235 新米伯爵はやり放題 13
ヴァリツネッラ要塞を包囲するグルンバルン帝国軍十万の兵だが、なにも全てが要塞だけを見ているわけではない。
王都ランツから派遣された討伐軍五千が非正規戦を演じて帝国軍の侵攻に対し儚い抵抗を続けているため、それを警戒した監視や偵察の部隊が各所に配置されている。
その一つが本体に近づく黒い人馬を発見した。
発見した者はそれを見て、魔物かと思った。実際に部隊の者に魔物が来たと叫んだ。
「バカな!」
報告を聞いた隊長は自ら視力強化の魔法を使って確認する。
「ひえっ!」
拡大された視界に大写しになったのはこちらに迫ってくる騎馬の顔だった。
軍馬用の重々しい装備を付けたその黒馬の威容に隊長も思わず悲鳴を上げてしまう。
だが、それでもさすがは隊長を任されるだけはある。黒馬の威圧に負けることなく、その背に乗る人の姿も確かめた。
黒馬と同じような黒い全身鎧を纏っている。人馬で合わせた装備のためか、それは人馬一体を超えたキメラのようにさえ、見えた。
「騎馬だ。人が乗っている! 単騎突っ込んでくるぞ!」
そう叫んだものの、隊長は次の悩みに直面することになる。
ただ一騎の突撃を敵襲として知らせるべきかどうか。
黒馬は巨大であり、騎乗者が持つハルバードも見たこともないような立派なもののようだが、それでも一人。
その隊長が任された監視部隊には二十人からの兵がいる。
帝国旗も白旗も掲げていない所属不明の騎馬をこれ以上近づけさせる理由にはならない。
「よし、射撃準備。各自、あの所属不明の騎馬に向けて一斉射だ。……放て」
隊長の号令の下、《魔法使い》はそれぞれの得意な射撃魔法を使い、それ以外はクロスボウでの一斉射を行う。
射撃魔法の多くは初歩的な【火矢】だったが、中には一つ上の【剛火矢】も混ざっていた。ともあれクロスボウの矢弾よりも早く目標に着弾したため、その辺りは火に包まれた。その中に矢弾が飛び込んでいく。
「やったな」
火炎の渦に呑み込まれた騎馬の姿に、誰もがそう思った。
……が、その確信は即座に馬蹄の音によって否定される。
黒い騎馬は火炎を突き破って姿を見せると、監視部隊が次の行動に移るよりも早く距離を詰め、駆け過ぎていく。
「おうらっ!」
通り抜ける最中、馬上より振りぬかれたハルバードの一閃が軌道上にいた兵士たちをまとめて薙ぎ払った。
巻き上げる肉片交じりの血風の中には、隊長の死体もあった。
ハルバードの圏外にいた生き残りの兵士たちは通り抜けた黒い衝撃にしばし呆然とした後、ようやく敵襲を知らせる魔法信号を飛ばしたのだった。
だが時すでに遅く、黒い暴風は本陣へと辿り着こうとしていた。
巨大な天幕を中心とした簡易的な建物の集合体。魔法を利用して作られた堀とそこから出てきた土砂を利用して作られた壁。
グルンバルン帝国軍の本陣はすでにちょっとした砦の様相を呈している。
「敵騎馬一、接近中!」
信号よりも先に後方で起きた火炎魔法の余韻を発見していた本陣の物見が告げる。
「近づけさせるな!」
隊長格の者の命令で迎撃が始まるが、矢も魔法も人馬の黒い鎧に傷を与えるどころか、勢いを止めることさえもできない。
疾走ではためく黒いマントがまるで魔物の蠕動のようで、近づいてくる勢いと合わせて迎撃している者たちの精神を恐怖で削っていく。
ついになすすべもなく本陣の間近まで接近したが、そこは入り口ではない。聳える壁を前に人馬は間抜けな方向転換を余儀なくされる……はずだった。
「なぁっ!」
それを見たものは皆、そんな声を上げた。
なんと人馬は勢いを止めることなく走り、堀を超えたかと思うとその足で壁を駆け上ったのだ。
壁の上で妨害をしていた兵たちの一角はその突撃によって吹き飛ばされ、黒い人馬は本陣の深くへと入り込んでいく。
もはや止めることができる者などいない。
侵入は即座に知らされたが、運よくその前に立ちはだかることができたものは黒馬の突進か、ハルバードの犠牲になるのみだった。
誰も止めることもできず、黒い人馬は本陣の天幕に入り込んだ。
騎乗したままの者をも簡単に受け入れる大きさの天幕の中には何枚もの地図が並べられたテーブルが置かれ、それを囲むように幾人かの人物がいた。
