255 新米伯爵はやり放題 15
突如として現れたもう一つの要塞。
いや、規模としては砦で十分だろう。頂点に穴を開けた卵の上半分という奇妙な形をした円蓋状の建物だが、その規模からしてこの戦場で重要な役割を果たすとはとても思えない。
すでにここには十万にも及ぶ敵軍がおり、わずか千人ばかりの兵を収容した砦がもう一つ増えたところで、戦況に大きな変化を与えることはできない。
ただし、普通の兵士がそこにいるだけならば、の話だ。
ここには俺がいる。
砦を作って数日はあえて何もしなかった。出入り口も何もない円蓋状の建物の様子を見るために騎兵の偵察だけでなく、【飛行】や【浮遊】の使える魔法使いたちが様子を見に来たが、空からの偵察にのみ矢を使って追っ払わせただけだ。
それでも中の様子は丸見えだったろう。中にいるのが本当に千人程度の魔法によって急増された砦だと判明し、監視がわずかに付くだけにとどめられた。
これが現実的な対応……なんだろう。
とはいえ監視の目がなくなったわけではないのだが、この砦ができて十日ほども過ぎれば相手の注意力もずいぶんと散漫になってきている。
「しょせんは庶民よ。戦がわかっておらん」
と帝国軍本陣では俺をバカにする声も聞こえてくる。
飛行型監視迷宮【雷天眼】の精度は日を追うごとに上がっている。いまでは焦点を定めればその場所の話し声まで聞こえるほどだ。
それぐらい油断したので、そろそろ頃合いだろう。
「よっと……」
その日、俺は砦の屋根に上った。
曲線を描く屋根の表面は硬化した土で引っかかりはそれなりにある。
「やってるやってる」
【雷天眼】を通して確認しているが、本日も帝国軍は変わりなくヴァリツネッラ要塞を攻めている。
身体強化系の魔法をかけた騎士や戦士が城壁登攀用の爪付き籠手やブーツを着けて壁を駆け上り、魔法使いたちは要塞に仕掛けられた対魔法結界を解除するための静かなる戦いを行う。
もしも対魔法結界が外れるようなことがあれば、攻撃魔法の雨が要塞を襲うことになる。
大要塞で使われる大魔法の使用は人類領戦時協定で禁止されているという話だ。帝国軍がそれを使う様子はない。
ヴァリツネッラ要塞はファランツ王国の西を守る最大の要衝なだけあって、十万の軍勢に囲まれてもびくともしない頑強さを持つ。
帝国軍も攻め手に欠けて膠着状態に陥っている。
とはいえいまの状態はどちらにも不利益な点がある。
グルンバルン帝国は十万の軍勢を維持するための戦費が莫大であるという点だ。日を追うごとに消費され続ける糧食や矢弾、回復薬などを補給し続けるのはそうとうな痛手だろう。
そしてファランツ王国側はヴァリツネッラ要塞に戦力を集中させ過ぎた、という点だ。初動でヴァリツネッラ要塞に王国軍のほとんどを集結させてしまったため、帝国軍の後背を突く部隊を編成できないでいる。
その部隊役を俺がやってもいいのだが、やはり、今回は別の作戦で行く。
ふふふふふ……軍師アストルナーク様誕生の瞬間を見るがいい。
まぁしかし、そのことに驚愕するのはあと少し先のこと。
屋根に上った俺はヴァリツネッラ要塞で起きている攻防戦に目を向け、そして手にしたノアールの弓を構える。
放つ。
本来なら、この急造砦から矢を放ってヴァリツネッラ要塞に届くはずもない。
普通なら。
俺は違う。
俺の膂力とノアールの弓ならばそれを可能にする。
ノアール製の黒い矢はほとんど曲線を描くこともなくヴァリツネッラ要塞にまで届き、空爆の機会を伺っていた魔法使いの数人をまとめて射貫いた。
連中の驚く姿を無視して別の場所に向ける。
城壁を駆け上がり、あと少しで胸壁に手を掛けようとした騎士の一人を射貫く。
対魔法結界の解除を試みて極度の集中状態にある魔法使い連中の一人を射貫く。
