99 太陽神の坊 9
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血涙の顔でできた壁は実在のものではない。
幻、あるいは死霊の類。
なんらかの力はあるが、それは直接的な被害を加えるようなものではないようだ。
シビリスが無事っぽいのでおれたちも顔壁を潜り抜けた。
すり抜ける瞬間、くちづけしそうなぐらいに近づいてしまうため、なるべく若そうな女性がおれの顔の所に来るように調節したのは男心だと断言したい。
どちらにしても血涙を流していて怖いのだが。
顔壁を抜けるとそこは普通に部屋……だったらよかったのだが、違った。
夜の村……だろうか?
星一つない曇天の夜だ。
「どう思う?」
「村だな」
背後にいるニドリナに聞いてもわかっていることしか言わなかった。
おれも彼女も夜目が利くので困りはしないが、先に入ったシビリスはそうではないようだ。ぎゃあぎゃあ騒いで地面の枯れ葉を撒き散らしているので【光明】の魔法を空に打ち上げた。
空に昇った三個の【光明】の魔法は白々とした光で村の姿を明確にする。
特徴と呼べるものが特にない。
井戸を中心にして寄り集まった家々と畑や家畜小屋。魔物避けの柵が少し心許ないのはそういった脅威が少ない村なのだろう。
太陽の下で見ればのんびりとした平和な村として見えたかもしれないが、闇をむりやりに押しのけた白い光の下では色彩が飛んで、生気の欠けた死の村でしかない。
「なんでこんなことするんだよ!?」
「……嫌がらせ?」
涙目で責めてくるシビリスにまじめに返すと、イケメンは絶望的な顔で立ち尽くした。
しかしまじめな話、どうしてこいつを連れてきたのだろう?
自分でも考え直してみるとよくわからない。奇跡が必要な場面があるかもしれないと思ったような気がするが、はたしてそんな場面があるのだろうか。
ていうか、こいつ程度が使える奇跡なんて【聖光】ぐらいではないのか? 確かにこの場面なら【聖光】は有効だろうが、その程度のことならおれはいくらでも代替策がある。
しかしなぜか、邪魔っぽいから影獣に突っ込んでおこうという気にはならなかった。
ニドリナにも黙殺されるかわいそうなシビリスは放っておくとして、改めて村を見回す。
さっきまでは誰もいなかった村に人の姿が見え始めた。
現実で考えたら、夜中にいきなり照明の魔法で照らされた様子を見に出てくるだろう。
だが、ここが普通の村であるはずがない。
次の瞬間、シビリスが悲鳴を上げた。
逃げようとしたのですぐに首根っこを掴む。
「こんなところで離れたら、見つけてやれないかもしれないぞ」
「だ、だ、だけど!」
「神官がアンデッドにびびるなよ」
呆れながら言う。
そう。
そいつらは生きている人間ではない。アンデッドと呼ばれる動く死体どもだ。
この村にいる人々は、みなアンデッドになってしまっているようだ。
アンデッドと一括りに言ってもいろいろいるが、村人たちは最下層のゾンビだろう。
そいつらに敵意というものがあるのかどうかはいまだにわからないが、無機物以外の同じではないモノに対して同じにしたいという欲求があるのは確かだ。
村人ゾンビたちは生者であるおれたちの気配を素早く察して同族に加えんと向かって来ている。
「おい、【聖光】ぐらいは撃てるんだろ?」
「あ、ああ……」
「なら、やれるだけやれ。それと、ニドリナ」
「なに?」
「これ使ってみな」
おれはニドリナに武器を渡した。
「これは?」
「こんな状況じゃ、得意の戦法はできないだろ?」
戦い方を変えると聞いたときから手持ちの武器を幾つか渡してみようと思っていたのだ。
今回はその中の一つ、レイピアを渡した。
金と銀で装飾された鞘と柄、抜き放てばその剣身は霧を放つ。ミスリル銀の剣身に水の精霊力を物質化した水晶石の粉末が塗布されているためだ。
「練習用だから希少級な。銘は……たぶん銀睡蓮だったはず」
「はず?」
「悪いが希少級の扱いは雑だ」
「……信じられん」
ニドリナは軽く首を振り、銀睡蓮の手応えを確かめた。
幼児体型ならぬ少女体型なニドリナでは普通の剣は扱いかねるだろう。だからレイピアにしてみた。
以前にも剣を持っていたが、あれはあくまでも飾りだった。本気で戦うときはナイフを使うのがニドリナだ。
いけそうなら他の武器やもっと重いものを渡してみてもいい。
「そういうわけで、がんばってみよう」
「なに?」
「とりあえずおれはこいつを守るから、ニドリナっちはゾンビどもをよろしく」
「ニドリナっち言うな」
「……ニドたん?」
「殺す」
