31.ジャスミンと子猫
アリエルさんと稽古をする予定だったんだけど、そのアリエルさんが起きてこない。
というわけで、私はジャスミンさんと森へ来ていた。
私の前を走っているジャスミンさんが振り返って、大きく手を振る。
「こっちだよ、クロエ!」
「待ってくださいジャスミン様」
「遅い遅い~!」
お屋敷を出てから、ずっとこの調子である。
ジャスミンさんは休むことなく、私に一度も追いつかれることもなく走り続けていた。
私も魔法使いとはいえ、冒険者の端くれ。普通の人と比べると体力には自信がある。だというのに、少し息が切れてしまっていた。
ジャスミンさんの底なしの体力に驚愕である。
しかも、おそらくトレーニングによってついた体力ではなく、毎日こうやって走り回っているから自然と身に付いたものだろう。
……魔法で身体能力を軽く強化できるようになったら、恐ろしいことになりそうだ。
「ジャスミン様、どこまで行くんですか?」
「もうちょっとだよ!」
「けっこう奥まで来たと思うんですけど……」
「もうちょっとだって!」
心配になって、ちらと後ろを見る。
街の一角が入り口になっていたのだけど、もう街は何も見えなくなってしまっていた。
周りを見ても木や草、花ばかりである。
たしかに、動物たちが伸び伸びと育つにはいい環境かもしれない。
けど遠い。ただただお屋敷から遠かった。
これを毎日のように……というか、昨日ジャスミンさんはお昼にお屋敷に戻ってまた来ていたようなので、これを二往復したということか。
……単純にやばい。
果たして私は、アリエルさんが準備できるまでにお屋敷へ戻ることはできるのだろうか。
「クロエ、着いたよ!」
やっとジャスミンさんが足を止める。
近くに子猫がいるとのことなので、私は忍び足でジャスミンさんの隣に並んだ。
「どこにいるんです?」
「ここの奥だよ。静かにね?」
「はい」
ジャスミンさんが茂みの一つをかき分けた。
その先に、母猫と身を寄せ合う小さな小さな三匹の白い子猫がいた。
私とジャスミンさんを不思議そうに見つめて「ナー」と鳴く。
「か、可愛い……」
「でっしょ~?」
「はい……これは、すっごいですね」
「癒されるよね!」
ジャスミンさんは準備していたエサとミルクを母猫の近くに置いた。
母猫も慣れているのか、ジャスミンさんを警戒することなく食べ始める。
しばしジャスミンさんと和む光景を見つめる。
子猫たちの成長を見守るというのは、毎日の癒しになりそうだ。
……私は四姉妹に魔法を教えて、四姉妹に成長してもらいたいんだけど。ちらとジャスミンさんを見る。緩んだ柔らかな顔をしていた。
せめて、この子猫たちが大人になるまでには魔法を覚えてもらいたいなぁ……。
「……ん?」
不思議な感覚に襲われて、私は周りを見渡す。
何か、変な感じ……。
直後、小鳥たちが一斉に飛び立ち、木の枝や葉が揺れる音がした。
「ジャスミン様。あっちにも何かいるんですか?」
「へ!? な、何だろ……知らないかな!?」
「そうですか……」
「う、うん! あ、えっと! クロエはそろそろ戻らなくて平気!? アーちゃん起きたんじゃないカナ!?」
「あっ、たしかに……」
戻る時間を考えたら、そろそろ戻ったほうがいいかもしれない。
私も準備をしたいし。
真っすぐ帰れるとも限らない。
「すみません、ジャスミンさん。戻りますね」
「うん! アーちゃんをよろしくね!」
できれば、ジャスミンさんともよろしくしたいのですが……。
当然のように、ジャスミンさんは一緒に戻る気はないらしい。
手を振るジャスミンさんに見送られながら、私は来た道を帰ることにした。




