61 大要塞のひきこもごも 1
大要塞を見上げれば、『勇者』として見出された者としては色々なものが湧き上がってくる。
子供の頃に抱いた憧れ、そこにやって来たという達成感、忘れられない拒絶された事実、恨みの念、復讐対象どもの巣窟……それらの全てを受け止めてなお、人類領の希望の防壁としてそこに在る存在感。
ああ……くそ、ちょっと泣きたいかも。
巨大な円形状のその建築物は人類領側から見れば、時間の経過による拭いがたい汚れがあるのみだが、戦場側に回れば一気に様相が変わるという。
その違いこそが、魔族を大要塞よりこちらに通過させていないという勇者と戦士たちの誇りそのものだという。
「王子」
隣にいたルニルにそう呼びかけられ、いまの自分はタラリリカ王国の王子、ルナークに扮しているのだったと思い出す。
「出迎えです」
「うむ」
ルニルに促されおれは視線を下ろす。
大要塞の南門はすでに開き、おれたちタラリリカ戦士団と二人の勇者、そして歓楽都市ザンダークで追加された補給部隊を迎え入れる。
先頭にいた勇者二人、セヴァーナとクリファが下馬する。
なにかと思えば、そこには出迎えの人々がいた。
そしてその中に、記憶を刺激する人物もいた。
「おお、もう再会か」
おれはなんともいえない気分になった。
無視して去ってしまいたいが、ルナーク王子という外聞を守るためにはそんなことはできない。
近くまでいき、おれも下馬した。
セヴァーナはあからさまに嫌な顔を、クリファは無味乾燥な笑みを浮かべてこちらを見る。
「ご挨拶をしたいと思いましてね。紹介していただけますか? 両勇者殿」
おれが白々しく声をかけると二人は道を空け、そこにいた連中と視線が合った。
「はじめまして、タラリリカ王子、ルナーク・タラリリカです」
「これはこれは、おれはザルドゥル・ケントーリ。ファランツ王国第三王子で『勇者』だ」
最初に答えたのは思わず嫌な気持ちになるぐらいのいい男だった。
握手を求める彼に答えるのだが、ぐっと近づいて来るザルドに思わずおれの方が後ろに下がったぐらいだ。
距離感が近すぎる。
「ザルドって呼び捨てでいい。おれは君をなんて呼ぼう? ルナーク? それともアスト?」
「……公私を分けてくれるとうれしいね」
……いまさら感が溢れているが、やはりおれの正体はばればれだな。
だが、ザルドの反応は他の連中とは違った。
「なら、二人きりっになればアストと呼んでもいいのかい?」
「近い近い」
さらに距離を詰めてこようとするザルドに、おれはなんともいえない危機感を覚えた。
命ではなく尻的な意味で。
「おれはお前の素性なんか気にしないぜ」
「おれは相手の性別は気にする方だ」
「なんだよつまんない奴だな。世の中楽しまないと損だぜ?」
「楽しみ方ぐらいは貴賤なく自由であっていいと思うんだよな」
「ああ……貴賤とかマジウザイよな、わかるぜ。だからおれをヤリ捨ててみないか?」
「積極的なマゾってきっついなぁ」
「ふっ……くくく、いいなぁ、本当にお前っていいなぁ」
なんだかどんどんとこっちを見る目が危なくなる。
食虫植物にでも捕まったような気分だ。逃れたくて視線をさ迷わせたが、どいつもこいつもおれたちから距離を取っていた。
全員、うまいこと逃げてやがる。
ついでに聞いてない振りときたもんだ。
ザルドがアストと言ったことを聞いてないことにするつもりがあるのかもしれないが、そんなことよりもこいつの自由すぎる性癖から逃げているというのが正解だとしか思えない。
「……ところで聞いてみるが、お前って他の勇者とも遊んでるのか?」
「ああ、それは……」
と、ザルドが意味深な笑みを浮かべた。
「どう思う?」
「ユーリッヒは攻めか受けか?」
「ふふん、彼かぁ……」
「おい貴様ら!」
思わせぶりなザルドの態度についにユーリッヒが痺れを切らした。
「くだらんことで時間を使うな!」
「なんだい、ユーリ? おれとお前の秘密を簡単に喋ると思ったかい?」
「そんなものはない!」
「哀しいなぁ。おれとお前の間にそんな冷たさは必要ないんだぜ」
「貴様……」
ほうほう。
あの常に偉そうにして、お高く止まっていたユーリッヒがザルドに翻弄されている。
その様子を見るのはとても楽しい。
「……なにを見ている?」
ザルドとのやりとりをにやにやと見ていると、ユーリッヒが凄い目で睨んできた。
「お高くとまってた貴族のぼんぼんがケツ差しだして哀願している様を想像してみた。相当キメェ」
「いいよね! ユーリは絶対その姿が似合うと思う! おれも賛成だ!」
うん、ザルドはちょっと黙っていようか。
「偶然生き残った程度で調子に乗るなよ」
「おっ、その聖剣って新品かい? 新しい美人聖女は見つかったのか?」
「貴様ッ!」
「まさか代わりが見つからなくてむさいおっさんが生贄になったとかないよな? 腹黒司祭の生贄でできた聖剣って、なんか臭そうだしな」
「…………」
「はいはい。ユーリ、抜いたらお前の負けだぜ」
無言で噂の聖剣(笑)に手をかけようとしたユーリッヒをザルドが止めた。
「しかし!」
「そもそも、彼がここに来てる時点でお前らが負け1なんだよ。わかってるだろ?」
「ぐっ……」
「だから、次ではお前がしてやってしまえばいいんだよ」
おや……。
そこで慰めに入るか。
いや、『勇者』なんだからどうせそっち側なんだろうとは思っていたが、こうも簡単に話の流れを変えてくるとは思わなかった。
あるいは最初からここに辿り着くように誘導されていたのか?