「殺せるぐらい強くなったら、おれはその先を行ってやる」
舌打ちを吐いてニドリナがゾンビの群に飛び込んでいく。
レイピアを選んだのは、その軽さならば彼女の体術の妨げにはならないだろうという考えもあったからだ。
なので、あの程度のゾンビの群れに捕まることはないだろう。
ただし、倒す速度が追いつかず、ゾンビたちはこちらにもやって来る。
「ひぃっ!」
「ほら、悲鳴あげてる暇はないぞ。どんどん光れ」
おれに尻を蹴り上げられ、シビリスが【聖光】を打ちまくる。聖なる光を受けて近づいていたゾンビたちはその場で崩れていった。
よしよし、美形は輝くのが仕事だ。
「間違っても女を騙して奴隷商人に売るのは仕事じゃない」
「悪かったよ! だけど、借金で殺されそうになって、仕方がなかったんだ!」
「おれたち以外にも騙したのか?」
「あれが初仕事だった!」
「に、しては演技がうまかった。他でも誰かを騙してただろ?」
ゾンビはどんどんと迫ってくる。
その数は見えている限りの家に住んでいるだろう人間の数をはるかに超えて、百に達している。
ニドリナの剣光は見えているがその間を埋めるゾンビは多く、【聖光】によって焼かれるアンデッドの数は微々たるものだ。
うん、テテフィが使っていた【聖光】の方が眩しかったな。
「演技は昔からしてる! 昔から本心を隠すのがうまかったんだ!」
「それならどうして、ずっと演技をしていなかった?」
「いい加減、嫌になったんだ!」
そろそろ限界だな。
【蛇蝎】状態の黒号で近づいて来たゾンビを薙ぎ払う。とはいえあくまでも近づいて来たゾンビだけだ。
もちろん、その数はさっきまでシビリスががんばって倒したゾンビの数をあっさりと超えた。
「あんた……こんなゾンビたち簡単に倒せるんじゃないのか!?」
「うるさいな。ほら、どんどん光れ。で? なにが嫌になったんだ?」
「そんなのいま関係ないだろう!」
「ニドリナはまだがんばってる。こいつらやっつける程度、おれにとっちゃ訓練にもならない。だけど彼女にとっては武器習熟のちょうどいい相手だろう。ほら、そんなことより自分語りをもっとがんばれ」
おれの言い様にシビリスは自棄になって【聖光】を放ち、そして叫ぶ。
「ああもう! 演技は演技でしかないんだ! 神はおれを見捨てない代わりに愛してもいない。わかるだろう! こんなしょぼい光しか出ないんだ! なにが太陽神の神官だ! どれだけ修行しても、どれだけ親父の言う通りにしても、この光がこれ以上の輝きを見せることはないんだ。神はおれを笑いものにしたいだけなんだ! そんなもんにいつまでも付き合っていられるか!」
「いいねいいね、どんどん吐き出してしまえ」
そうやってシビリスを煽るおれ自身、はてどうしてこんなことをしているのだろうと首を傾げている部分がある。
良いところの坊に苦悩があるかどうかなんてどうでもいいことだ。
だが、なぜかおれはシビリスをこんなところに連れてきてしまっている。
そもそも、どうしてアーゲンティルの依頼を受けたのか?
いや、あの場で老人の依頼を受けて手打ちにするのは合理的だったはずだ。
だが、その老人にはちょうど困りごとがあって、おれたちが潰し合う運命はそのおかげで回避できた。大組織と個人の戦いになれば、あいつらはおれの弱点を突こうと必ずテテフィたちを狙うだろう。
それを回避するためにおれにできることは全員を殺すか、頂点との直接交渉しかなかった。
つまり、アーゲンティルの依頼を断る選択肢はおれにはなかったってことになる。
運命とか……アーゲンティルは言っていたな。
運命ってのは誰が操るもんだ?
そうだ。
神だ。
太陽神はどうして放蕩息子のシビリスを愛し、そして見限らない?
あるいは……。
そう、あるいはもしかしたら、全てはここへ来させるために?
おれはただの護衛役。
本命はシビリスだっていうのか?
いや、本当の本命はこのゾンビたちの奥で助けを待っているアーゲンティルの孫娘か。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! みんなみんな……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シビリスの叫びとともに【聖光】の光はどんどんと強くなっていき……。
そしてそれはついに、【光明】の白々しい光を覆い隠す黄金の輝きとなって、村に蔓延るゾンビを燃やし尽くしたのだった。
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