86 世界を壊す茶番劇 1
ただいまアルファポリスの「第11回ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。
よろしければ投票をお願いします。(2018/09)
そこに居続けたのはルニルにとって意地でもあり、そして試しでもあった。
外でなにかが起きている。
しかも大要塞を揺るがすような変事だ。外では戦士たちの騒ぐ声が響き、やがてそれも静まりかえっていった。
事態は落ち着いたのか、それともこの場に人を残す余裕もなくなったか。
そんなときにルニルの身内たちはなにをするか?
彼女はそれが見たかった。
そして、遂にそのときがドアを開けた。
「来たわね」
ルニルの言葉に四人の内、背後の三人は少し気まずい顔をした。
ただ一人、ナズリーンが冷たい表情を崩しもしなかったのは哀しかった。
後ろめたさを払うように武器を抜く後ろの三人を無視し、ルニルはナズリーンを見つめる。
「なぜです?」
どうしてこの四人は裏切ったのか?
「魔族との戦いに益はない。共にその結論に達したのではなかったのですか?」
「ええ、益はありません」
ナズリーンが頷く。
「嵩む戦費は国家予算を蝕み、数百年もの間、人類領から発展という言葉を奪ってきました。主戦場で失われた戦士たちの活躍があれば、魔物に苦しむ人々の数はもっと減ったことでしょう。人類と魔族、大要塞と主戦場。これがあるからこそ人類はまとまっていられるのかもしれませんが、同時にゆるやかな後退が起きていることも事実です」
「その状況を打破するためには魔族との争いをやめなければならない。結論は変わっていないはずです」
「しかし、このままでは人類が敗北します」
その言葉がナズリーンの口から出たとき、ルニルは「ああ」と内心で空を仰いだ。
やはり、魔族領の都市を見たときの衝撃が彼女たちの心を変えてしまったのだ。
そのような気はしていた。
だが、認めたくはなかった。
たとえ戦争での敗北を逃れたとしても、魔族領との交流が活発化すれば技術や文化の後進ぶりは瞬く間に見抜かれ、人類は魔族の下に置かれてしまうだろう。
そうなることをナズリーンたちは怖れたのだ。
「あなたたちもそうなのですか?」
ルニルの問いにケインたちも頷いた。
「平和が訪れるのはいい。だが、負けるのだけは許せない。おれたちは、奴らに負けるつもりはないんだ」
かつては大要塞に戦士として赴き、そしてそのために戦いに対してある種の狂気を刷り込まれてしまった彼ら三人。それに気付き、その業から逃れることを望んでいながら、しかし直前になってそうすることができない。
ここにルナークがいれば、さもありなんと頷くだろう。
あのダンジョンで魔族を見つけたときの彼らの態度を見れば、こうなることが当然だろう、と。
だが、ルニルはまだ諦めない。
「……一時の勝敗のために志の本道を見失ったというのですか?」
「敗北してしまっては、志を生かす道もないでしょう!」
戦神の神官として人生こそが戦いそのものであるとラランシアに教えられたのではないのかと、ナズリーンの叫びを見ていると思う。
「ルニル様が敗北するなど許されないことなのです。魔族との交渉などするべきではなかったのです。やはり人類はここで魔族との命運を決するべきなのです」
ナズリーンの目に宿っているもの、それはルニルへの狂奔的な愛だ。
性別と国家の事情との間で思い悩み、激発したルニルを見つめていたときと同じ目だ。怒りに任せて彼女の顔を傷つけ、そしてその傷を残して戻ってきたときと同じ目だ。
それを忠誠心だと思い込もうとしていたのが間違いだったのだ。
「……あなたが見ていたのはわたしではなかったのですね」
「え?」
「あなたが見たいわたしでしかなかったということですね。残念です」
「なにを……」
ナズリーンが焦る様子にケインたちも戸惑う。
「なにを言っているのですか? いまからでもまだ間に合います。ルニル様ほどの強い意思をお持ちの方であれば、必ずや人類領を立て直し、魔族との戦いに勝利を導くことができます」
「その邪魔をしたのは、あなたたちでしょう」
「ですから……」
「なにを言っても無駄でしょう」
それはこの部屋にいる誰のものでもない声だった。
「裏切ったくせにこんなことを平気で言えるような人ですよ。まともな会話が成り立つと思っているのですか?」
その人物はいつのまにかルニルのすぐ側にいた。
緩いウェーブのかかった金髪に碧眼の美女だ。