ザルドゥル・ケントーリ。
意外に勇者四人の中では精神的支柱ポジションなのかもしれない。
そしてユーリッヒ。
もとからプライドの高さとそこを傷つけられるのを極端に嫌っている節があったが、いまでもそれは変わっていないようだ。
つまりはあれだ。
こいつ成長してないな。
「はんっ!」
「貴様ッ!」
ちょっと冷笑しただけで顔が真っ赤になるとは……。精神修養が足りてない証拠だな。
「……もういいだろう」
そう言ったのはセヴァーナだった。
「いつまでくだらないことに時間をかける気だ? 出迎えの挨拶は終わっただろう? 戦士団を宿舎に案内し、補給物資の受け入れもしなければならない。やることは多いんだ」
「……そうだね。僕たちがここにいても仕方がないよ」
それにクリファが頷く。
解散の雰囲気を作ろうという気で満々だ。
「おれは別にここでもいいぜ」
だが、そんな仲間内の連携におれが素直に従ってやる理由もない。
「いつまでくだらない三流芝居をやる気だ。おれたちが帰るまでか? ずいぶんと気が長い話じゃないか。お貴族様はお子様芝居がお上手かもしれないが、あいにくとおれはそういうのは得意じゃないからな」
しかも、もうおれの素性はばれているのだ。
それなのに続けなきゃならないなんて、バカらしいにもほどがある。
「お前ら四人がかりでおれを殺しに来れば済む話だろう? さっさとかかってこい」
おれの挑発にユーリッヒはわかりやすく剣に手をかけ、クリファも好青年の顔を凶悪な笑みへと変質させた。
セヴァーナはこの流れにただただ嫌そうにため息を零す。
そしてザルドゥルは……。
「調子に乗るのはよくないぜ、アスト」
変わらぬ笑みでおれの挑発を受け流す。
「お前がどれだけ強くなったのか知らないし、あるいは本当におれたち四人を相手にしても負けない強さを持っているのかもしれない。だが、だからといっておれたちが戦う必要がどこにある?」
「あん?」
「恨みかい? それならば賠償を要求すればいい。二人の生国に訴えればきっちりと賠償金を取れるようおれが援助しよう。あるいは、この二人との決闘が望みかい? ならば場所を用意しよう。だが、殺すことは許さない。こいつらは人類を守るために必要な人材だ。たかが私闘で殺させるわけにはいかない。なぜなら、おれたちは『勇者』であり、勇者だからだ。選ばれ、そしてここにいることを選んだからだ。ここにいない道をすでに選んだお前は『勇者』であっても勇者ではない。この違いがわからないならば、おとなしく王子の真似事をして過ごしていろ」
「……へぇ」
見事に言いきったザルドをおれは感心して見つめた。
この瞬間だけはザルドの中にはあの気持ち悪い色気はなかった。食虫植物のようではなく、世界にしっかりと根を張った大樹だった。
風のようにつかみ所なく、だがしっかりと仲間を導いていく。
それがザルドゥル・ケントーリという男なのだ。
「もちろん、退屈ならおれを呼ぶといい。いつでもベッドの上で相手になってやる」
「いや、それは絶対にお断りする」
男っぷりを上げたまま清々しく言いきるザルドに、おれはきっぱり拒否を示した。
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