84 路傍の石のように 4
ただいまアルファポリスの「第11回ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。
よろしければ投票をお願いします。(2018/09)
ゴブリンが怒りで表情を歪ませる。
その表情の深さは人類領で見るゴブリンには見られないもののように思えた。
やはり、教育や文化というのは複雑な精神性を醸成するのに必要な要素であり、原始的な生活では感情は最低限のものしか発達しない、ということなのだろう。
と学術的なことをわかった気になりつつ、おれは剣に戻った黒号でクウザンのナイフを受け止める。
「そうか、やるのか」
おれは乾いた声をかけクウザンを押し返す。
その体に着ているのはゾ・ウーが開発したという鎧だろう。鎧というよりは衣服だが、その身体強化効果はただの鎧では得られないものがある。
「キシャッ!」
素早い連撃を黒号で弾き返す。
確かに速い。だが、獣王とハイエルフの連携を経験した後ではさほどのものではない。
幻覚を見せる霧を使ってくるようだ。聖霊製の霧は実体に近い幻を生み出すようだが、やはり差は存在するし、霧はあくまでも霧だ。放っておいても肌に傷さえ付かない。
幻覚なんかより、肉食性の霧とか毒性とかが付与している方が怖いだろう。
おれのその考えが届いたわけでもないだろう。あるいは幻覚というのはクウザンの理想の途中経過であったのかもしれない。
【聖霊剣現】
魔力を吸い取って成熟した聖霊が巨大な霧の獣を作り出す。
【霧刃牙狼】
さきほどまでとは違う雰囲気に、これは実体を持っているなと判断し黒号を構える。
黒号【真力覚醒】・【滝斬り】
伝説級に昇華した黒号を強化し、剣聖技をもって霧の獣を迎え撃つ。
滝の流れを断つ一閃は霧の獣を両断し、その中に隠れていたクウザンをも頭から真っ二つに割り、床にその中身をぶちまけさせた。
残心で体内に凝った技の余韻を払っていると、手の中の黒号が震え、周囲の霧を喰らっていることに気付いた。
霧はクウザンの魔力であり、そして聖霊でもあるはずだ。
はたして喰らっているのはどちらなのか。おれの魔法を喰らってこうなったのだから、あるいは聖霊だって喰らうかもしれない。しかも剣身の一部を勝手に【蛇蝎】に変え、クウザンに向かっていく。ゴブリンの肉を喰うのかと思ったら、例の衣服を剥ぎ取り吸収した。断ち切った全てを喰らっていく黒号が将来的にはたしてどんなものになってしまうのか……そんなことを想像しつつ鞘に入った待機状態に戻して腰に吊るすと、セヴァーナに近寄った。
「おーい、大丈夫か?」
「……どうして?」
「うん?」
「どうして、わたしを助けるの? わたしなんて、死んだ方がすっきりするでしょ?」
「おお……この状況で自分のこと優先か? なかなか我が儘だな。嫌いじゃないぞ」
「茶化さないで!」
茶化すつもりはなかったんだが、セヴァーナは怒って睨み付けてきた。
「わたしたちを憎んでいるんじゃないの? 恨んでいないの? 殺したくはないの!?」
ヒステリックにそう叫ぶセヴァーナを見て、おれは新鮮さを感じていた。
あのお高く止まっていたセヴァーナがこんなにも表情を変えている。それを見ているだけで新鮮な驚きを感じ、そしてどこかでスッキリともする。
ざまぁみやがれ……って奴だろう。
「……なにも殺すだけが復讐ってわけじゃないだろ」
「なんですって?」
「おれを排除してまで維持しようとしていたものがいま、ぶち壊れようとしている。それを立て直すのは誰だ? こんな様を見せているんだ。お前らじゃないのは確かだろ?」
「……あなたより強い人はいないわ。さっきのクウザンだって、あんなに強くなる前でも他の三人とも戦って決着を付けていなかったんだから」
セヴァーナの話では、勇者と魔太子の実力は得意分野の相性で優劣が付くことがあっても、はっきりとした勝敗が付くことはなかったという。
「……あなたがこの場を救う。それは確かにユーリッヒにとっては歯噛みするほど悔しいことでしょうね。でも、わたしにとっては……」
「そうか。ユーリッヒが悔しがるか」
セヴァーナはまだなにか言いたげだったが、それよりもユーリッヒが悔しがると聞いておれは楽しくなってきた。
「それならこっから先もやる価値があるってもんだな」
「だけどわたしは、悔しくはないわ」
「うん?」
「わたしは悔しくない。あなたが強ければ、わたしが必要ないと言われる日が来るのなら……それは……」
なにかを言いかけ、セヴァーナはそこで止まった。
見た感じ戦いに嫌気が差しているのは確かだ。
おれの活躍で解放される日が来るのを望んでいるのか?
