い出され、この森に辿り着いたのです。この森で過ごすには獣体でいるほうが便利なので、虎の姿でいます。人の子に話すには難しい話になるので、主はああ言うことにしたのです。主が説明を面倒くさいと思ったからでもあります。
人の子は好奇心が旺盛らしく、森にある果物や草花に目移りしたようでした。果物をとろうと一生懸命背伸びしています。好きにすればいいと主は思いました。しかし、よくよく見れば足元に口を大きく開けた食虫植物がいるではありませんか。主は咳払いをします。人の子はきょとんと主を見ました。
「人の子よ」
「なぁに、虎さん」
「我がこの森の流儀を教えてやろう。ついてきなさい」
主は弱い人の子に、果物をとる際に気をつけること、綺麗な花畑の場所、美味しい魚が食べられる川などを教えてあげました。人の子は自然の力強さに目を奪われたようでした。それから人の子は森に通うようになりました。
二人の出会いから十年がたちました。人の子は今や適齢期。人の娘となっていました。近頃人の娘からいい香りがするものですから、主は喉を唸らせるばかりです。
「虎さん? さっきからグルグル言ってるけど、風邪でもひいたの?」
「うむ。違う、違うのだが……どうも、調子が狂う」
「分かったわ。年なのね? あれから十年もたってるんだもの。私虎さんの面倒見るわ」
主は脱力しました。人の娘は会った日から年寄り扱いをやめません。やめてくれと言っても、「おじいちゃんと同じことを言うのね」と笑われてしまうのです。言葉が通じるのに、人間というものはなんと難しいのでしょうか。もうそれでもいいかと、最近は思うようになりました。
「そうか。人の娘よ」
「なぁに、虎さん」
「我と一緒に暮らさないか」
「そうね。もし虎さんに何かあれば大変だもの。虎さんに教えてもらって森にも詳しくなったし、私ここに住むわ」
「うむ」
主が目をかけてきた人の娘は、ほっそりとした体でありながら、雌らしく育ちました。主がかまっていたため、森の住人は人の娘に手を出そうと考える輩はいません。むしろ、人の娘を主の嫁と思っていたのです。ですから、森の住人は人の娘が主と一緒に暮らすようになって喜びました。
「人の娘よ」
「なぁに、虎さん」
「ゴホン……人の言葉で言っておこうと思ってな。うむ……、大好きだぞ」
人の娘は驚いて主へ振り返りました。すると主は虎の毛皮をまとったような、たくましい三十代ぐらいの男性に変化したのです。人の娘はそれはそれは驚きました。
「あの、おじいちゃんじゃなかったんですか」
「違う。だから年寄り扱いはやめろと言っただろう。当時の人の娘は獣人が分からないと思ったため、話さなかっただけだ」
「その、虎さんに抱きついたりしてたのですが」
「うむ。人の娘よ、実に育ったな」
人の娘は羞恥に顔を赤くしました。何を指しているのか、感づいてしまったからでしょう。
「さて、我らの住処に戻るか。人の娘よ、我に乗るがよい。……あぁ、今は人型だったな。人の娘は足が遅い。運ぶか」
人の娘は固まったままです。固まったまま、住処に運ばれてようやく人の娘は我に返りました。森の主の介護をするはずが、嫁になっていたことに気づいたのです。ですが森を好きな娘は主と愛を育み、仲良く暮らしたそうです。




