264 新米伯爵はやり放題 24
ヴァリツネッラ要塞でなにが起きているのか。起きていたのかを、まずは話そう。
帝国による切り崩し策によってファランツ王国の貴族たちのほとんどが裏切ることがすでに確定していることはすでに話したが、その帝国の手はファランツ王国貴族たちを介して要塞の中にまで伸びていた。
要塞だけならばさらに数年間、帝国軍を相手に籠城を続けることもできただろうが、内部からの手引きがあってはその計算も役立たずになる。
切り崩しに応じない将軍たちもその未来には気付いていたのだが、すでにどうにもならない状況にいることも理解できていた。要塞に押し込められた騎士や将軍たちには心変わりする貴族たちを止めることなどできるはずもない。
このまま王国と運命を共にするのかと半ばあきらめていたときにランダルス公爵からの接触を受けた。
黒い噂の多い人物からの接触に最初は疑ったものの、その後に現れた俺の暴れっぷりで賭けに乗ってみることにしたそうだ。
その後は迷宮通路を使った奇襲戦法を成功させるために内応組に情報がいかないように苦心し、見事これに成功した。
焼かれていく帝国軍の姿に焦ったのは要塞内の反乱組だ。
このまま王国軍が逆転勝利をしようものなら、反乱を企てていた自分たちの立場はない。
国内貴族は要塞での勝利に動揺こそあったものの一度決めた旗色を変えるつもりはなかったものの、外からの情報を制限された反乱組はそうはいかない。
ここはなんとしてでも要塞を手に入れて自分たちの存在感を主張しなければならないと考えるのは、あるいは軍人故の性なのかもしれない。
しかしそれは、シアンリーを攫おうとした騎士もどきどもも同じでもあるので、結局、腹を決めていない裏切者の行動に実力は関係ないのかもしれない。
そんなわけで、いま要塞内の反乱組は一発逆転の策としてこれ以上の籠城を不可能にするために食糧庫に火を放ち、自分たちは帝国へ脱出しようと企んでいる。
その行動が俺たちに監視されていることも知らず、残念な連中は倉庫の中身もろくに確かめずに次々と火を放っていく。
火の回りの速さに連中は驚いたことだろう。
なにしろ、倉庫の入り口にあるもの以外は、全部俺が回収して代わりに枯れ木や枯れ草、あとは油なんかを置いといたからな。
見えないところですげぇ働いてたんだぜ。
そんなわけで、火の勢いは連中の予想をはるかに超えた速度で増していき、奴らが要塞を脱出するよりも早くに燃え広がっていった。
予定していた門に辿り着くこともできず、こうなったらと迷宮通路を使おうとしたらそこへの入り口が消えている。
ここまで来れば火に巻かれて考える余裕のなかった連中も、裏切るつもりだったかつての味方がどこにもいないことに気付いただろう。
広大な要塞内部のどこにも、連中の他には誰もいない。
問題なのはその数が要塞内にいた兵士の半分以上だということだろう。
負けが決まったからってここまで裏切るものなのかね?
ファランツ王国って、内部はぼろぼろなんじゃないのか?
それはともかく連日の火災続きで空気がすごく焦げ臭い中、俺はシアンリーたち砦の部隊を連れて砦から移動した。
目的はもちろん、要塞から脱出した部隊との合流だ。
「やぁ、見事にうまくいったな」
そこにはアーゲンティルもいた。軽装だが鎧も着て、近くには馬も控えさせている。
他にも何人か無駄にきらびやかな鎧を着ている者が数人いる。
「これで全員か?」
「ああ。さすがに帝国を横断してまでタラリリカに行こうという者は少ない。貴族のほとんどは南へ下ってザランかエクリプティオンを頼るつもりのようだ」
「まぁ、それは別にどうでもいいけどよ」
気になるのは兵士の方だ。
裏切らなかった将軍と兵士、貴族たちに対し、アーゲンティルは三つの選択肢を提示した。
一つは国に残って敗北確定の現王家のために戦う。
一つは南に落ち延びてザラン連邦かエクリプティオン王国を頼る。エクリプティオンに行くならホーンズバーン大河を超えることになるのだから、オウガン王国も選択肢に入るだろうと思うのだが、大人数が移動するには遠いそうだ。
それにあそこはいま国内が落ち着いていないので、亡命貴族と兵士たちを受け入れる余裕があるとは思えないとも言っていた。
最後の一つ……これが帝国領を突っ切ってタラリリカ王国へ亡命する、というものだ。
この中では一番現実味のない選択肢だと思うのだが……意外にたくさんいるな。
「ダンゲイン伯爵!」
俺が兵士の数に驚いていると将軍たちが近づいてきた。
壮年の将軍はバルザールと名乗った。
「伯爵閣下のご尽力により、我ら無事に脱出できました」
「ああ、それはなにより」
「この恩に報いるためにも、我らファランツ王国軍一万余は伯爵閣下の旗下に馳せ参じることを希望します」
「馳せ参じる……ね」
「グルンバルン帝国憎しのこの気持ち、お察しいただければと思います」
「んっ、わかった。兵士の面倒は約束しよう。爺さん以外の貴族の方は知らんがね。面倒見てやれよ」
途中からアーゲンティルに話題を流すと、爺さんは苦笑を浮かべた。
「女王陛下への口添えは頼むよ」
「勝手に厄介ごとを持って帰るんだ。俺の方が怒られるに決まってる」
「はっはっはっ! うまく頼むよ」
気楽に言ってくれるが、ルニルアーラは怒るだろうな。
なんとかベッドの上で話を付けられたらいいんだが……。
無理か?
