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第14話:さようなら、昨日の私。こんにちは、最強の明日(第一部 完)

「……ヴィルヘルム。今、なんと言ったのかしら?」


アリスの声は静かだった。  

だが、その声を聞いた瞬間、森の木々がざわめきを止め、風さえも凍りついたように止まった。


ボロボロになった勇者ヴィルヘルムは、アリスの姿を見て、歪んだ笑みを浮かべた。


「お、遅いぞアリス!見ろ、この惨状を!貴様が拾った化け物どもが、俺たちに牙を剥いたんだ!」


彼は状況が見えていなかった。  

目の前に立つアリスが、かつてパーティーで黙って荷物を持っていた「便利な道具」ではなく、世界の理すら書き換える「最強の母」であることを理解していなかった。


「躾がなってないぞ!だが、俺は寛大だ。その汚らわしいガキどもを処分し、今すぐ俺の元へ戻ってくるなら、許してやらんでも――」


ヒュッ。  


ヴィルヘルムの言葉は、そこで途切れた。


アリスが、一歩踏み出しただけだ。  


ただそれだけで、ヴィルヘルムとフィオナ、そして騎士たちは、見えない巨大な手で心臓を鷲掴みにされたような、根源的な恐怖に打たれた。


「許す? 貴方が、私を?」


アリスは、ゆっくりと彼らに歩み寄る。  

子供たちが慌てて道を開ける。


ママの背中から立ち昇るオーラが、ドラゴンや魔王のそれとは次元が違うことを、彼らは本能で悟ったからだ。


「勘違いしないで。私が貴方たちを追放したのよ、私の人生から」


アリスはヴィルヘルムを見下ろした。その瞳に慈悲はない。


「この子たちは『化け物』じゃない。私が命を削ってでも守りたい、世界で一番大切な家族よ。……それに比べて、貴方たちは何?」


アリスが右手を軽く振るう。

それだけで、ヴィルヘルムたちが必死に展開していた防御魔術や、聖剣の加護が、ガラス細工のようにパリンと砕け散った。


「私の家族を傷つけ、侮辱した罪。……国一つ消し飛ばしてもお釣りが来るけれど」


アリスは冷徹に宣告した。


「貴方たちには『破滅』すら生ぬるい。一生、過去の栄光と、逃した魚の大きさに怯えて生きなさい」


 「錬金術式:『完全追放バニッシュメント・ワールド』」


アリスが指を鳴らした瞬間。  

ヴィルヘルムたちの足元の空間が、ぱっくりと口を開けた。


「な、なんだこれは!? 体が、吸い込まれるぅぅぅ!?」


「いやぁぁ! 助けて、アリスぅぅ!!」


「行き先は、王都の地下下水道の最奥よ。そこがお似合いだわ」


アリスは無表情で見送った。  

勇者たちの絶叫が遠ざかり、空間の穴が閉じる。  


森には、再び静寂が戻った。


 * * *


嵐が去った後のような静けさの中、アリスはふぅ、と息を吐き、振り返った。  


そこには、少し不安そうな顔をした子供たちが立っていた。


「……ママ、ごめんなさい」  

レンがおずおずと口を開く。


「僕たち、勝手に戦っちゃった。ママの大事な卵も、割らせちゃった……」


タツヤもミカも、リラでさえも、しょんぼりと俯いている。  


アリスは割れた卵のパックを見た。  今夜の特製オムライスになるはずだった卵たち。


「そうねぇ……」


アリスは困ったように眉を下げ、そして――子供たち全員を、まとめてギュッと抱きしめた。


「卵なんて、また買えばいいわ。そんなことより……みんなが無事でよかった」


アリスの温もりが、子供たちを包み込む。


「守ってくれて、ありがとう。貴方たちは、ママの自慢のヒーローよ」


「……う、うわぁぁぁん!」  

タツヤが堪えきれずに泣き出した。  


ミカも、リラも、アリスにしがみついて泣いた。  


レンだけは涙をこらえようとしたが、アリスに頭を撫でられた瞬間、ボロボロと涙がこぼれた。


最強の子供たちも、ママの前ではただの子供だった。  


アリスは、泣きじゃくる彼らを優しくあやしながら、空を見上げた。


かつての仲間への未練も、恨みも、もうここにはない。  

あるのは、愛おしい重みと、守るべき明日だけ。


「さあ、おうちに帰りましょう。卵はないけど、美味しい野菜スープを作りましょうね」


 * * *


その夜。  

子供たちが寝静まった後、レンは一人、窓辺で月を見ていた。  


手には、今日ヴィルヘルムを殴ったフライパンが握られている。


(勝てた。でも、それはタツヤ兄ちゃんやリラの力があったからだ)


レンは自分の手をじっと見つめる。  

今日、勇者の動きが見えたのは、アリスの料理と環境のおかげだ。自分の力じゃない。  


もし、もっと強い敵が現れたら?  


