78 風は暗所より 2
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ザルドゥルが大要塞にいるように、他の三人も残っていた。
元より彼らは交代する気はなかったのだ。
タラリリカ王国の不審な動きを察知し、その決定的な証拠を掴むために勇者たちは集まっていた。
そこにルナーク……勇者アストが混ざっていたことが計算外だったのだ。
「それで、証拠は掴めたのか?」
ユーリッヒの問いにクリファは肩をすくめた。
「どうかな。接触していたと思われる場所は見つけた。なんらかの魔法が使われた大岩の中だ。だけど、その大岩を壊すことは出来なかったそうだし、例の二人を捕まえることが出来たのは大岩を出てから。中にいたかもしれない魔族を捕まえることは出来なかった」
「では、証拠不十分だな」
「だけど今回は内通者を手に入れることが出来た。実際に魔族領に入ったルナーク王子……本物の方ね。あ、でも彼は彼女で姫なのか。面倒だな。姫でいこう。内通者は姫の側近だ。証拠能力は十分じゃないかな」
「それなら……いいのだがな」
ユーリッヒの重いため息、そして沈黙を続けるセヴァーナに、クリファは理解不能と二人を見た。
「どうしたんだい? 君たちを悩ませていた二人を捕まえたんじゃないか。もう少し明るくなってもいいんじゃないかな?」
「…………」
「…………」
明るく振る舞うクリファに対し、ユーリッヒもセヴァーナも無言を通す。
その態度に耐えかねて、クリファは舌打ちを吐いた。
「つまらないな。せっかく目障りな奴を捕まえたのに浮かない顔だ。いっそいたぶりにでも行けばスッキリするんじゃないのかい?」
「ザルドゥルが接近を禁じている」
「それも気に入らないよね」
ユーリッヒの答えに、クリファはさらなる怒りを宿す。
「なんであいつがリーダー面なんだよ! 年上だからって偉そうに!」
「おれに異存はない」
「わたしもよ」
つまり、ザルドゥルがリーダーを務めていることを気に入らないのはクリファだけだ。そのことを表明され、彼は椅子を蹴飛ばした。
「まったく……つまらない!」
そう言い捨てると、クリファは部屋を出ていった。
「……うるさい奴だ」
「根は誰よりも単純。戦場にまだ出ていないから不満が溜まっているのよ」
「そうだな」
「……ねぇ、彼のこと、どうするの?」
セヴァーナからの話題にユーリッヒは顔をしかめる。
「どうする? なにもしないに決まっているだろう。どうしてあいつのことでおれがなにかしないといけない?」
「でも、殺そうとしたではないか?」
「ああ、した。そして失敗した。腹立たしいことにな。そしていまは大要塞に捕まっている。おれがなにかをする必要はない。あいつは勝手に死ぬ」
「死ぬと思っているのか?」
「なんだと?」
「あの場所からも生きて帰ったあいつが、本当に死ぬと思うか?」
「では、どうなると思っている?」
「……わからないわ」
「それなら、どうしたい?」
「それだって、わからない」
なにもわからない。
セヴァーナはもう、自分で判断することが出来ない。
自らの内に『勇者』を見出され、ただの貴族の娘でいられなくなったときからセヴァーナは自分で考えることなんてできなくなっていた。
その不安をかき消すためには全てに対して頑なな態度を貫くしかなかった。
自らの周囲に壁を造り、全てを見なかったことにする以外、自分を守る術がなかったのだ。
そんなセヴァーナの壁に穴を開けたのが、勇者アストの一件だった。
勇者は貴族から探すという……いつの間にかできあがっていた慣例を打ち破って現われた庶民の勇者。
神官の気まぐれに付き合わされて運命を狂わされたかわいそうな庶民。
セヴァーナのお付きたちが悪し様に彼をなじるのを見て、アストが場違いな人間であることはわかった。
それなら、戦神の試練場で諦めるように促そう。
いつもより冷たく扱えばそうなるに違いない。
セヴァーナはそう考えた。
ユーリッヒと相談したわけではなかったが、彼も似たような扱いをしていたのでそうなる日は近いだろうと思った。
だが、彼は結局、心折れなかった。
セヴァーナとユーリッヒ、そのお付きたちの冷たい扱いに屈することなく、地下迷宮の探索に付いてくる。
お付きたちが根回ししたことで街の者たちもアストを冷たく扱うようになった。
それでも、アストがセヴァーナたちの前から消えることはなかった。
周りの望むままに生きてきたセヴァーナからしたら、全てに抗おうとするアストの姿は信じられないものだった。
アストの強さの理由を知りたいと思うようになる一方で、流れに逆らう彼の存在を認めたくない気持ちもせめぎ合っていた。
そして遂に十五階層に辿り着き、あの事件が起きる。
落とし穴が閉じられていく様をユーリッヒに引きずられながら見ることになったセヴァーナは彼が死んだことを確信した。
自分たちが大きな間違いを犯したと思う一方で、これでよかったのだという気持ちもあった。
アストを見ているうちに、自分の中で起きている変化にセヴァーナは気付いていた。
他人に願われるままに行動するだけが人生ではない。
貴族と庶民、いま生きている社会が人間を二つに分け、そしてセヴァーナに息苦しさを感じさせている。
それははたして正しいことなのか?
こうなりたいと思い、行動することも許されるべきなのだ……と。
だけど、セヴァーナはいまだにここにいる。
戦いは自分に合わないと思いながら、ではなにがしたいのか? という問いには答えられない。
その中途半端さがかつてあったセヴァーナの壁を弱くし、心を削っていく原因となっていることもわかっている。
だがもはや、セヴァーナにもその壁を元に戻す方法はわからなかった。
「……もう、あいつのことは忘れろ」
「え?」
黙り込んでいるとユーリッヒがそんなことを言った。
「覚えていてなんになる? 奴がいたからとなんになる? おれたちの世界は変わらない。いや、変えてはならないんだ。それが世界の安定するための最善策なんだからな」
「……そうね」
殺そうとしたくせに。
形だけは頷きつつも、セヴァーナは内心でそう吐き捨てた。
セヴァーナにそう言っておきながら、ユーリッヒこそが誰よりもアストの存在を気にしている。
セヴァーナが彼に憧れのような感情を抱いていたのだとすれば、ユーリッヒのそれは嫉妬と憎悪だ。
「奴はただの例外だ。世界の安定はおれたち貴族にこそかかっている。それが世界の真理だ」
その例外が許せないのでしょう?
自分よりも強い庶民がいることが許せなかったのでしょう?
本当はもっと早く消したかったのに、普通の暗殺で彼がいなくなるのも誇りが許さなかった。
だから『勇者』としての自分が優れていることを認めさせたかったのに、結局そうすることが出来なかった。
そしていまはもう、そんなことも忘れて暗殺者を使って、それさえも失敗したくせに。
わたしよりも壊れているくせに、どうしてそんなに取り繕っていられるの?
「どうせ消える。あいつは消えるんだ」
そんな呟きを繰り返すユーリッヒから目を反らし、セヴァーナも部屋を出るのだった。
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