62 大要塞のひきこもごも 2
「ねぇどんな気分? 気持ちよく啖呵を切ったつもりでやり返されるのはどんな気分?」
本当に、ニドリナはおれが失敗するのが楽しくてしかたがないらしい。
おれを始めとしたいつもの面々……ニドリナとルニル、ナズリーン、ケインたち三人はザンダークの時と同じように一つの部屋に押し込められた。
もちろん貴族専用の無駄に広い部屋だ。全員にちゃんとベッドがあるし、調度品の類も高級そうだ。
しかし、こんな風におれに失敗を茶化すのはニドリナぐらいだ。
ルニルは冷たい目で、ナズリーンはもっと冷たい目で見てくるだけだし、ケインたちはあまり関わりたくなさそうにしている。
魔導王のゴーレムと戦っていたとき、三人はわずかながら意識があったようなのだ。そのためにおれの戦いぶりも目に焼き付いてしまったらしい。
そのせいで、なんというか三人のおれを見る目が人間扱いではなくなった気がする。
まったく……ケインたちにパーティに誘われたとき力を隠そうと思った理由をいまさらながら考えてみる。
こうなる未来を予想していたからではないだろうか?
いや、どうだろうな?
だがまぁ、バレたらきっとまずいだろうなと思っていたことは確かで、そしてあのときの努力がいまは水泡に帰しているというわけだ。
なんだか……実力を隠すという行為そのものが無駄なのではないかと思えてくる。
……すでにここに来てしまったし、素性もばれているのだから、この大要塞と戦場では実力を隠す気はない。
ちょうどいい感じに調節ぐらいはするかもしれないが、好きにやらせてもらうとしよう。
しかしでは、再び大要塞から出たらどうしたものか?
「……いや、もういいんじゃないかなぁ」
「なにがだ?」
考えが口から出て、それにニドリナが首を傾げる。
ルニルたちの作戦会議にこの暗殺者は興味を示さない。なので結局、嫌いなおれと一緒にいるしかないのだ。
「実力を隠そうとするの。なんかすげぇ無駄なことをしてた気がするんだよ」
「へぇ……ところで、お前が本気を出したらわたしのあの村はどれくらいで滅びた?」
「うん? 一人ずつ殺して回るなら時間はそんなに変わらないだろうが、まとめて消すって選択なら……魔法一発でいけたんじゃないか?」
「お前は本気を出してはいけない」
おれの答えを聞いて、ニドリナは真顔で即答した。
「なんで?」
「お前は貴族嫌いなんだ。それを変える気がないなら止めるべきだ。利用できない力は孤立を招くぞ」
「ふむ……」
思わぬニドリナからの真剣な助言に、おれは唸る。
なんとなくだが、ニドリナが危惧する未来図というのは想像できなくもない。
各国からの政治的圧力でどこにも暮らせなくなったおれと、おれのせいで迷惑を被る周囲の人々からの怨嗟。
それを力尽くで解決しようとして死山血河を築くおれ。
さらに世間から怖れられ、孤立していく。
もうそこまでいったら世界を滅ぼすしか方法はなくなってるな。
しかしさすがに、世界を滅ぼせると思うほど傲慢でもない。どこかで力尽きて寂しく死ぬことになるだろう。
「……そういう未来はさすがに嫌だなぁ」
「では、少しは賢く立ち回るといい」
「ふうむ」
ドヤ顔で諭すニドリナを見つつ、おれは少しだけまじめに考えようとした。
……したのだが。
ノックの音に遮られた。
ナズリールが応対に向かうと、そんな彼女の頭越しに大声が届いた。
「王子をお誘いに参りました!」
聞こえてきたのは女性の声だ。
届いてくる空気の揺らぎから四人ほどの来客のようだ。
どれどれと覗きに行くと、そこには鎧姿の女性たちを相手に困惑するナズリーンがいた。
こちらを見た視線はやはり冷たい。
元からおれのことが好きではなかったようなのだが、今回のことでそれがさらに強まったようだ。
そのナズリーンに押しとどめられている女性たちはみな、鎧に同じ紋様が刻印されている。
見たことのある紋様だ。
「……ああ、もしかしてグルンバルン帝国戦士団の方々かな?」
「その通りです。王子」
嫌悪感を隠そうともしない女性たちの中で、リーダー格の一人だけは挑戦的な笑顔を浮かべていた。
四人ともが見目麗しいが、どの女性も戦士らしく贅肉を削ぎ落とした見事な体型をしている。
ただ、リーダー格の女性だけは、なんとも凶器的な胸を誇示していたが。
「で? なに用で?」
「ルナーク王子は類い希な実力をお持ちと噂で聞きましたので、それを是非とも後学のために見せていただければと」
「君たちを相手に?」
「ええ」
「ふうん」
なんのつもりで来たのか?