もし、ママがいなくなったら?


(……強くならなきゃ)


レンは強く握りしめた。  

ただの力じゃダメだ。兄姉たちのような才能がないなら、誰よりも頭を使って、誰よりも先を読んで。  


この最強の家族を、そしてママの笑顔を、永遠に守れるような『本物の強さ』を手に入れなきゃ。


「見ててよ、ママ。僕は……僕たちは、もっともっと大きくなるから」


少年の瞳に、未来への強い意志が灯った。


 * * *


――それから、数年の月日が流れた。


辺境の森は、今や『聖域の森』と呼ばれ、世界中の冒険者や商人が憧れる(そして恐れる)伝説の場所となっていた。


その森の出口に、四つの影が立っていた。

かつて小さな家で身を寄せ合っていた子供たちは、今、それぞれの夢に向かって歩き出そうとしていた。


「準備はいいか、みんな。ここからは別行動だ」


先頭に立つのは、黒髪の青年。  

背は高く伸び、腰にはボロボロの剣と……なぜか愛用のフライパンを下げている。  


成長したレンだ。彼は自分の能力を過小評価したまま、世界を知る旅に出ることを決めた。


「僕は冒険者ギルドで、一番下のランクから地道に頑張るよ。……みんなみたいに強くないから、ソロで薬草採取から始めるつもりだ」


「ハハッ! レンは慎重すぎだろ!」


隣で豪快に笑うのは、燃えるような赤髪の偉丈夫。背中の大剣よりも、その拳の方が凶器に見える。  

タツヤ。彼はその有り余る力を試すため、帝国の騎士団への入団を決めていた。


「俺は騎士団に入って、一番上まで登り詰めてやる。……国の守り方ってやつを、俺流に叩き込んでやるぜ」


「あら、筋肉ダルマの騎士様なんて、暑苦しいですわ」


優雅に髪をかき上げるのは、銀髪の美女。

ギルドの制服に身を包んでいるが、その背中の翼は隠蔽魔法で見えない。  

ミカ。彼女は王都の冒険者ギルドで「受付嬢」として働く道を選んだ。


「私はカウンターの中から、この国の経済と情報を『浄化コントロール』しますわ。……悪い冒険者がいたら、笑顔で教育的指導をしてあげませんと」



「ん! りら、がっこう、せいふくする!」


そして、中央で仁王立ちするのは、可憐な少女。

真新しい魔法国家が運営する魔法学園の制服を着ているが、その影には強大な魔王の幻影が揺らめいている。  

リラ。彼女は最年少での学園入学を果たし、早くも「裏番長」になる気満々だ。


冒険者、騎士、受付嬢、学生。  

進む道は違えど、彼らの心は一つだ。


「いってらっしゃい!」


背後から、変わらない優しい声が聞こえた。  

アリスが、エプロン姿で手を振っている。


数年経っても、彼女の見た目は全く変わっていない。


相変わらず「年齢不詳の最強ママ」だ。


「タツヤ、喧嘩しちゃダメよ(お城を壊さないでね)。ミカ、愛想笑いも仕事よ(ビーム撃っちゃダメよ)。リラ、お友達と仲良くね(手下にしちゃダメよ)。……そしてレン」


アリスは、一番心配そうな顔でレンを見た。


「危なくなったらすぐ逃げるのよ? 貴方は『普通の子』なんだから、無理しちゃダメ。困ったらすぐママに言いなさい」


「もう、ママったら過保護なんだから」


レンは苦笑し、でも嬉しそうに振り返った。  

自分が「普通」の基準を大きく超えていることには、まだ気づかないまま。


「行ってきます、ママ! ……僕たちがそれぞれの場所で、最高に輝いてみせるから!」


最強の家族が、世界各地へと散らばっていく。  

それは、この大陸全土を巻き込む、新たな伝説の始まりだった。


(第一部 完)

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