血が嫌いな吸血鬼
今日のお題は、『切ないのが、気持ちいい』『脳が溶けるくらいに』『ちゃんと、さわって』です。 #jirettai http://shindanmaker.com/159197
血が嫌いな吸血鬼は、森の奥で行き倒れる。そこを狩人に助けてもらった。
私は吸血鬼でありながら、血が好きではない。吸血鬼は食事である血を吸わなければ、いずれ息絶える。だから死ぬことも怖くて、私は生きるために好きでもない血をすすっていた。もう、吸血鬼であることに疲れてしまった。
私が血を吸わなくなった原因は、血を吸いすぎて死んだ人を見てしまったことである。吸血鬼である兄はそれを当たり前と受け止めていた。私は到底理解できなかった。だって、兄の腕の中で次第に体温を失っていく人は、少し前まで兄の恋人だったはずなのに。異常さについていけないと思った。私はそれから血を吸うことが嫌いになったのだ。だから私は血を吸わなくてもいいように、秘境に行こうと決めた。
しかし、国の境にある森の中で激しい飢餓がこみあげてきた。血に飢え、犬歯が口からのぞく。衰弱した体では血を求めて彷徨うことすら出来ず、地に伏せていた。私は無意識に血を吸いかねない不安からも開放された。
そんな時、狩人の青年が私を拾った。熱まで出した私を献身的にみてくれる。彼に惹かれるのは、自然なことだった。けれど、吸血鬼である私の恋は実るはずがない。彼の優しさ全てが、私の胸を切なく痛ませる。その痛みさえ、彼がくれたものだ。切ないのが、気持ちいいとさえ思った。
「おかしいな。この薬、よく効くはずなんだけど」
「ありがとう。でも、もういいのに」
「いいわけあるかよ。日に日に衰弱してるじゃないか」
彼は苦しみに耐えるように眉をよせ、瞳を閉じた。再び目を開けた時には、憤りは消え、普段の明るい表情になっていた。
「とにかく、君は睡眠をしっかりとること」
私を寝かしつけようと彼が額を撫でようとのばした手のひらに、血が滲んでいた。きっと自身の爪で傷つけたのだろう。体がぞわっと浮き立ち、血に意識が集中する。これまで拒んできていたのに、彼の血に食指が動いた。初めてだった。
彼の手のひらを掴み、舌でなぞる。脳が溶けるくらいに甘く感じた。久々の血に、理性がとぶ。手のひらの血は舐めきってしまった。少ししかなかった。足りない。もっと欲しい。彼の手のひらに最後の一滴まで欲しいと吸いつく。ぴちゃぴちゃと子犬のように舐める姿に、彼は呆然として私の名前を呼んだ。ハッとした時にはもう遅い。彼は私の正体に気づいてしまっただろう。
「吸血鬼だったのか。だからいくら薬を飲んでも、滋養のあるものを食べても駄目だったんだ」
彼は吸血鬼である私を前にして逃げるどころか、持ち歩いている護身用のナイフで指先を軽く傷つけて、私の口の中に突っ込んだ。じわりと口内で広がる血に酔う。求めていた食事に唾液が増す。彼に嫌われるのが怖くて、先ほどのように血をすすらなかった。すると、しびれを切らした彼が私の犬歯に血を塗りつける。
「さぁ、吸いなよ。……いらないの?」
口内で指がくちゃりと動かされ、血の味が舌に広がる。限界だった。彼の指を掴み、一心不乱に吸い上げる。彼の血が飲めるのなら、私はあれほど嫌だった吸血鬼の運命だって受け入れる。
「沢山飲むんだよ」
優しく頭を撫でる手が気持ちよくて、目を細めた。彼の血の味に、思わずうっとりしながら血をすすった。彼はそんな私をじっと見ていた。何を思ってるのだろうかと見ていると、彼は私の視線に気づき巧妙に隠す。けれど私は彼の僅かな隙で気づいてしまった。彼の目に欲情の光がチラリと覗いていたのだ。彼は私の吸血に欲情していた。私も久々の吸血で体が高ぶる。頭を撫でる彼の手を掴んで首筋をたどり、襟元の中まで触れさせる。
「ちゃんと、さわって」
私の欲が感染したのか、彼の欲に感染させられたのか分からない。二人は月光の元、シーツに沈んだ。




