60 夜を越えて
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
血を吐くクマの人形を壁に投げつける。
その姿は少女のものだ。
「なにを! なにを! なにを! なにををををををををををを!!」
そこら中にあるクマの人形を投げまくり、踏みまくり、引きちぎる。
ただの少女とは思えない膂力は人形を無惨に破壊していく。
中から零れだすのはただの綿ではない。
その全てが赤く染まっていた。
「たかが庶民が! たかが『勇者』が! このわたしを! このわたしを愚弄するか! この『魔導王』を! このわたしの! わたしの……」
赤い綿が舞う部屋で、シルヴェリアはうな垂れる。
「このわたしの時間を……否定するというのか」
「気にすることなんてないのよ。シア」
「そうよ。シア、気にすること、なんてない」
シルヴェリアしかいないはずの部屋で、他の声が響く。
変化は他にもある。
散らかっていたはずの赤い綿が宙に溶けていく。それは淀んだ赤い光となり部屋そのものを薄い赤に染めていく。
その中に浮かぶ影二つ。
不思議とそれは妖艶な美女にも、骨ばかりのアンデッドのようにも見えるのだった。
「紋章術を使う庶民の勇者」
「聖霊を、あそこまで育てながら、昇華していない。不思議な勇者」
「「だけど、だからなに?」」
「わたしたち千年の計画を前に、これまでそんな奴がいなかったわけではないでしょ?」
「古代人の、系譜。奴らは血統、では繋がって、いない」
「奴らの誕生の秘密を知る機会を得た。そう思えばいいでしょう?」
「奴ら、こそが、その秘密を、持つ。現われた、のなら、ちょうどいい。今度こそ、上がる前、に、その秘密を」
「そして成功させるの」
「今度、こそ」
「そう、わたしたちは……」
「「「神を殺す」」」
「我ら『勇者』の呪いを殺すため、神を殺す」
「それこそが、王たる我らの務めでしょう?」
「これは、神と人の、戦い」
「外れ者の『勇者』などに邪魔などされてたまるか」
その言葉とともに空気に溶けた赤い光が収束し、裂けたクマ人形の中へと戻っていく。裂け目もきれいに修復され部屋の元の場所へと戻っていく。
混沌としたクマ人形の部屋へと。
そしてそこに残ったのは少女の姿をしたシルヴェリアだった。
「今度は、神経一本残さず、解体してやるぞ。雷の勇者アスト」
†††††
出陣式の朝日が目に痛い。
「寝る暇がなかった」
戦士団に激励を飛ばす将軍の長い演説を聴くおれたち全員、眠気でふらふらだった。
ただ、最後の夜遊びをして来た戦士団の一団も調子悪そうなので彼らと同類だと思われたらしい。
将軍に「遊びもほどほどに」と釘を刺され、おれとしては乾いた笑いを返すしかなかった。
出陣式も終わり、ザンダークの街を北門から出発する。
「しかし、どうしてあなたたちもここに?」
と、おれは王子らしい口調で尋ねた。
なぜか、おれの隣に『勇者』が二人。
クリファとセヴァーナが馬を並べている。
「あなたたちと一緒に我々も交代の時期なのですよ」
「へぇ」
答えてくれたのはクリファだ。
「大要塞に常に勇者が全員いるわけではありません。それでは休息が取れませんしね」
「なるほど」
「それに、僕たちと一緒なら道に迷うこともありませんよ?」
「おや、この道はけっこう複雑なんですか?」
「いえ、一本道です」
「はは……」
なんだろう。
冗談にしては面白くないな。
……と、クリファがにこやかな笑みのままおれに顔を近づけてきた。
「昨夜は無事に切り抜けたようですね」
「……まぁ、おかげさまで」
「あの方に気に入られると困りますよ。気をつけてください」
「どうかな? 嫌われた自信はあるんだが」
「へぇ?」
「むしろ、あれで好かれたならなかなかのマゾだ」
「はは……面白い方だな、あなたは」
軽く笑うクリファから感じるのは針のように細められた敵意だ。
まったく、好青年の笑みの向こうで一体なにを隠しているのやら。
「ここまできたら、もう逃げられませんよ?」
「……なにから逃げるっていうんです?」
「僕たちからですよ」
その瞬間、クリファから好青年の仮面が外れた。
「焼き殺してやるぞ。腰抜けが」
「謀殺以外にできることがあるのか? ヘタレが」
仮面の下からぞろっと覗いたクリファの素顔は凶暴だったが、昨夜の後ではだからどうしたという感想しかない。反射で言い返しはしたがね。
あれだな。外向けのいい子ちゃん顔の下でコツコツと自分の凶暴性を育てていたんだろうな。陰険だな。むっつりか。
「楽しみにしているといい」
再び好青年の仮面を被ったクリファが離れていき、それを待っていたかのようにセヴァーナも離れていく。
毅然とした仮面で前だけを見つめているセヴァーナだが、その内面はいろいろと摩耗している。
ユーリッヒもどうせろくでもないのだろうし、となると四人目の『勇者』もあまり期待できそうにない。
うん、『勇者』ってろくな奴がいないな。
おれも含めて。
「大丈夫か?」
クリファたちが十分に離れるのを待って、ルニルが近づいて来た。
「そっちこそ馬から寝落ちるなよ」
「それは大丈夫だ。ナズリーンに癒してもらったからな」
「……おれ、なにもしてもらってないんだが」
「すまない」
「まぁいいけどさ」
おれも夜明けの太陽がきついだけで別に眠いわけではない。
とはいえ、ナズリーンは徹頭徹尾おれへの扱いが悪い気がする。ルニルが好きみたいだから、口説こうとしているおれが気に入らないんだろう。
別に女王の夫になりたいわけじゃない。愛人ぐらいいいじゃないかと思うんだがな。男の王なら側室とか抱えたり、大国の王なら後宮なんか作ったりするんだから。
「それで、ここからが本番なんだろ?」
「ああ、そうだ」
詳しくは聞いていないが、休戦交渉をするというなら人間側の説得だけでなく魔族側にも味方を作らなければならないだろう。
そして、魔族と会おうと思えば大要塞を越えて戦場で会うのが一番……と考えているのか。
おれとしてはうまくいくとは思えないのだが、挑戦する気持ちを萎えさせる気にもなれない。
戦場にも行けるし、魔導王のおかげでむしろやる気が出てきた。
それはルニルの目的とそぐわないかもしれないが、まぁ、そのときはそのときだ。
彼女には涙を飲んでもらうとしよう。
「それで、誰に会うかぐらいは聞いてもいいか?」
「……そうだな」
おれが察しているのを理解したのだろう。
ルニルは少しだけ考えて、おれに顔を寄せた。
嘘っぱち好青年よりも、はるかに嬉しい接近だ。
「ダークエルフだ」
そしてその言葉はおれの胸を躍らせた。
あるいはもしかしたら、あいつに会えるかもしれない。
そう思えたからだ。
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