彼女なりのラブレター
ねー、恥ずかしがり屋の画家と迷惑なほど気を回してくる不良による春が待ち遠しくなる物語書いてー。 http://shindanmaker.com/151526
画家である彼女につきまとうようになった不良の彼。そんな二人の話。
「姉御、何書いてるんすか?」
「あのっ、高崎って呼んでほしいんだけど」
「無理っすよ。俺の怪我手当してくれた恩人ですから、姉御って呼ばせてください」
こんなに感謝されたことがなくて、まっすぐな気持ちにこちらが照れてしまう。怖かったけど、彼を手当てしてよかった。
私が画材を買い足しに出歩いていたあの日、彼はポリバケツに頭を突っ込んだまま横たわっていた。怪我をしているようだった。見たことがある男だったから、不良っぽい見た目をしていても素通りすることは出来なかった。チェーンをチャラチャラ下げて、髪を金髪に染め、ズボンを腰まで下げて、かかとの靴を踏み潰した男は昔私が目で追ってた人だったのだ。
高校が同じだった。私は一学年上で、当時は見てるだけで行動すらできなかった。くすぶる気持ちを絵にぶつけていた。私が人物画を描いたのは彼だけだ。彼は目が澄んでいた。たったそれだけで、彼が気になっていたのだ。それが今や、彼が私に恩返しがしたいとつきまとうようになっていた。
彼は絵を書き出すと食事がおろそかになる私を知って、よく差し入れをくれる。油絵独特の匂いにも嫌な顔をせず、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。そして私の絵のきりがよくなったことを知れば、私を連れ出して一緒に外食をする。彼のバイクの背に乗って、風を切って辿り着くのは隠れ家のような店だったりするから、私は嬉しかった。私は彼に連れられて、創作意欲を揺さぶられた。彼越しに見た景色を描きとめたいと思った。
「姉御」
「んー」
「俺、姉御と一緒になりたいっす」
「んー」
私は絵に意識をかたむけ、絵の望む姿を導きだす。だから、外界の声は遮断していた。気がつけば、パレットをもつ手に指輪がはめられていた。
「姉御みたいな創作馬鹿は、支える人が必要っすよ。俺はそんな存在になりたいと思ったっす。だから、俺に人生預けてくれないっすか?」
彼はいつの間にか身だしなみを整え、日中会わないことが増えていた。正社員になっていたらしい。彼がここまで考えてくれて、嬉しかった。だから私は、恥ずかしいけれど隠していたスケッチを彼に渡した。彼を描きためたものだ。彼が高校に入って、柔道着を着て部活に励んだこと。足を故障してしまって、荒れていたこと。彼と見てきた景色、彼の豊かな表情を描いていた。彼はページをめくるごとに赤面した。私も恥ずかしくて、頬が熱い。それでも彼の表情を目に刻んでおきたかった。
「こんな、手紙より強烈なラブレターはないっすよ。……姉御はどれだけ俺のこと、好きなんすか」
スケッチブックをかざされると、恥ずかしくて仕方ない。彼から奪うようにして胸元に抱え込む。
「そんな姉御も、可愛いっすけど……」
目を伏せた彼が近づいてくる。思わずこれから何が起こるか察して、胸がかあっと熱くなる。耐えきれなくて、スケッチブックで唇を防いだ。彼が至近距離で苛立ったように私を見る。
「あーねーごー」
「そのっ、結婚するまでまだキスは早いと思うのっ」
「何なんすか、その化石のような貞操観念。キスしたいんすけど」
「だーめっ」
「したい」
「だめ!」
言い合いは続く。どちらも折れることはなかった。
「あーもう! 分かりましたよ! その身体処女のままでバージンロード歩かせてあげますから! 待ちきれないので、式は春にしますから。だから、その後は覚悟しててくださいっす」
「は、はい」
恥ずかしくてうつむくと、彼に贈られた指輪が目に入る。私は幸せな気分になった。春、早く来て欲しい。指輪の輝きに目を細めた。




