140.アリエルとクローバー
「アリエルさん」
「アリエル姉様」
私とベルさんが呼びかけに反応して、アリエルさんが振り返る。
アリエルさんと話をしていたカイルさんの挨拶に私たちも返した。カイルさん、今日も歯がめちゃくちゃ白い。
アリエルさんは末の妹の姿を捉えると、少しだけ表情を和らげた。
「お、ベルじゃねぇか。と……」
それから私に視線を移す。
「……お前もか」
「さっきまで二人で書店に行ってたんです」
「ふーん。あっそ」
興味なさげににべなく言うアリエルさん。
ベルさんが、アリエルさんとニカッと白い歯を見せて笑みを浮かべるカイルさんとを見比べて尋ねる。
「アリエル姉様は、なに、してるの……?」
「ん? オレはちょっと新しい剣をな」
「新しい剣」
アリエルさんの手元に視線を落とすと、たしかに今は2振りの剣を持っていた。
一方はもちろん、今までアリエルさんが肌身離さず持っていたお母さんの形見の剣。こちらは定位置である腰に携えられている。
もう一方。
まさに手に持っているのは、今受取ったばかりといったピカピカの真新しい剣だった。
以前、アリエルさんと一緒にお出かけをしたときにカイルさんのところで注文していた剣が完成したらしい。
私の視線に気づいたアリエルさんが手にしている剣をちらと見て首肯した。
「前に頼んだ剣ができたっつうから、受け取ったところだ」
「へぇ! 見せてくださいよ!」
「あぁん? なんてお前に見せなきゃいけねぇんだよ」
「だって注文しているとき、けっこうカイルさんと話してたじゃないですか。どんな剣なのか気になりますもん」
「お前が剣を見ても仕方ないだろ」
「そんなことないですよ」
「はあ?」
怪訝そうに眉を寄せるアリエルさん。
たしかに魔法使いの私は剣に詳しいわけでもないし、必要なわけでもないから、気持ちはわからなくもない。
長い剣だと邪魔になるから、短剣を持ち歩いているわけだし。
「最近、短剣じゃなくて長い剣にしたほうが良いのかなぁって思ってまして。参考までに見せてほしいなと」
「あぁもう、わかったよ」
アリエルさんは諦めたように大きなため息を吐き出した。
「……勝手にしろ」
ん! と半ば押し付けるようにアリエルさんから新しい剣を受け取る。
当然、私の短剣とは比べ物にならないずっしりとした重さだ。
黒と銀のシンプルなデザインの鞘を眺めて、次は刃を見るため剣を引き抜く。といっても、街中なので鞘から三分の一ほどだけ。
「なんか、ちょっと黒っぽくて、赤い……?」
一緒に剣を覗き込んでいたベルさんが小さく言って、私はうなずく。
アリエルさんのお母さんの肩身の剣は綺麗な銀色だけど、この剣は銀と言うよりは灰色や黒色に近い。そして、剣身の中央は薄っすらした赤色がグラデーションのようになっていた。
この赤色と黒色……もしかして、獄炎石?
いや、もしかしなくても獄炎石だろう。私の持っている短剣にも使用されているものだ。間違いない。
またの名を、この世で一番炎に強い物質、とまで言われている鉱物だ。
「…………」
たらり、と冷や汗が出てきた。
この剣を簡単に説明するならば、火を使う魔物と火の魔法使い絶対に殺す剣といったところだろうか。
いやいや。まさか、ね?