「吸血鬼だ!」
「あら、さすがに冒険者は見極めが早い。でも……」
武器を構えた冒険者たちに、しかし吸血鬼の美女はにこりと微笑むのみだった。
「わたしの主人はお許しにならないそうですよ」
次の瞬間、三人が床へと落ちていった。
悲鳴を残して姿を消す三人に、振り返ったナズリーンが表情を引きつらせる。
ルニルには見えないが、きっとそこには普通ではありえない恐ろしい光景が広がっているのだろう。
「ひっ!」
硬直したナズリーンがようやく悲鳴を吐き逃げだそうとしたのだが、そのときには美女の姿はドアの前に移動していた。
そのときになって、ルニルは部屋の中を薄く白いものが漂っていることに気付いた。
「吸血鬼の霧」
聞いたことがある。霧の中の吸血鬼は自由自在に移動することができると。
「神官が吸血鬼を怖れていてはだめでしょう?」
吸血鬼はにこりと微笑み、そしてそれから「ああ……」となにかを納得した。
「あなた……」
「言うなっ!」
ナズリーンが必死な顔で叫ぶのがわからず、ルニルは傍観するしかなかった。
あの吸血鬼はルニルを守ろうとしてくれている。そして主人と言っていたし、ケインたちのことを許さないとも言った。
それらのことから、彼女を使役しているのはルナーク……勇者アストなのだろうと推測した。
しかし、吸血鬼が見抜いたナズリーンの秘密とはなんなのだろうか?
ナズリーンの叫びにむしろ吸血鬼は嗜虐心を刺激されたようだ。
「神からの愛を失いましたね?」
「…………」
「わたしも以前は神に仕えていましたからね。おかしいと思ったのです。あなたの行動は一貫性がない。戦神の神官が仕えると決めた相手の戦いを肯定しないなど、ありえないことですもの」
「……黙れ」
「神の愛よりも大事なものを見つけてしまいましたの? ですが人というのは神とは違って教典というものがありませんものね。あなたの中の新しい教典に矛盾が生まれたからといって、それを相手の責任にするというのは間違いなのではないですか?」
「吸血鬼が! 黙れぇぇぇぇ!」
「黙るのはあなたです」
飛びかかってきたナズリーンの手をさらりとかわし、吸血鬼は彼女の首に噛みついた。
ナズリーンはびくりと震えると、それからほとんど体を動かさなかった。麻痺の魔法か毒を受けたのか。
吸血鬼は血を啜る。噛みついた喉の辺りでわずかに血が溢れるが、それは床に落ちる前に牙へと引き戻されていく。
奇怪な吸引が行われる中、ナズリーンは見開いた目を血走らせ、涙を流していた。微かに震えた唇はルニルにたすけを求めていたかもしれない。だが、ルニルは動かなかった。
そこに恨みや憎しみを晴らすという感情があるのかどうか、ルニルにもよくわからない。
だけど、慈悲心を出す気にもなれない。
乾いていくナズリーンを見ながら、ルニルは自分がしようとしていることがどれほど険しい道なのかそれを改めて思い知らされていた。
†††††
空から舞い降りてきたラーナにおれは問いかける。
「おれはてっきり、策にでもひっかかったのかと思ったぜ」
「策?」
「魔族と交渉を持ったおれたちの情報を流し、大要塞を中から混乱させる。で、その隙に奇襲だ。塹壕帯を一掃する方法はあっても、隙は作った方がいいだろうからな」
なんだかんだ言ってもラーナは為政者だ。情よりも実を取ることを選ぶこともあるだろう。
だが、おれとしてはまったく面白くない話だし、それをおれが裏切りと取る可能性だってあった。
「それで、いまはどう思っているの?」
「まぁ、おれたちのことをばらしたのは身内だったし、これはラーナの関知しないところかなと」
実を言えば、その可能性を考えたときに一度はキレそうになった。
だが、ふと思い出した言葉があったのだ。
誰もが期待通りに動くわけではない。
それは自分にとって都合の良い世界などないということでもあるのだろう。
おれにとっても、そしてラーナにとっても。誰にとっても。
なら、こういう間の悪いことだって起こるかもしれない。
「そうね。そう思ってくれるのならうれしい。でも、それならもう少し手伝って欲しいことがあるの」
「うーん、そうだな」
「だめ?」
「報酬次第だな」
「それでいいわ」
「なら、決まりだ」
報酬内容も聞かずに了承するラーナにおれは笑い、依頼内容に耳を傾けるのだった。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




