262 新米伯爵はやり放題 22
祝勝会の途中でアストルナークがいなくなった。
ミリーナリナもいなくなったのでそういうことなのかもしれない。シアンリーが至った結論にシビリスも辿り着いたのか、ひどく落ち込んだ様子で去っていく。
その光景がつまらなくて、シアンリーはさらに酒を飲んだ。
元々酒は好きではない。食前酒を少し嗜むぐらいしかしていなかったが、今日はあり得るはずがないと思っていた勝利を掴んだ日なのだから少しぐらいと思って配られた葡萄酒に口を付けた。
それからしばらくしてから、落ち込んだシビリスを見てしまったせいで杯を傾ける回数が増えていき、止めることができない。
やがて意識は朦朧とし、誘われるままに自室へと戻った……はずだった。
†††††
必死に走っているバカがいる。
数は四人。
その四人がひぃひぃ言いながら女を運んでいる。
進んでいるのは俺が作った地下の通路だ。一万の軍勢が不自由なく進めるように作ってあるので、四人だけだと広すぎて空間を持て余している感がある。
このまま進めばグルンバルン帝国に近い森に出るだろう。
「おい、そろそろ代わってくれよ」
女を背負っている一人が懇願する。
「さっき代わったばっかりだろう」
「ふざけんな。俺は鎧を着てるんだぞ!」
「そんなの、全員一緒だろう」
女一人を運ぶのに苦労しながら騎士……いや騎士もどきどもは進んでいく。
そんな風に不毛で潤いのない文句を言い合っていた騎士もどきたちなのだが、やがてその言葉は泣き言に変化した。
「畜生、なんでこんなことに……」
「このままうまくいけば、俺たち新生グルンバルン帝国で貴族になれたはずなのに」
「いや、まだ大丈夫だ! あの作戦が終わったわけじゃないんだから」
「そうだ。そうだよな……」
「それに俺たちにはこの手土産がある!」
「そうだよな、王族の人質が手に入れば、あんな敗北なんて帳消しになるはずだ」
「そうしたら、俺たちなれるよな?」
「ああ、こんなうだつの上がらない国からは脱出して俺たちは貴族になるんだ!」
「それ、本気で思ってるのか?」
「「「「え?」」」」
俺が声をかけると四人が足を止めた。
「焼くに焼いたり数万人。グルンバルン帝国軍は少なくともあの場で一万人以上が焼死したし、生き残った連中も大半が重度の火傷を負った。治療が行き届くまでにさらに何千人かは死ぬだろうな」
「なっ、あっ……」
「ダ、ダンゲイン伯爵……」
「そう、俺だよ」
「い、いつから……」
「ずうっといたぜ?」
「え? ずっと?」
「酔っ払った姫を運ぶところから、ずうっと」
「…………」
衝撃の事実だったのか、連中、言葉も出ない様子で俺を見ている。
俺は話を続けた。
「楽勝気分のところで手痛い敗北だ。皇帝の怒りをどこに向ければいいか、帝国の将軍連中はいま、必死に頭を回転させるところだろうぜ」
で、この騎士もどき連中は誰だっけ? ……ああそうだ、王都に来た時に絡んできたバカたちだな。
なるほどな。帝国軍と通じているだなんて、バカなりに生き残り策を講じていたわけだ。
「で、だ。将軍たちは皇帝に敗北の理由をどのように報告すると思う?」
「…………」
「…………」
俺の問いに騎士もどきたちは答えられない。
人間、自分の未来は都合よく考えたいからな。
だから、都合の悪い未来は考えない。考えたくない。
なので俺が代わりに応えてやる。
「内通していた連中が情報を寄こさなかったのでこうなりましたって言うと思わないか? お前らが将軍の立場ならなんて言う?」
「あっ、う……」
「そもそも、グルンバルン帝国がいまさらファランツ王国の王族を欲しがると思うか? 王族ってだけならザルドゥルがすでにいるんだぞ? しかも《勇者》だ。ファランツ王国を支配する正当性とやらを主張するだけならあいつだけで十分だろう」
「「「「…………」」」」
もはや返事さえもできない。
息が詰まったような顔で喘ぐ四人を俺はにやにやと眺める。
