50 王子と夜会
めっちゃ疲れた。
もしバレたらやってやるぜとは思っていたが、まさかこんなに早くバレるとは思わなかった。
おかげで余計な気疲れをしてしまった。
宿舎に戻ったおれはまっすぐベッドに向かうとぶっ倒れた。
結果的にやってやる必要はなかったのだが、とはいえ疲れたことには変わりない。
ルニルたちは別室で作戦会議を行っている。
おれの側にはニドリナがいて、にやにやとおれを見ていた。
「ねぇどんな気分? そっこう影武者がばれるのってどんな気分?」
そんな感じで煽ってくるんだが、さてどうしたものか?
「おいロリババ」
「ロリババいうな!」
「そういえば、魔導王もロリババだったんだが、なにか関係があるのか?」
「…………」
「あるのかよ」
まさかとは思ったが、本当か?
「……奴は、わたしの宿敵だ」
本気の顔で告白した。
「奴は、秘密結社ESDの会長として世界を裏で操る大ボスだ。わたしの使命は奴の首を取ること。どれだけの時間をかけようとも……そのために、わたしはこの呪いを受け入れた」
真剣な顔でそんなことを言う。
「……ちなみに、ESDはなんの略なんだ?」
「永遠少女同盟」
「……嘘だよな」
「ほんとうだ!」
「いや、嘘だって」
「わたしを信じろ!」
「ほら嘘だ」
まじめな顔を崩さないニドリナにそう決め付け、おれは本格的に昼寝に移行した。
†††††
人の視線を逃れて動くのには慣れている。
ルナークが寝入った隙を狙ってニドリナは部屋から抜けだし、宿舎の屋上へと出た。あいつの眠りは非常に浅く、短い。隙を見つけるのは難しいが、ニドリナならばこれぐらいはできる。
目の前で寝入った瞬間を狙ったとしても必殺の一撃は届かない。
血に飢えた吸血鬼と閨をともにして無傷でいるような男だ。普通の暗殺方法が通用するとは思えない。
それでも視線から逃れて退避することはできる。
屋上に立ってザンダークの街を見渡し、ニドリナはため息を零した。
「シア、見ているのか?」
「見ているよ」
返事はすぐに来た。暗いトーンの声が背筋を撫でてぞっとする。
その声は、ついさきほどルナークが話をしていた相手と同じだ。
魔導王シルヴェリアの声だ。
「久しぶり、ニナ。まさかこんな形で再会するとはおもわなかったわ。あなたはいつか、わたしの背後に現われるものと思っていたのに」
「おまえが引きこもっているおかげで、いまだにそれができていない」
「だって、あなたが怖いんだもの」
それは本気なのかどうなのかはわからない。
「そういえば、あなたの村って滅んだのでしょう? ここにもその噂が届いているわ。もしかして滅ぼしたのは彼なのかしら? 彼の正体、もしかして知ってる?」
「知らないな」
「あら、本当にそうなの?」
「なんだ?」
「彼の本名はアスト、『勇者』なのよ」
「なに?」
「やっぱり知らなかった? まさか謀殺されたと思ってた庶民が生きてるなんて思わないわよね。戦神の試練場にはなにか秘密があるのかしら? 誰かに調べに行かせた方がいいかしらね」
「お前が行けばいいだろう」
「そんなことしたら、あなたがわたしを殺しに来るじゃない」
「当たり前だ」
「ふふ……ねぇ、一つ仕事を受けてくれないかしら?」
「仕事?」
「報酬は弾むわよ」
「お前からの仕事を受けると思っているのか?」
ニドリナと魔導王シルヴェリアとの間には因縁が存在する。ルナークの前では茶化して誤魔化したが、不老の体が原因である。
「このわたしが、お前のためになにかをすると、本当に思っているのか?」
「そう。残念」
力と怒りを込めて言い返すと、シルヴェリアはあっさりと引いた。
もとより答えのわかっているやりとりなのだ。
それでも、答えが変わっていることを期待されているような気がして、ニドリナは虫唾が走った。
