ブラックコーヒー
【毎月14日はツイノベの日! お題「珈琲」 #twnvday 】ということで、コーヒーお題です。
一コマ目の授業のために早く来ている彼がいた。そんな彼はいつもブラックコーヒーを飲んでいる。彼はなぜコーヒーを飲んでいるのだろうか。
私はいつもの席に座る。彼から一マス空けた隣の席が、私のお気に入りだ。隣を見ると、彼がブラックコーヒーを飲んでいた。
「いつもコーヒー飲んでるね。好きなの?」
そう聞きたくなっても仕方ないと思う。現に、今もコーヒーを飲んでいるのだから。いつもブラックを選んでいるのも知ってる。彼はコーヒーをぐいっと飲み干した。コーヒー特有の苦味が口内に広がっているのだろう。眉を少し寄せた。
「むしろ大嫌いだよ」
「じゃあ、どうして」
「言わない」
そう言って、彼は教室備えつけのゴミ箱に紙コップを捨てた。そして、いつもの席に座る。
教室には朝一の講義だからか、時間ギリギリにくる生徒が多い。彼の前の席に、ゆるふわパーマをかけた小柄な女性が鞄を置いた。小さな花柄のワンピースがふわりと揺れ、彼女は椅子に座った。それだけで、花の甘い香りが残り香として後ろの席にまで漂う。
彼は彼女の背中を、息を詰めて見つめていた。彼女が座ってようやく息をついた。その一部始終を見て、私は気づく。彼は好きでもないコーヒーを飲んで、朝の眠気と戦いながら一コマ目に来ているのだ。気になる彼女の後ろの席を死守するため、早めに。
こんな面倒くさいことをするくらいなら、彼女に声をかければいいのにと思う。馬鹿らしくて、ため息がこぼれた。そんな私も、最近彼と話せるようになったくらいで、たいした行動も起こしていない。人のことを言えた立場ではないのだ。
彼の前に座る彼女を観察する。可愛らしい、守ってあげたくなる女の子だった。雑草と言われる私とは大違いだ。彼の真似をして飲み始めたコーヒーが目に入る。こんちくしょう、と思いながらコーヒーを飲み干した。先程抱いた感情と同じように、苦々しい味が舌に広がる。
教授が教室に入ってくる。教室の空気が変わり、授業が始まった。恋の甘みなど感じない、コーヒーの香りが残ったまま、私は授業に意識をかたむけた。
ブラックコーヒーのような彼だから、砂糖菓子のような彼女を求めるのだろうか。それなら、私がミルクになればいい。ミルクのように味をマイルドにして、彼にとっての当たり前になってみせる。
翌日も、彼はブラックコーヒーを持ってきていた。「おはよ」と声をかけると、彼は眠気からか細められた目で「おはよう」と返した。彼がコーヒーを飲もうとしていたので、私はフレッシュミルクを渡す。
「何、これ」
「ブラックばっかりだと、胃によくないよ。だから、ミルク」
「そうなんだ」
彼はふーんと相槌を打ちながら、コーヒーに混ぜた。飲んで一言、悪くないねと呟く。
「うん、優しい口当たりになるでしょ」
「だね。……なんだか眠いな。少し寝るから、教授来たら起こして」
「りょーかい」
いつもなら、彼女のために起きている。それを変えられたことに喜びを感じる。これからミルクになじませて、彼にとっての当たり前になりたい。仮眠する彼を見つめて、頬を緩めた。




