48 王子と王
昇降機が止まる。
開いた先には扉が一つあるだけだった。
「お連れしました」
「お入り」
意外に若い声が聞こえてきた。
扉が開くと、そこはすぐに応接室となっていた。奇妙な作りだなと思ったが、魔力の流れを感じた。
もしかしたら魔法によってなにかしているのかもしれない。
と思ったらいきなり気持ち悪い魔力がおれにまとわりついてきたので、無意識に払ってしまった。
こういう風になにげない感じに魔力をまとわりつかせて状態異常を引き起こそうというやり方もあの地獄にはあった。
やはり、油断ならないな。
となると、この応接室も普通ではない……か?
おれのダンジョン創造と同じように空間制御系か? もしかしたら紋章を? と緊張したが、どこを見てもその様子はない。
しかし紋章を使えるのだとしたら、おれよりも練熟しているだろうことは確かだ。隠すことだってできるだろう。
会うまでは舐めていたが、これは油断できない相手かもしれないな。
「セヴァーナ、お茶淹れて」
「畏まりました」
声だけが聞こえてくる。
あのセヴァーナがメイドのように動き出すのを意外に思いつつ、おれは長ソファを選んで座り、ルニルを手招きして隣に座らせた。
予想通り、一人掛けのソファにそいつは現われた。
「ようこそ」
驚くことに、そいつは少女の姿をしていた。話に聞く限りではもうけっこうな年齢だったはずだ。
もしかしたら、ニドリナと同じ不老の呪いにでもかかっているのかもしれない。あるいは魔法を極めるとそういうことができるのか。
戦闘と冒険に関わる魔法ばかり修得しているが、別の方面のことを調べてみるのも面白いかもしれないな。
自分で研究する……という考えにはならないが。
「はじめまして、『魔導王』シルヴェリア・サーベイナス、です」
奇妙な間ができてから、不健康そうな少女は自ら名乗った。
おれは意図的に黙り、ルニルは驚きのあまり口が動かなかったのだ。
魔導王シルヴェリア・サーベイナス。
おれたちよりもずっと前の世代の『勇者』。
そして『勇者』から昇華して『魔導王』となった中央塔宮殿の主人。
歓楽都市ザンダークに居住する人類守護の要。
それがシルヴェリア・サーベイナスだ。
とはいえ、こんな不健康そうな少女とは思わなかった。
クッション代わりに抱いているクマのぬいぐるみも血を吐いているし、不健康というよりは病んでいるのかもしれない。主に心が。
我に返ったルニルがおれに喋れと視線を送っている。ばれているだろうが、それでも体裁は維持したいようだ。
しかたがない、演技するとしよう。
「これは失礼いたしました。陛下の魔法の素晴らしさに心を奪われて言葉を失っておりました。わたしは……」
「芝居はいいよ。『勇者』アスト。それからルナーク王子。いや、どうせだから姫と呼ぶ?」
感情があまり感じられない声でシルヴェリアが言う。
ちっ。おれがアストだってことも、もう知っているか。
「どれぐらい成長してるのか見たかったんだけど、君、わたしの【瞳】を払ったね。中身を見れなくて残念だけど、それだけでも君の成長を感じられる。とても素晴らしい」
「それは、どうも」
なるほど、さっきの気持ち悪い魔力の流れは【瞳】とかいう魔法なのか。
言い方からして能力を探る魔法ってことか?
