神の嫁
巫女である彼女は神の嫁になるために育てられてきた。
即興小説トレーニングに投稿したものを加筆しています。
私は代々巫女となる一族の生まれだった。幼いころから髪を伸ばすよう義務付けられ、巫女としての制約の中で生きてきた。全ては神の嫁になるために。
私に仕える者が多数いた。みな、私を神の嫁にするためにいる。そこに彼もいた。
大巫女さまの孫である彼は神術の師範として私を導いた。閉鎖された神道の世界の外から来たその人は、何か武道をやっていたのかがっしりとした体つきだった。また、神道の世界では考えられないほど短い髪をしていた。髪に神聖は宿るため、のばしている者が多い。彼からすれば短い方が一般的らしい。
私は彼を兄のように慕い、やがてその思いは恋となった。彼の師範としての姿に憧れ、好きにならずにはいられなかった。
彼は私よりも十ばかり離れている。また、神道の世界しか知らない私と違い、彼は外の世界を知っていた。外の世界を何も知らぬ私は、彼から外の世界を学んだ。学校というものがあるのね、素敵。彼は「もっと広い世界を知れ」と優しく私の頭を撫でた。
私は彼の嫁になりたいと思うようになった。それを母に見破られた。伝統を守ってきた母は恋を許さなかった。私に神の嫁になる儀式を早めなさいと言ってきた。巫女としての頂点が神の嫁だ。私は神の嫁候補として、長く彼の指導を受けてきた。神の嫁になるということはすなわち、現世から引き離されること。彼と二度と話せなくなるのだ。私の夢は白く褪せて消えた。
迎えた嫁入りの儀式当日。名だたる神官が私を神の嫁にすべく集まっていた。そこに彼はいなかった。私の師範である彼は、本来なら名誉師範として呼ばれたはずた。私が恋をしてしまったばかりに、彼は外されたのだ。申し訳なさに歯を噛みしめる。私は思いを断ち切るため、禊に向かう。
禊を終えると出口に彼がいた。どうしているのだろうとか、ここは女子禁制なのにと思ったが、これから神の嫁になるのだ。心を揺るがせてはならない。私は彼に知られぬよう引き返した。……つもりだったのだが、引き止める手があった。彼だ。私は負けてはいけないと彼を冷たく睨む。
「手、はなして」
これまで兄のように思っていた彼に掴まれた手首が痛い。彼は見たこともない怖い顔をして、私をその場に縫い止めていた。それでも、この縁を断ち切らなければならないのだ。
「私、これから神様のお嫁になるの。だから異性に触れることも許されない。私、禊直さないと。大丈夫、私巫女の頂点になってみせるから」
体を清めて巫女装束になっている私を見て、彼は理解し難いと頭をふった。目に怒りの炎が揺らめいている。
「何を言っている。お前にかまっていたのが、ただの師弟愛とでも思ったか。……それは違う。何も知らないお前にすり込むように、俺だけを浸透させていったんだ。だから神の嫁になぞ、やらん」
彼は私の腰まで伸びた黒髪を掴み、腰に差していた短刀で切る。髪が肩までの長さとなり、頭が軽い。髪に蓄積されていた神聖が空に溶けていく。巫女としての神力が遠ざかってしまった。
「お前は俺の嫁になるんだ」
私はようやくただの娘になったのだろう。彼の手をとって、二人歩き出した。
私の激減した神力を察し、母が儀式の場から出てきていた。私たちが向かう場所もそこだったので、うまく鉢合わせする。母は私の髪の長さに「何てことを」と呟いた。
「私、彼と一緒になるわ」
「あのね、彼を師範につけたのはそのためじゃないの。大巫女さまのお孫さんだからつけたのよ」
「知ってる。それでも惹かれずにはいられなかった。彼が好き」
そこに儀式の場から年老いてなお、しゃんとした足腰の老婆が現れる。大巫女さまだ。
「この馬鹿孫。何のために外の世界を学ばせたか分からぬではないか」
「師範にするため、女に溺れぬためだろう。実際、効果はあったと思うが。外で培った忍耐力がなければ、こいつの巫女の資格を奪っていた」
「どこまでも馬鹿孫じゃ。このわしに良き孫と言われたくば、その子を幸せになさい」
それは遠回しな認めるという言葉だった。
「ですが、大巫女さま!」
「お前の娘だということじゃよ。血は争えぬ」
母は押し黙った。きっと母にも私を産むまでの恋物語があったのだろう。
「元・巫女よ。幸せにおなり」
大巫女さまが神具で祝いの鈴の音をならした。この時から私は巫女としての人生を終えた。彼と歩む新しい人生に眩い光を感じた。




