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即興短編集  作者: 花ゆき
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猫神様、猫神様、お願いします

今日の書き出し/締めの一文 【 のぞき込んだ鏡には、見慣れない猫が映っていた 】  http://shindanmaker.com/231854


私が中学生だった頃に隠した地図を探していると、猫が映った不思議な鏡を見つけた。

  のぞき込んだ鏡には、見慣れない三毛猫が映っていた。気のせいかと思い、鏡を拭き上げる。幻覚じゃなかったようだ。鏡の向こうの猫は転がって、退屈そうに後ろ足で耳をかいている。まるで生きてるみたいだ。とりあえず、今探しているのは中学生だった頃に隠した地図だ。


「ないなぁ……」


 後ろから兄が部屋に入ってきた。


「お前何探してるんだ?」

「地図ー。確かここらへんにあるはずなんだけど」

「ふーん。じゃあ、そこにいる猫神様にお願いしてみたらどうだ」


 兄がポケットから取り出したにぼしを鏡になげる。そんなの鏡にあたって落ちるに決まっている。しかし鏡ににぼしは吸い込まれ、ひょいひょいと猫が口にくわえた。鮮やかだった。今は味わうようにもごもごと口を動かしている。


「何、この鏡」

「うちの神様だよ。うちが繁盛してるのも、この神様のおかげかな」


 鏡の中の猫が嬉しそうに喉を鳴らした。苦しゅうない、もっと褒めろということだろうか。


「猫神様。妹の探しもの、どこにあるか教えてくれないか?」


 鏡の中猫はめんどくさそうに身体をおこし、私を見てしっぽでタンタンと床をたたく。何か怒ってるの!? 不安になって兄を見ると、動揺した様子はない。怒らせたわけではないようだ。そして兄は猫の言いたいことがわかったらしい。


「鏡に額をつけてくれ。猫神様が啓示をくれる」


 私は疑心暗鬼で鏡に額をつける。すると光が脳内に入り込み、地図の場所が浮かんできた。早速その場所を探すと、見事に見つかった。


「すごい」


 猫は鏡の中で当たり前だと言うように鳴いた。


「猫神様はうちの者にはお導きくださるから、お前も何か困ったことがあればお願いすればいい。その時は魚類を忘れずに用意しろよ。『猫神様、猫神様、お願いします』で家の外にいてもお願いできるからな」


 鏡の中で猫神様がドヤッと誇らしげな顔をしている。このお猫様、大変愛らしい。私はにぼしを買いに行くことを決意した。




 数日後、私は地図を見ながら住宅街を歩く。中学の頃に想いを寄せていた彼の家を目指して歩いているのだ。しかし住宅街は外観に変化が少なく、目印になるものがないところが恐ろしい。私は完全に迷子になっていた。こんな時こそ、猫神様の出番だ。物陰に隠れて、手ににぼしをのせる。


「猫神様、猫神様、お願いします。この道をどう行けば着きますか?」


 風のない住宅地に不思議な風が駆け抜け、手の上のにぼしがなくなった。脳裏に道筋が浮かぶ。これなら行けそうだ。


「猫神様、ありがとう」


 ニャーンという鳴き声を風が運んできたような気がした。足取りも軽く、目的地に着いたのだがそこは喫茶店だった。明らかに違う。どうやら猫神様はにぼしが不服らしく、途中までの道のりを教えてくれたそうだ。なんてことだ。少しくらいまけてくれてもよかったのに。思わず携帯をとりだし、兄に電話をすると「ああ、最初の頃はまだ打ち解けてくれてないからな。にぼしだけじゃ足りないかもしれん」とのこと。人見知りか!! 脳内で強くツッコミを入れた。どうやら最初の願いを叶えてくれたのは、毎日にぼしをあげている兄のおかげだそうだ。まめにあげているから懐いているし、少しの魚で満足してくれるらしい。うん、早く教えて欲しかったね。自力でなんとかしようとしたもののどうにもならず、残りのにぼしをすべて捧げることで交渉は成立した。


 ようやく着いた彼の家の表札を見て、ほっとする。彼が転校するまでに渡すつもりで書き上げた手紙を、私はあの日渡せなかった。だから今日渡そうと思い、持ってきていたのだが、ここまで来たことですでにあの恋は過去のものになっていたんだと実感した。遠く、部活の仲間と帰ってきている姿が見えた。日曜でも相変わらず部活を頑張っているようだ。中には女の子もいた。私は苦い痛みを感じながら、行動しなかった自身を責めた。すでに終わった恋だ。背を向けて、途中でスーパーに寄って、猫神様をねぎらうために魚を買おうと決めた。


 帰宅後、スーパーで買った刺身を猫神様にあげた。猫神様は満足したらしい。ごろんと転がって無防備にお腹を見せている。鏡さえなければお腹を撫でたのにと思ったが、いくら可愛くても神様だ。それはバチが当たる。私は耐えた。刺身を平らげている時、猫神様がこっそり不思議な力を使ったことを私は知らなかった。



 後日、友人から連絡先を聞いたという彼から電話をもらった。家の近くで見かけたから、懐かしくなったらしい。私も、懐かしいねと昔話に花を咲かせた。そして冗談のように昔好きだったと笑って言えた。彼は動揺したようだけれど、ありがとうと言ってくれた。電話をしながら、これは猫神様のおかげだなと思った。後でお礼に行こう。猫缶を常備する決意をする。



 私の家には神様がいる。鏡の向こうの猫の神様。人見知りで、食いしん坊で、わがままなところもあるけれど、優しい神様だ。私は今日も鏡を拭きあげて、猫神様におはようと声をかけた。

参考はこちら


神様紹介botより

《ネコショウグン/中国神話》猫将軍。かつてベトナムの猫将軍廟に祀られた猫頭人身の神。予言の能力に優れ、人々は物事に迷うと彼にお告げを依頼した。元は14~15世紀にベトナムを征服した毛尚書を祀って出来たものだが、発音が似ていたため、毛将軍が猫将軍に間違われて伝わったとされている。


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