本陣近くにある帝国軍の旗を射貫く。
どこからの攻撃だと慌てている偉そうなのを一人、射貫く。
そんな感じで十人ほどを連続で射貫くと、見る間に帝国軍の動きが悪くなった。
「ふむ……」
やはり要所要所で活躍している奴がいなくなるとそれだけで勢いがなくなるな。
「そりゃ、暗殺稼業もなくならないわな」
一人二人の首を獲るだけで勝利が見えてくるのなら誰だってそれを狙うに決まっている。
「さて、俺の仕業だって気付くかな?」
「無理じゃないですか?」
後ろにこっそりと立っていたノアール(本体)が言う。
「マスターの腕もそうですけど、わたしの弓と矢がそんな迂闊な音を出すはずありません。完璧な静寂暗殺です」
「いや、それだと困るんだよ」
「それなら、音を出せる武器にしたらどうですか?」
「お前が出せよ」
「アレが見たいですね~。ノアールはアレが見た~い、です~」
「あん?」
いきなりノアールが変な節を付けて歌い出した。
「マスターが手に入れてた変な筒の武器~ノアールはアレが見たいの~です~」
「狂ったか?」
「見せてくださいよ!」
ノアールが言っているのはこの間手に入れた創世級武器の一つ、八象銃鳴雷のことだろう。
銃という武器はいままで見たことがない。
射出武器のようなのだが、はたしてどんな能力があるのやら。
「下手に使って被害甚大とかにしたくないんだがなぁ」
「それなら空に向かって使ったらいいんじゃないですか?」
「ふうむ」
他の創世級武具は似たようなのがあるから使い方がわかるのだが、こいつは初めての武器だ。
それでも俺の持つ《武聖》の称号が使い方を教えてくれる。
「ふむ……魔力を矢弾として射出する武器か。どんなもんかな?」
一見すれば握り部分がわずかに曲がった金属と木材を組み合わせた棒でしかない。曲がった部分がクロスボウのように持ちやすいように細工してあり、引き金もある。先端部分には穴が開いており、そこから射出する仕組みのようだ。
魔力を込めると内部で弾丸が形成され、引き金でそれが射出される。
「とりあえず、魔力は最小で……むっ、けっこう使うな」
「え?」
「んじゃ、いってみるぞ。ふうむ、再現現象選択……か。じゃあ雷で」
「え? どういうことですか?」
カチッとな。
弩轟!
その瞬間、空は光に包まれた。
八象銃鳴雷の銃口から放たれた極太の雷は幾筋にも枝分かれしながら空へと向かって解き放たれる。自然現象とは逆向きに放たれた轟雷は周辺の空を薙ぎ払い、戦場の音に呼び寄せられた厚い曇天を吹き飛ばした。
「…………」
「…………」
「うおおお……やっべぇぇ」
「すごいですねぇ」
あれ一発で素の【雷帝】ぐらいはあったぞ。
「こいつはなかなか、使いどころが難しそうだな」
少なくとも、精密な行動が必要な時向きではない。
「マスター。それ、ください」
「ざけんな」
そもそも、お前まだ大太刀竜喰らいも吸収できてないだろうが。
「浮気するのか?」
「はっ!」
俺の言葉で顔色を変えたノアールは背負っていた大太刀竜喰らいを手にして「違いますからね!」とか言い訳している。尻にでも敷かれているのか?
そんなことはともかくとして、さすがにこんな騒々しいことをすれば俺たちへの注意が集まる。さっきまでの不可解な妨害が俺によるものだと気付くだろう。
「こら~!」
と、砦から誰かが怒鳴っている。
見下ろせばシアンリーだった。
その隣にはミリーナリナがいて、こちらに手を振っている。
「いま降りる」
俺はそう声をかけると、ひょいと飛び降りた。
『庶民勇者は廃棄されました2』の発売日がオーバーラップ文庫のサイトにて発表されました。
10月25日発売です。
EXエピソード他、色々と加筆修正していますのでお楽しみに。