どうやらこの軍のお偉いさん連中のようだ。
「おや?」
だが、目当ての人物たちが見つからず、黒い兜の中から声を出す。
「なんだ、ユーリッヒはいないのか」
【瞳】の気配はあるから《魔導王》シルヴェリアもいるのだろうと思ったが、そちらもいない。
「何者か⁉」
誰ともなく誰何の声が俺に浴びせかけられる。
外の混乱はすでに聞こえていたようで皆武器に手をかけているが、その程度の警戒でしかない。
「いや、ちょっと挨拶に来たんだけどな」
そう言って、俺はノアールの変じた黒馬から降りる。突撃するときに着させられた全身鎧は下馬する際にするりと外れた。まるで布を引くかのような脱衣にお偉いさん連中がどよめく。
「お前はっ⁉」
どうやら俺を知っている奴も混ざっているようだ。
「どうも初めまして、タラリリカ王国のアストルナーク・ダンゲイン伯爵様だ」
俺は礼儀正しくそいつらに挨拶してやる。
「で? ここにいるのはユーリッヒの尻にくっついた連中だけか? あいつはいないのか?」
「貴様っ! 皇帝陛下に対して無礼であろう!?」
「成り上がりの分際で!」
「はっは! 成り上がりって意味なら、いまのあいつもそんなもんだろう」
謀反を起こして皇帝になったんだ。
とてもとても……正式な手順を踏んだとは言えないだろう?
「俺の質問の答えはまだもらってないな。ユーリッヒはここにいないのか?」
「我らが皇帝陛下が前線になど来られるわけがなかろう!」
「なるほど。だからこんなにちんたらしてんのか」
《太陽王》と《魔導王》が本気を出していればこんな要塞を落とすのにこんなに時間を必要としないだろう。
ザルドゥルも王都ランツに潜入して試練場にいたしな。自分を鍛えるにしてもこの国を占領してからでもよかっただろうに。最強戦力である《王》位も《勇者》もいない。なにを考えているんだか。
まぁ、ある意味で一方的な強者のいない健全な戦場だったのかもしれないが。
しかし、そこに俺が現れたから、もうここは健全ではなくなったわけだ。
「いないんならしかたないが、なら早い内に呼んだ方がいいぞ。そうでないとお前らの計画表が相当に狂うことになる」
「ぬかすなっ!」
叫んだのは後ろにいる奴だ。
気付いていないとでも思ったのか、でかい奴が背後から戦斧を振り下ろしてくる。俺はハルバードを持ち上げて、それを受け止める。
「ぐぐぐっ……」
ハルバードの斧の根部分で戦斧を受け止められ、そのでかい奴は唸っている。
「ノアール、会話を邪魔してくる奴ぐらい排除しろよ」
「ええ……マスターも物足りなさそうだと思ったものですから」
馬の姿のままノアールが答える。
少女の声で話す馬にその場にいた連中が驚く。
すでに天幕の周りには相当な兵士たちが取り囲んでいるようで、分厚い布を切り裂いて兵士たちが入り込み、テーブルを囲んでいたお偉いさんたちの救出を始めた。
「まぁいいや。言いたいことは言った。おい、お前」
「ぐうっ!」
必死に戦斧を押し込もうとしてくる脳筋男に話しかける。押してダメなら引いてみなってできないのかね。
「置き土産になりたくなかったらいますぐ逃げな」
「ふざけるな!」
「ああそうかい」
戦斧を必死に押して、それでハルバードを抑え込んでいるつもりなのかもしれない。お偉いさん方を退避させた兵士たちが俺に対してクロスボウを向けている。
「やれ!」
悲壮な覚悟を決めて脳筋男が叫ぶ。
「やれないよ」
俺は軽くハルバードを上げ、槍部分で脳筋男の頭を串刺しにすると、そのまま横に払う。
撃ち込まれた矢弾は哀れ脳筋男の全身に突き刺さっただけで終わった。
振りぬいたところで脳筋男の死体がすっぽ抜けて飛んでいく。その先で悲鳴が上がっているが、無視して馬状態で待機しているノアールに乗る。
するりと俺の全身に黒の全身鎧がまとわりつく。
「じゃっ、ユーリッヒに伝えとけ。『俺が来た』ってな」
そう言い残すと、俺は外に向けてノアールを走らせた。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
また、まだ一巻を購入しておられない方は下のリンクから各種サイトに移動できますのでこれを機に是非。




