スカウトマンは、女悪魔のうんちくを聞く。
蔵書殿は、アインスの書状とツヴァイのおかげで顔パスだった。
どうやらツヴァイは暇な時に気まぐれに転移魔法でここを訪れているらしい。
人が呼びつけた時は魔力の消費がどうだと文句を垂れていたくせに、自分が楽しいことのためには惜しまないその態度は非常に彼女らしいとは言えるが。
「何でだ?」
「ここには古今東西の魔導書が揃っているのでね。特に奥の秘書に関してはここが設立される以前……王国時代からのものらしい」
「古い魔導書が役に立つのか?」
イストは首を捻った。
知識というものは常に更新され続けるもので、過去の遺物が役に立つ場面というものがあまりピンとこない。
神器……例えばカイが持つ聖剣レーヴァテインのような武器であれば納得も出来るが。
「もちろん、貯蔵されているものの大半は古びたガラクタだ。不完全な写本も多く、処理をしていないために紙が劣化して旧魔導文字から書き直された際に解釈違いを起こしているものもある」
ひっそりと静まり返り、埃くささに似た匂いを漂わせるエントランスを歩きながら、ツヴァイはこちらに流し目をくれた。
「が、稀にそうしたものの中に、宝玉にも勝る輝きを持つ遺失魔法を記したものや、現在よりも優れた魔法技術を記したものが存在する」
「へぇ。例えば?」
「ジク、というゴーレム使いの遺した断片的な覚書書などがそれだな。意思を持つゴーレムが昔存在したらしい。本当か嘘かは分からないが、設計図を見ると実際に存在していた可能性はある」
言いながら、蔵書のある大部屋に足を踏み入れると、カイがそれらを見上げてポカンと口を開いた。
「ふわー……なんかすげぇ……」
「これは確かに壮観だの」
ミロクも何か感じることがあったようで、少年の言葉に一つうなずく。
蔵書室の中は、一面が本で埋め尽くされていた。
魔王城の大広間にも勝る空間に、天井近くまでそびえる書架が壁一面に並び、いくつかの螺旋階段の中心にある円柱も本棚になっている。
上階の書架に通じる階段などの下にもまた本棚が立てられており、さながら本の迷宮とでも呼べるような様相だ。
その中を、静かに多くの人々が行き交い、同じ本を見て何か小声で会話をし、読書を行うための大机の島で本を読み耽ったりしていた。
そうしたものに興味のないフィーアはあくびをしているが、彼女にいつも付き添っている幼竜ラピンチは、キョロキョロと忙しく周りを見回していた。
「秘書庫は奥だ」
そんな彼らを意に介さず、ツヴァイは慣れた様子で歩を進める。
「後は、『九頭蛇』という者が記した神話集や魔導書などは、私も数冊しか見つけていないが、おそらくこの世の至宝とすら呼べる類いのものだ」
「どんな事が書かれていた?」
「転移魔法の記述や、神器の生成過程の研究、魔法論理の本質に至るまで多岐に渡る。ボクはあれに関しては、一人の人間が記したというのはにわかに信じ難いね」
「……でも、そいつが書いたって記してあるんだろ?」
「王国時代の秘術を記す際に、そうした名前を使うという取り決めがあった可能性がある、という話だよ。でなければ、その著者は化け物だ」
「へぇ、お前さんがそこまで言うなら相当だな」
上位悪魔であり、こと魔導に関しては下手をするとアインスを凌ぐほどの知識と練度を誇る彼女なのである。
「天地の気への言及や魔力操作など、基礎理論のみではなく、応用魔法やスキルに関する記述も多くある。その中の一つを例に取るのなら、戦士や拳闘士の使う〝向上系スキル〟のルーツは『九頭竜』……旧王国時代に確立されたものと見て間違いがない」
興が乗ってきたのか、ツヴァイが少しずつ早口に、そして饒舌に喋り始めた。
彼女はこと魔法に関しては変態的なほどの識者である。
ーーーヤベェな。
こうなると長々と魔法の話を聞かされるハメになるが、口を挟む言い訳となる秘書庫の入り口はまだ先だ。
「元々向上系スキルは魔導士……現在の魔道士が攻撃系と防御系に分化する前の職種につく者が稀に扱えたと言われる、他者をも強化する補助魔法と呼ばれるものが起源だ。元々魔法として扱われていたそれを、誰でも扱えるように細分化、体系化したものの原図と使用法が記されている」
「……へぇ」
「お前も散々世話になっている身体能力向上も同様のスキルだよ。ボクの扱う遺失補助魔法『全能力向上』や『魔力の器拡大』もそれらの魔導書で知ったんだ」
「マジかよ……」
知っているスキル名を聞くと、それは確かに凄そうだ。
「だが、かつて同時代の魔王と勇者の英雄譚などには『九頭竜』の名前は一切出てこない。アインスの言っていた『ザツヨー・ガカリ』の名前も同様でね。だから楽しみなのさ」
「何がだ?」
「そういう、存在したかどうかも分からない化け物が、邪神について言及しているというのなら……そうしたものが本当にあるのなら」
ツヴァイは生き生きと、秘書庫の扉の前で話を締めた。
「ーーー真の歴史の闇とやらに触れる、絶好の機会だろう?」