「ではね、ニナ」
「もう話しかけてくるな」
「できるなら、その男からは早く離れることをお勧めするよ」
その声を最後に、シルヴェリアの気配は消えた。
だが、視線が消えることはない。
ここは彼女の領域なのだから。
ここはザンダーク。世界最大の歓楽都市にして、戦士たちのための街。
そして、魔導王シルヴェリアが作り上げた、最強の魔導兵器でもある。
†††††
ニドリナが戻ってきたタイミングでおれは目を開けた。
夜になればパーティだ。向こうでしていた作戦会議を盗み聞きしていたのだが、欠席ということにはならないようだ。
まぁ、それはいいだろう。
せっかくダンスの練習もしたのだ。無駄になるのもなんとなくだが、惜しい。
できれば食事と酒を楽しみたいが、そんな余裕はないのだろうなと思いつつ体を起こし、大あくびをした。
眠りの性質が普通の人間のそれに変わりつつあるのを感じる。
あの地獄に比べれば地上での日々はぬるま湯のようだ。緊張感が足りない。浅い眠りを断続的に行う必要がないために、一度の眠りの深さが増している。
イルヴァンとのお楽しみや、ときどき感じるニドリナの殺気が良い刺激になってくれているが、それでもまだぜんぜん足りない。
あの頃の自分を維持するにはもっと強い刺激が必要だ。
さてさて、世界で最も危険な場所がおれの期待に答えてくれればいいのだが。
改めてルニルからパーティでの立ち回りや心得を講義してもらった。
そしてパーティが始まる。
会場は中央塔宮殿一階にある大広間だ。
ルニルたちと戦士団の将校を連れて大広間に訪れた。ニドリナは当たり前のように付いてこない。
きらびやかな世界というのは目新しくはあるが、心が躍ることはなかった。
やはり他人を演じるというのはいつもとは違う緊張感がある。
下手に酔うわけにもいかないので手に持つワインは舌を湿らせる程度にし、ルニルに指示された人物に挨拶をし、近づいて来た人と歓談をする。
ルニルが常に側にいて、貴族の名前を教えてくれていたのでなんとかこなすことができた。
さて、このまま無難に終わるかなと思っていたらそうはいかなかった。
来たときに軽く挨拶してそれで済ませていた二人の内一人が近づいて来たのだ。
そう、セヴァーナだ。
しかも、楽隊がダンスの音楽を奏で始めてからだ。
「せっかく来たのだ。お相手してもらえるか?」
「……それは、光栄なことです」
凍った表情は精一杯の虚勢のつもりなのか、差し出された手を受け取りおれはセヴァーナの腰に手を回した。
「わたしなら、お前に足を踏まれても文句は言わないぞ」
「それで恩を売ったつもりか?」
「まさか……」
ゆらゆらと音楽に合わせて体を動かす。
「初心者にしてはうまいな。付け焼き刃感は拭えないが」
「……このまま二人で消えれば、他の奴らを相手にしなくて済むんだが?」
それがなにを意味するのかわかったのだろう。
セヴァーナは不快げに顔を歪めた。
「お前、見ない間にずいぶんと下品になったな」
「苦労したからな」
「……ちっ」
おお。あからさまに舌打ちしたぞ。
「どうした? ずいぶんと貴族らしいじゃないか?」
「逆に感謝して欲しいものだ。わたしたちのおかげで、お前はここに縛られなかったのだからな」
「あっ?」
「忠告だ。戦場に出ても大人しくしているんだな。貴族らしく」
聞き返す暇もなく、セヴァーナはおれから離れると早足で会場を出て行った。
「なんなんだよ」
忠告の意味を考えつつ、おれは肩をすくめた。
その方が貴族らしいと思ったのだが、さてどうだったか。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