「へぇ……てことは、セヴァーナの苦しみはまだまだ続くってことだな?」
「え?」
「ならやっぱり、殺さないことがお前への復讐になるってことだな?」
おれのその言葉にセヴァーナはせっかくの美人を台無しにするぐらい青白い顔をしてこちらを見てくる。
それを確認してから彼女に背中を向けた。
まったく……めんどくさい女だな。
素直にありがとうって言えば可愛げがあるものを。
まぁ……そんなことができたなら、ここまでめんどくさいことにもなっていないわけか。
そんなことをひとり納得しつつ、おれは城壁から飛び降りてユーリッヒが戦っているクレーターの中央へと向かった。
†††††
ドワーフの魔王ゴ・ア・ディザムニアと戦うのはこれが二度目だ。
偶然に出くわしたディザムニアと戦ったユーリッヒは重傷を負いながらも魔王に一撃を浴びせ、彼を撤退させることに成功した。
そのときの傷を残したままのディザムニアはその体躯に見合わない巨剣を振り回し、ユーリッヒを圧倒する。
「はっはっは! どうしたユーリッヒ。前のときのような窮鼠はもはや通じんぞ」
「くっ!」
避けるのが精一杯なユーリッヒには言い返す余裕もない。
魔王ディザムニア。別名は鉄塊王。その名の由来は鉄塊のごとき巨大武器を好むところにある。
巨剣しかり……。
「ほれ、そこは危ないぞ」
「っ!」
地面を爆発させながら現われたのは巨大な鉄の顎……トラバサミだ。
猛獣を捕らえるはずの罠はそのサイズから処刑器具と成り代わり、ユーリッヒの胴体に噛みつこうとしている。
【陽身】
一瞬、自身の体を光に変化させてその場から逃れる。太陽の聖霊を憑依させたユーリッヒにだからこそできる究極の回避技だ。
だが、魔力の消費も激しい。
少し離れた場所に現われたユーリッヒだが、削り取られた魔力の分、体が重く感じた。
死の代わりだと思えば安いものだが、このままでは死をほんのわずか遠退かせただけでしかない。
「逃げろ! ユーリ!」
潰れた声が精一杯に叫んでいる。
ザルドゥルが全身から血を流しながら弓を構え、矢を放つ。
彼の叫びに呼応したようにオーガ部隊と戦っていたグルンバルン帝国とファランツ王国の戦士たちがこちらに向かってくる。
「ユーリッヒ様をおたすけするのだ!」
その言葉を連呼し、戦士たちが群がってくる。オーガ部隊は後を追おうとしていたのだが、それが急に止まった。
逆にオーガたちはこちらから距離を取ろうとしている。
嫌な予感しかない。
「逃げろっ!」
「もう遅いわ」
ユーリッヒの叫びをディザムニアが笑う。
【天怒来鎚】
突如空中から現われた巨大な鉄塊が二つの国の戦士団をまとめて叩き潰した。
「はっはっ! 確かにこれはすごいな。副作用を怖れなければもっと使っていたいぐらいだ」
「陛下、言葉が過ぎますぞ」
ディザムニアの言葉をグアガラダインが諫めるが、魔王は止まらなかった。
「かまうものか。この場にいる者で生き残る者は誰もおらんのだからな」
「ですが」
「わかった。もう言わぬ。お前はあそこの死にかけを片付けておけ」
「はっ」
グアガラダインがザルドゥルへ、そしてディザムニアがユーリッヒへと再び向き合う。
「さて、傷の仕返しはこれで終わりだ。だが、この傷はこれからも残しておこう。そなたへの褒美だ。魔王を傷つけた者としてあの世で誇るがよい」
「ふざけるな!」
こんなところで死ぬ気はない。
凄まじい力を見せつけられようとも、必ずそれを超えていってみせる!
「はっはっ! なかなか見事な反骨精神だが、いまのお前が覆せるような半端なものでは……ぬ?」
そこでディザムニアの言葉が止まり……。
そして突然、巨大な音が背後で響いた。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