今の私はただの指導役ではなくて、四姉妹の属しているファミリアのマスターでもある。
さすがのアリエルさんと言えども、私を倒そうとかボコボコにしてやろうってつもりで、発注したわけではないはず……。
きっと、たぶん、おそらく……。
ちらっとアリエルさんを見ると、「んだよ」とでも言いたげに軽く睨まれた。
獄炎石は炎に特別強いことで知られているけど、それに加えて剣の強度が増す側面も持っている。
強度を上げるためだけなら、別の鉱石でも構わない。だけど、この剣みたいに綺麗な赤色を出すには獄炎石を使うしかない。
それらの理由でアリエルさんは獄炎石を使うように依頼したのだろう。そうだと信じたいぞ。
それはそうとして。
獄炎石は王国でも限られた場所でしか採掘されない希少なものだ。それ故に加工できる鍛冶師も少ないと聞く。おそらく、王都でも数人といないだろう。
ということは、この剣を作ったのは、
「あの。この剣ってカイルさんが」
「アリエルお嬢様の注文ってなもんで、張り切らせていただきやしたぜ」
親指を立てて、笑顔を見せるカイルさん。
白い歯が輝くようで眩しい。
やっぱり、マスターであるカイルさんが直々に作ったのか。
「アリエルさん。これ、ものすごく値が張ったんじゃ」
「あん? 別にそうでもねぇよ」
「え、そうなんですか?」
希少な獄炎石の使用に加えて、マスターであるカイルさんが最初から最後まで作り上げた剣なんて、当たり前だけど安いはずがない。
並の冒険者には絶対に払えない金額である。
それは私たちも例外ではなくて、今までの依頼でもらった報酬では支払えないと思う。
アリエルさんとカイルさんは昔からの知り合いだし、サンズさんの娘と言うこともあって割引してもらえたのだろうか?
首をかしげている私に、カイルさんが苦笑を浮かべながら種明かしをしてくれる。
「代金は相場の5倍くらいの値段で父親に請求しといてくれ、と言われまして」
「えぇ……」
なるほど、その手があったか……。
それにしても五倍って。お屋敷が立ちそうな金額になるのではないだろうか。
アリエルさんには悪びれた様子は微塵もない。
「別にいいだろ。あいつ、ちゃんと払ったんだろ?」
「正規の値段ですが、先週、支払っていただきました」
「そっかそっか。なら、問題ねぇな」
サンズさんもアリエルさんが使っている剣が母親の形見だっていうのは知っているはず。
だから、アリエルさんがどういう理由で二つ目を作ろうとしたのかは、少し考えたらわかったと思う。
となれば当然、アリエルさんを呼び出して怒ったり、断ったりできなかったのだろう。それで文句の一つもなく支払った。
まぁ、もしかすると、娘からのおねだりを断れなかった、みたいなものかもしれないけど。
……値段がおねだりなんて可愛いものじゃないけど。
でも、娘とのコミュニケーションに飢えているサンズさんなら、喜んで支払ってそうだな……。サンズさん、可哀想だな……。
なんて思っているとベルさんが、
「あれ?」
「どうかしました?」
「ここ、なんだけど……」
ベルさんが指で示した剣の一部には、クローバーの刻印がされていた。おそらく、私たちのファミリアの名前にちなんで頼んだのだろう。
だけど、葉の数を数えると三枚でも四枚でもない。
五つ葉のクローバーなんて見たことがない。
存在するのだろうか?
「アリエルさん」
「あん?」
「これ、クローバーなんですけど、どうして葉っぱが五枚もあるんです?」
「――ッ!」
アリエルさんは目を見開くと、私から剣を奪い取った。
豹変してしまった様子に当惑する。
「え、ちょっと、アリエルさん?」
「し、知らねぇよ! 勝手にカイルがやったんじゃねぇのか」
名指しされたカイルさんは、予期していなかったようで「え!?」と声を漏らす。
「アリエルお嬢様が五つ葉にしてくれって言ってませんでした?」
「いや、まぁ、それは……」
「五つ葉なんてあるんですかって聞いたら、あってもなくても絶対五つにしろ! って」
「おい!?」
つまるところ、そういうことらしい。
四つ葉は四姉妹。それにもう一枚葉っぱが加わっているっていうのは……。
もう~、アリエルさんったら~。
不思議そうにしていたベルさんの表情も、今ではニコニコとしている。
一方のアリエルさんの顔は、まるで茹で上がったみたいに真っ赤になっていた。
私をキッと睨みつけてくるけど、いつものような威圧はどこにもない。
「うるせぇな! 悪いのかよ!」
「な、何もいってないじゃないですか……」
「ちっ、調子に乗んな!」
ぷいっと顔を逸らすと、アリエルさんはそのまま歩き出した。
「アリエルさん、どこに」
「帰る!」
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
「付いてくるな!」
「それは無理ですよ!?」
だって、同じお屋敷に住んでいるのだ。
私とベルさんは困惑気味のカイルさんにお礼を言って、急いでアリエルさんを追いかけるのだった。
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