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即興短編集  作者: 花ゆき
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飢えた狼

少女は月夜の元、町を出歩く。そこで自身を傷つける異様な男性に出会った。彼は彼女と視線が合った時、襲いかかる。彼は人狼だったのだ。

 ひんやりとした夜風にローブの前をかき寄せる。月明かりの下、何かが動いた。人影を目に捉えた。男だ。血に濡れたような瞳が闇に映える。夜の風をうけ、サラサラとショートの髪が流れた。男はただ、打ちひしがれるように立っていた。一目見ただけで、異質だと分かる。私は手に持っている懐中電灯で、彼を照らした。目は濃い明るい赤色、髪はミルクティー色だった。目の異様さが一際目についた。


「あなた、こんな時間に何をしているの?」


 彼をくまなく観察していると、指が薄汚れていることに気づく。自分で腕を傷つけていたらしい。


「せっかく、抑えていたのに……」


 男が何か小さな声で呟いた。そしてフラリと身体を揺らし、気づいた時には地面に押し倒されていた。グルグルといううなり声が頭上から聞こえる。何かがポタポタと落ちてきた。涎だ。見上げると、彼は鋭い犬歯を見せ、血走った目で私を見ていた。姿形も変化して狼の頭になっている。獣じみた手で私は押さえつけられていた。


 あぁ、私は獲物なのだ。目の前の獲物に、大きく口を開けて首筋にかぶりつこうとする。私はその口に銃口を突っ込んだ。


「よかった。獲物から私の元に来てくれるんだもの。この鉛玉は、あなたにとって美味しいと思うわ」


 引き金に指をかけた瞬間、私を押さえつける重圧は消え、男は素早い身のこなしで逃げた。逃がしたか。次の機会を狙うとする。




 翌日、太陽に照らされて彼と会った。夜とは違い、瞳は赤褐色の色をしている。男は昼の私の姿を見て、眉を下げた。


「緑の髪か。悪魔祓い師には手を出すつもりはなかったんだけどな」

「だから、誘い出すために隠してたのよ。髪を」


 悪魔祓い師の一族はみな緑色の髪をしており、その髪こそが悪魔祓い師の証明になる。人狼の噂を聞きつけた私は人狼に警戒されないように髪を結って、ローブに隠していたのだ。一般的な海色の瞳なら油断を誘えると思っていた。


「で、昼の間に殺さないのか?」

「昼のあなたは狼男じゃないでしょ」

「へぇ。よく知ってるな。生活のあるこちらとしちゃ、ありがたいが」

「悪魔祓い師を舐めないでよね」


 悪魔祓い師を輩出してきた我が家を舐めてもらっては困る。悪魔祓いに関しての情報量は他に負けていない。


「いーや、なめてない。むしろ知識の正確さは優秀だと分かるから、安心したぐらいだ。そんなあんただから、頼みたい。子どもを産んでほしい」

「脳みそはまだいかれてるようね?」


 思わず拳銃を突きつける。彼は慌てて、喧嘩するつもりはないと両手をあげた。


「今は善良な一般市民! その、俺もいい歳になるし、子ども好きなんだけど機会に恵まれないっていうか」

「そりゃそーでしょうよ」

「そうなんだよ! せっかくいい感じになっても、あんたたちに見つかって、また新しい場所からやり直しだ。それなら責任とってもらおうと思ったわけだ」


 決意した赤褐色の瞳に、思わずたじろぐ。


「あんたは俺が人殺そうとしたらすぐ止められるし、俺は子ども育てたいし可愛がりたい。ギフアンドテイクってやつだ」

「なにそれ」


 私への負担が大きいではないか。


「俺だって必死なんだよ!」

「私に利益ないじゃない」

「あー、なんか暴れたくなってきた。夜大暴れしちゃおうかなー」


 ギリッと歯噛みする。これは脅しでしかない。


「交渉成立ということで」


 にっこり笑う彼に銃口を向けながら、そうねと返した。




 それから私達は一緒に行動するようになった。夜は彼を監視して、いつも一緒だった。子を宿し共に育てるころには、彼は害じゃないとほだされていた。次第に好きになっていったのだ。


 彼は子どもが本当に欲しかったらしく、子どもが生まれた日にはありがとうと抱きついてきた。必要時以外は触れないという暗黙のルールを、その時だけ破った。

 彼は甘い父親になった。甘やかしすぎはよくないとたしなめると、しょんぼりすることもあった。




 そんな彼がある日、砂場で遊ぶ娘を見ながら、子どもにこだわる理由を吐露した。


 彼は隔世遺伝により目覚めた人狼だった。そんなものだから人狼への対処など知らず、両親を殺してしまったそうだ。彼は家族というものを知らず、母に宿っていた新しい命も奪ってしまったと言う。だから家庭に憧れ、子どもが欲しかったらしい。不安は家族を殺しかねない自分にあったそうだ。私と出会った時、最後のチャンスだと考えた。今でも、人狼の力が静まる新月の夜こそ安心すると彼は言った。


「そんな俺でも愛してくれるの?」


 自嘲するように笑う彼は、傷だらけで今にも風に吹き飛ばされてしまいそうなほど儚く見えた。思わず抱きしめて、彼を繋ぎ止める。思えば、私から触れたのは初めてかもしれない。


「いつの間にか、愛してた。人狼だからダメだって思ってたのに。理屈じゃどうにもならないんだね。あなたがもし人を殺すようなことになれば、私があなたを殺すから」




 夜になると再び彼は人狼に変化した。月に向かって雄叫びをあげる。彼は私を見て、苦しそうに喘ぐ。大切なものほど、切り裂きたくなると彼は言っていた。けれど私には銃がある。一族秘伝の弾丸に込められた力は魔をはらう。私はいつものように引き金に力を入れて、手を放した。


 私は人狼である彼も受け入れる。


 彼の懐に自ら飛び込み、彼の振り下ろされる爪を避け、彼に抱きついた。狼頭に変化している彼に口付ける。彼は驚いたように目を見開く。私を切り裂こうとしていた爪は人のものに戻り、私を食らいつくそうとしていた牙も人の歯に戻っていく。そしてとうとう、彼は元の顔に戻った。泣きそうな顔をしていた。


「どうして、こんなことを。まさか人に戻れるだなんて。知っていたのか」

「知るわけないじゃない。でも、あなたの全てを受け入れるって決めたら、急に分かったの。本当は愛されるための呪いだったんじゃないかって」

「俺はもう、怯えなくていいのか」

「ええ」

「約束を破ってもいいか。……本当の意味で触れたいんだ」


 こくりと頷いた私を彼が抱きしめる。ここまで長かった。抱きしめるその体温に、少し涙がこぼれた。

 本当の意味で開放された二人は、ようやく結婚式をあげた。

クリムゾンの瞳とミルクティー色の髪の狼男の青年と、海色の瞳と深緑色の髪を持った悪魔祓いの少女。「それでも俺を愛してくれる?」という言葉が鍵。 http://shindanmaker.com/289564


こちらの診断結果をきっかけに考えました。

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