久しぶり。……俺のことなんて、忘れちゃった?
「久しぶり。……俺のことなんて、忘れちゃった?」
そう男性が声をかけてきたものの、私は彼が誰だか覚えていない。とにかくごまかすしかない!
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「久しぶり。……俺のことなんて、忘れちゃった?」
突然、同い年くらいの男性が声をかけてきた。あのね、大学生って高校デビューの上に大学デビューと二段階進化をとげるでしょ。つまり、原型が分からない。ちなみに私の友人が二段階進化をとげているので、前例もある。さてさて、この人誰だろう。
「あー、うん、久しぶりー」
同じ大学にいるんだから、大学生? いやさっぱり名前がかすらないんだけど。すると彼は疑わしそうな目をしてきた。やばい、かけらも覚えてないなんて失礼なこと言えるわけがない。
「えっ、覚えてるよ? えーと、あのー」
不自然なまでに語尾が上がってしまったのはしょうがない。いやほんと、この人誰。そうだ、顔から思い出そう!
えーっと、頭。ワックスでまとめてる。明るい茶髪だから、私が覚えてるのは黒髪の頃かもしれない。次に眉。意志が強そう。目、濃褐色。普通に日本人顔だよね。鼻も高いわけでもなく、低いわけでもないし。口は横にきゅっと結ばれている。さっきはにこやかに声をかけてきて、私の反応に怪訝な顔をするようになった。元々、表情豊かなのかもしれない。うーん、なんかかすってるような気がする。そう、山が名前に入りそう!
「山田くん!」
「覚えてないだろ! 適当にもほどがある!」
「そんなことないよ! ねぇ、山西くん!」
「山から離れろ!」
脳内の山が頭から出ていく。それなら、誰だろう。そう、体つきを見よう。ヒントがあるかもしれない。そう思って、意外に手足ががっしりしていることに気づく。何かスポーツやってとこれだ!
「河内くん!」
「よし、確かに山からは離れたな。でも山が無理なら河って、単純すぎだろ!」
「気のせいだよ、川本くん!」
「河からも川からも離れろ!」
まったく、名前不明くんは怒りっぽいなぁ。というか、ヒントが足りません!
「いつ会ったことある?」
「あぁ、もう思い出せないの認めたな、こいつ。そうだな……、小さい頃だ」
小さい頃。あまり思い出せない。小学校の頃? それとも幼稚園の頃? 歳を重ねるごとに昔の記憶が曖昧になっていくので、なんて難易度だろうと思った。けれど、私は閃いたのだ。
「小山くん!」
「お前、小さい頃って言ったから単純だな!? あと、山からは離れろって言っただろ!」
「もう分かりません!」
「……大変正直でよろしい」
私の頭を呆れながら撫でる姿に、過去の記憶が蘇る。そう、小学校低学年の頃、よく公園で遊んでもらったお兄ちゃんがいた。彼の名前は――。
「そうだ、公園でよく遊んでもらった――坊主くん!」
「いっそ清々しいな、お前は! 野球やってたんだよ。坊主なのは仕方ないだろ」
年上だったことが分かった彼は、私に改めて向き直った。今から言うことはちゃんと覚えろよと前置きまでされて。大丈夫。今やもう大学生だ。名前の暗記くらい、あの大学受験に比べればなんのその。
「木本 涼介だ」
「ほら、山要素あるじゃん! 河要素もある! 私結構いい線いってたかも!」
「お、ま、え、は人の話を聞け! 俺の名前、言ってみろ」
「山本 河介」
「見事に侵食されたな。うん。木本 涼介。ほら、繰り返す」
「木本 涼介」
「正解、えらいえらい」
頭を撫でる手は、記憶のものと同じ優しさで。私はふと思い出した。彼は私の名前を知っているのかと。
「ねぇ、木本 涼介くん」
「何だ?」
「昔私の名前、藍ちゃんって呼んでたけど……私の名前知ってるよね?」
「……あー、覚えてる覚えてる。篠原 藍子だろ」
「私は覚えてなかったのに、何故!」
これが格差社会か!
「理由はきっとお前には分からねーよ。同じ大学だし、困ったことがあったら聞いてこい」
「あっ、じゃあ早速なんだけど履修――」
「理由を少しは気にしろよ!」
「理由なんなの?」
聞けと言うから聞いたのに、彼は脱力してしまった。そして力なく頭を振る。一体何があったのか。
「もういいです。はい。履修がなんだって?」
思い出した優しい記憶は、私を浮かれさせた。彼は昔公園でよく遊んでくれた。恋になりそうで恋にならなかった、淡い気持ちが蘇る。これからの生活、楽しくなりそう。私は彼に質問の続きをした。