払っといて良かった。黙って受け入れたら称号とか見られたかもしれない。
「ああ……そうだ。王子」
「……はい」
シルヴェリアにまっすぐ見つめられ、ルニルは否定することができなかった。
「セヴァーナがもう言ってるけど、王子の偽装工作を暴くつもりはないから。ただ、あなたとあなたの父上が信念を折らないのなら、こちらにも考えがある。それだけは理解しておくといいよ」
「……わかりました」
「とりあえず、そのことを直接言いたかったんだ。あなたとの話はこれで終わり、さあ、後の用件は君だ。『勇者』アスト」
改めて『勇者』を強調され、隣にいるルニルの視線が頬に突き刺さる。
うんまぁ……黙ってたからな。ラランシアも言ってなかったっぽいからそのままにして置いた。
自分の過去を言いふらして同情を飼おうだなんて、おれの趣味じゃない。
なにより、おれはまだ貴族という生き物を信用していない。
「戦神の試練場でもっと深い体験をしたみたいだね。どう? 改めて勇者をする気はないかな? いまなら弟に言ってバラグランズ王国に支援させる。『勇者』アスト復活のシナリオはこちらで用意する。きっとみんなが喜ぶお話ができあがるよ」
そうだった。
シルヴェリアはバラグランズ王国の大公爵でもある。現王は彼女の弟だったな、たしか。
「おれになんの得がある?」
「得? 得かぁ……」
「おれを殺そうとした勇者二人をお前らは黙って受け入れた。知ってたかどうかは知らんがね?」
と、反応を探ってみたがわからない。
だが、知らなかったはずはないだろうし、調べないわけもない。
なぜなら、それが謀殺であったなら、二人の勇者とその背後にある国家や貴族たちの弱味を握ることができるのだ。
貴族がそんな好機を見逃すはずがない。
なにより、シルヴェリアの方が力が上なのだから。
「お貴族様方の政治ゲームならそれぐらいは許容の範疇なのかもしれないが、こちとら庶民だ。あんたらの事情なんか知らん」
「なるほどねぇ。この条件は気に入らないってわけだね」
挑発するつもりで言ってみたが、シルヴェリアは面白そうに笑うだけだった。
「それなら、君はどんな条件なら人類のために戦えるんだい? いまさら無償の正義なんてものを唱える気はないし、それで君の心が動くとは思えないけど、では、どんなものを君は得と考えているのか、教えてくれないかい?」
「金! 酒! 女!」
悪魔の誘惑のように笑うシルヴェリアにおれは即答してみた。
一転してきょとんとした空気が応接間を満たす。
「……で満足できればおれも話が早いんだろうけどな。そこら辺も人並に欲しいが、それで満足もできない。困ったもんだ」
本気にされたら困る。おれはにやりと笑ってごまかした。
「なにが欲しいかなんてのがはっきりしてたら、おれだってここまで苦労してない。とりあえずわかってるのは、あんたらの下にいるのはごめんだって事だ」
「残念だね」
「それで終わりか?」
「ああ、終わりでいいよ。だけどもし君が『勇者』を名乗りたくなったらここに来るといい。なぜなら、『勇者』が必要とされる場所なんてここしかないんだから。金も酒も女もここにはいくらでもあるよ」
「はっは……」
最後は笑って誤魔化し、おれたちの会見は終わった。
†††††
「シルヴェリア様……」
物思いに耽っていると誰かが声をかけてきた。
「ああ、セヴァーナ。まだいたんだ?」
「はっ! 申しわけありません」
セヴァーナは青い顔で畏まっている。
それはわたしを怖れてのことだろうか?
それとも、自分の罪が知られていると知ってしまったからか?
どっちでもいいけどね。
「君の罪なんて興味ないし」
「はっ!」
『勇者』として見出され、他の勇者とともに戦って、戦って、戦って……気が付いたら『魔導王』なんて呼ばれるようになって……その間にこの程度の事がなかったとでも思うのか?
神がなにを基準に『勇者』や『魔太子』を選び、世界に放流しているのか知らないが、そこに清廉さや潔白がないことだけは確かだ。
人類も魔族も……人間にとって清廉潔白を維持するのは世界を壊すことよりも難しい。
誰だって自分は正しいと思いながら他人に唾を吐く……その程度のことはやっているのだ。それが悪だという自覚もなく。
勇者だって強欲に求め、嫉妬に身を焦がし、色欲に溺れ、美食に浸り、倦怠に沈み、怒り狂い、傲慢に過ごすのだ。
仲間を追い落とす程度のことは、勇者の責務の前では罪ですらない。
だけど、因果は存在する。
「覚悟しておくといいよ」
だからセヴァーナに忠告はしてやる。
「君たち二人の成果は、きっと例の作戦で見ることができるでしょうから」
そしてそれが、さらにどんな因果を生むのか?
わたしは、それだけが楽しみだ。
なぜなら彼は、わたしの知らない世界の秘密に触れているはずだから。
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