忠誠心をこじらせて個人的にやっつけてしまおうと思ってやってきたのか?
それともユーリッヒに唆されてやってきたのか?
「なにか、ご不満ですか?」
「君らを相手にして、おれになにか得はあるのかな?」
「得……ですか?」
おれの言葉にリーダー格は冷笑を浮かべた。
しかしおれはそんなことより、そのいかん胸を収めた鎧を作った鍛冶師の気持ちというものを考えていた。
なんだろう。やはりちゃんと測った上で作ったのだろうか? 測るのは女性に任せたのだろうか? しかし、こんな類い希な胸を測るなんていう好機を他人に任せるものだろうか?
おれなら絶対に自分で測りたいと思う。
待てよ、鍛冶師が女性だったというオチもありうるのか。
しかし、それはつまらないな。
「王子はずいぶんと狭量なことをお考えになるのですね」
おれがそんなことを考えているとは思ってもいないだろうリーダー格が挑発を仕掛けてくる。
「狭量?」
「これからともに戦うかもしれない者たちを相手に利益を望みますか?」
「そうだな。だが、君たちも後学とやらのためにおれを呼ぶんだろう? なら、それも利益じゃないか」
「しかし、ともに訓練をすれば王子にもよい影響があるのではないですか?」
「はっはっはっ……自意識過剰はお国柄かな?」
「なんですと?」
「君らごときを相手にして一体なんの教訓が得られるっていうんだ?」
「……言ってくれますね」
「事実だからね」
一気に吹き上がる怒気と殺気を涼しく受け流す。
そんなことより背後からの視線の方が痛い。
「まだ懲りないか」
「とりあえず挑発しないと気が済まないのか?」
「バカなんですよ、バカ」
と女性陣三人からの辛辣な意見が突き刺さってくる。
うん……まぁ、そうかもしれん。
売られた喧嘩はとりあえず買う方向で動いてしまう自分が恨めしい。
とはいえ今回は下心ありでもある。
うん? それってさらにダメってことか?
しかしもはや、止まらない。
反省しないバカ(自分)はとことん痛い目を見ない限りは止まらないのだ。
「では、こうしよう」
そう言って、おれは提案した。
「君らの提示する条件で戦おう。その代わり、それでおれが勝てたら君たちはおれに利益を提供するってのはどうだ?」
おれの利益という言葉に背後も含めた女性陣全員がはっきりと嫌な顔を浮かべた。
そりゃ、こんな状況で言う「利益」がどういう意味かなんてわかりきってるものな。
「相変わらず……」
「まったくあの男は……」
「クズですね」
「で、どうするね?」
背後からの冷たい野次は聞かなかったことにし、おれは女性たちに答えを促す。
おれとしては受けたくない話だから無理難題付けてそっちに断らせる方向にもっていってやったぞっていうぐらいの気分なのだが、はてさてどうなるか。
いや、もちろんうまくいったらいったで嬉しいけどな。
リーダー格はおれの気分を察している雰囲気はある。
ただ、おれがきっちり挑発もしているので、ここで勝負をしないという結論になるのは女性たちが勝負を仕掛けておいて言い負かされて帰ってきた思われなくもないだろう。
リーダー格が誰かに唆されて不承不承ここに来ているのなら、あるいは断るかもしれないが。
「逃げ場を塞いでおいて……」
「よく言うわ、ほんと」
「クズの中のクズですね」
「君らちょっとうるさいよ」
リーダー格が判断に迷っているせいで背後の野次がさらに辛辣になっていく。
まったく、おれはただ、あのいかん胸を触る機会が得られたらいいなと思っているだけだというのに……。
それのなにがいかんというのか。
「さあ、どうする?」
「受けよう」
と、リーダー格が絞り出すように答えた。
その恥辱を噛み殺す必死な顔は、おれにいろいろと考えさせるものだった。
ふうむ。
やはり、逃げられない理由があるのかな?
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