「さて、残る問題だが?」
俺は後ろを見る。
「っ!」
そこには硬い表情のシアンリーがいる。
「さて、姫様、どうするね?」
なし崩しに俺の行動に付いてきている形になっているが、俺はまだシアンリーの意思を確認していない。
「このまま俺と行くなら、ちょっと派手な逃避行をすることになるが?」
「本気なの?」
「なにが? って聞くのも野暮だな。こいつらを連れてタラリリカ王国まで行くって件なら本気だぞ。そりゃま、居心地のいい旅行案内はできないがね」
俺はそう言ってミリーナリナを見る。彼女の乗馬技術はまだまだなので馬車で行く予定だ。
「お尻を守るクッションはたくさん用意してあります」
俺の視線をどういう風に受け止めたのか、ミリーナリナはそう言って笑う。
「それに、うちの馬車はけっこう高性能ですから」
「そうか」
それなら何も言うまい。
それに、彼女の場合は一族の主であるアーゲンティルがそうすると決めたのだ。見かけによらず強かなようだが、だからといって麻のごとく乱れるだろうファランツ王国内にとどまって無事でいられる自信はないだろうに、そしておそらくだが、そこまでしてとどまる理由も思いつかないのだろう。
貴族としてそれはどうなんだ? と思わないでもないが、ミリーナリナよりもはるかに貴族としての歴が長い連中がアーゲンティルを代表にちらほらといるので彼女にそれを聞くのもまた野暮だ。
だが、シアンリーは彼らにそれを聞く権利があるだろう。
「あなたたちは、それでいいのですか?」
「もちろん、貴族としては決して褒められた行為ではないでしょうな。自らが治めていた土地から逃げ出すのですから。義務を放棄したと謗られてもいたしかたなきことかと」
シアンリーの問いに、アーゲンティルが代表して答える。
「しかし、では、いたずらに土地に拘り、国という旗に拘り、民に勝てぬ戦を強いることが貴族の務めでしょうか?」
「それは……」
「我々がいなくなることで民の被害が抑えられるなら、その決断をすることもまた貴族としての潔さではないでしょうか?」
「…………」
すらすらと並べられていく嘘くさい正論を前にシアンリーが言葉を失う。だめだぞ姫様、その爺さんは真面目な顔をして嘘を吐けるからな。
そして、アーゲンティルの爺さんはこっそりとため息を吐いた。
どうやらシアンリーを貴族的言葉遊びの相手として不十分と感じたのだろう。
「姫様がタラリリカ王国に赴くことには三つの利益があります」
「それはなんですか?」
「まず一つは王家の血統を残すという意味で、です。グルンバルン帝国はザルドゥルを新王として奉じることでファランツ王国の血の正統を主張する予定のようですが、彼はあくまでも臣籍降下した身、そのやり様に不満があったとしてもこの事実は変えられません。その点、シアンリー殿下はいまだ王族としての地位にあり、継承順位はザルドゥルよりも上です」
「……わたしが、復興のための兵を起こす大義になれると」
「その通りです」
「では、次は?」
「称号としての格の問題です。グルンバルン帝国の新皇帝ユーリッヒは《太陽王》となったことを公表し、《魔導王》と手を組んで領土拡大を始めました。《勇者》より昇華して《王》位を得た者が二名です。そこで仮に、逃げやすい南へ向かいエクリプティオン王国に助けを求めたとしましょう。エクリプティオンの《武王》が同じ《王》位を持つ者二名を相手に戦ってくれるでしょうか? 《勇者》を失ったばかりのザラン連邦も同様です。私ならば無用な戦を避けるためにファランツ王国からの亡命者の受け入れを拒否するでしょう」
「……三点目は?」
「対して、こちらにいるダンゲイン伯爵にはそれ以上の称号を隠し持っている可能性があることです」
アーゲンティルの言葉で俺に視線が集中した。
「そうなの?」
「秘密」
シアンリーの問いに俺はそう答える。
茶化した態度に周囲からちょっと険悪な空気が流れたが、アーゲンティルは構わず話し続ける。
「彼がそのことを公表するしないはどうでもいいのです。ですが、彼のいままでの行動を調べたところ、歓楽都市での【天啓】から得た言葉しかり、主戦場での戦いぶりしかり、タラリリカ王国での戦いしかり、とてもただの《勇者》にできる範疇を超えていることは事実。彼は《勇者》から昇華し、《王》位二名を相手にしても物ともしない力を得ていると確信します。その一端を、すでにここにいる皆で体験したはずだ」
最後の言葉は周りで聞いている将兵や貴族たちに向けられていた。
「そしてなにより、彼はユーリッヒとの敵対を明確にしている。これほど我らにとって都合の良い人物はいないと愚考いたします」
「……あなたたちは、わたしに父母や家族を見捨てろと言うのね?」
「まさしく」
アーゲンティルは躊躇なく頷いた。
その冷酷さが逆にシアンリーに現実を突きつけさせたのだろう。
彼女は硬く目を閉じ、そして開いたときには何かが変わっていた。
この瞬間、シアンリーは一人の女王となったのだと俺にもわかった。
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