いやぁ、必死に間違った道を進んでいく奴らが転ぶ姿って面白いよな。
まさしく無様って感じだ。
無様ここに極まれり、ってな。
「伯爵、たすけてください!」
一人が飛び出してきて、俺の前で土下座をした。
「俺たち貴族の次男三男はこうやって生きてくしかないんだよ」
「そ、そうなんです!跡継ぎにもなれず、養子に行く先もない俺たちなんてゴミ以下なんだ!」
「俺たちだって別にこんなことをしたいわけじゃないんです!」
「ただ、生き延びたいだけなんです!」
全員がその後に続いて土下座してくる。
うわぁ……寒っ。
「ふうん……」
「「「「たすけてください!」」」」
声を揃えるところまで気持ち悪いな。
「貴族になれなくとも騎士にはなれてんだろ?」
「え?」
「は、はい」
「なら、別に食うに困ってるわけじゃないよな? 立派な鎧も来てる。衣食住は事足りてるわけだ」
「「「「…………」」」」
「で? なんだって? どうやって生きてくだって? 貴族になれないから国の犬だとわんわん吠えて、庶民をいたぶるしかできないって? 他の連中がどうやって生きてるのか見てんのか? その目は何のために付いてんだ?」
「「「「…………」」」」
「人間になってから物を言え」
「くっ……そがっ!!」
説得が無理だとようやく気付いたようで土下座の態勢から剣を抜く。
抜こうとして、鞘に引っかかった。
しかも全員。
立ち上がるのにも失敗してその場でこけた。
そんな体たらくで、不意打ちなら俺に勝てると思ったわけか?
「結局、甘い夢を見る以外にお前らにできることなんてないってことか?」
見せつけるように剣を抜き、連中の命乞いの声を聞きながら一人ずつ首を刎ねていった。
「うっ……」
シアンリーが小さく呻く。
意識はあったのだが、酔いが回り過ぎて思うように動けなかったのだ。
「お姫様は無事か?」
「……無事よ。でもちょっと……気分が」
騎士もどきどもに揺らされまくったせいで顔が青くなっている。
吐く手前だ。
「締まらないな」
【解毒】
酒も薬も過ぎれば毒だ。この魔法で治る。
ちなみにだが、薬と合わせてこの魔法を使おうとすると、薬効の方が消えてしまうので注意だ。
「……ありがとう。でも、これは」
「裏切者だ」
「そんな……」
勝利したばかりなのにこんなことを聞かされるなんて……シアンリーの表情にはそんな感情が浮かんでいた。
「……ああ、悪いがお姫様よ」
「なにかしら?」
「もっと悪い知らせを伝えないといけないんだわ」
「え?」
「まぁとりあえず、一回戻ろうぜ。おんぶしてやろうか?」
「いらないわ」
悪い酔いは消えたはずだがシアンリーの表情は相変わらず暗いままだ。
それも仕方がない。裏切られたばっかりだしな。
その上、俺がこれから伝えなきゃいけないことはその上を行く悪いことだ。
「大丈夫でしたか?」
砦に戻ると硬い表情のミリーナリナとわけがわからずにうろたえているシビリスに出迎えられた。
他にもシアンリーの補佐で付いてきてうちの部隊をまとめている騎士隊長もいる。
ミリーナリナが集めたのだろう。
せっかくの戦勝でよい気分になっていただろうに。
悪いことをしたという思いつはあるが、仕方がない。
俺たちは会議室に移動した。
「それで、悪い知らせってなにかしら?」
部屋に入るなり、シアンリーが待ちきれないと口火を切る。
「ああ、それなんだけどな。この戦争、もう負けてるぞ」
俺はミリーナリナを見た。
彼女が代わりに説明をする。
「ヴァリツネッラ要塞で防衛戦を行っている間に、グルンバルン帝国は各地で懐柔策を行っていました。その結果、ザルドゥル新王を奉じてグルンバルン帝国に降伏することに応じた貴族の数は二十家に及びます」
ちなみに、ファランツ王国の全貴族は三十三家だそうだ。
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