252 新米伯爵はやり放題 12
ダンゲイン伯爵との交渉はそれほど長い時間とはならなかった。
こちらの提案を彼は条件付きで受け入れ、王がその条件を認めたからだ。
こちらの提案は、現在ヴァリツネッラ要塞で行われているグルンバルン帝国との戦いにダンゲイン伯爵が参戦することだ。
それに伯爵はランダルス公爵に依頼した物資が揃うまでという条件を付けてきた。
「まったく気に入らない」
自身の執務室でそう呟いたのは第二王子のデロイトだ。
彼は現在騎士団総団長の地位にありヴァリツネッラ要塞への援軍を編成しているところだ。
つまり、ダンゲイン伯爵を実際に扱わなければならないのは、デロイトなのだ。
戦士団に所属して大要塞での戦いにも参加したことのあるデロイトは戦場における《勇者》の性能も心得ている。
雷の《勇者》アストが噂通りの性能だとすれば、裏切ったザルドゥルの穴を埋めて余りある活躍をすることだろう。
それはわかっている。
だが同時に、ザルドゥルが裏切ったという事実がデロイトの心に棘を刺して苛立たせる。
「《勇者》など信用できるものではない」
ザルドゥルはデロイトにとって異母弟だ。ともに王族の中で武の道に進んだ者として、彼は弟に対して劣等感があった。
《勇者》という壁は凡人にとっては絶望的な高さと厚さを持って威圧してくる。それは希少であろう王家の血筋など歯牙にもかけない希少性を誇示しているのだ。文官肌の王太子とは別の場所で自己を主張するために武の道に進むしかなかったデロイトにとって、後から現れた弟が武の究極へ向かえる存在だなとと冗談以外の何物でもなかった。
こちらならばなんとかと思っていた道を後からやってきた身内が飄々と追い抜いていく様は、心が引きちぎられるような屈辱をデロイトに与えた。
この件に関してはザルドゥルにも言い分はあるだろう。
なぜならば、彼だけがファランツの家名を名乗ることを許されていないのだから。
しかし、往々にして劣等感を抱いている側は相手の事情など考えない。いや、相手の事情がどうであろうと関係がない。
《勇者》はデロイトにとって憎むべき存在なのだ。
そして、デロイトが見るにあのアストルナーク・ダンゲイン伯爵は《勇者》の傲慢をこれでもかと体現していた。
そんな奴を使わなくてはならないとは……。
「だが、相手には《勇者》から昇華した《王》が二人もいる」
太陽の《勇者》ユーリッヒは昇華して《太陽王》となり、母国であるグルンバルン帝国を簒奪した。
そう。選ばれた存在である《勇者》がさらに強くなったのが《王》だ。
さらにそのユーリッヒに《魔導王》シルヴェリアが味方したという話も聞いている。《勇者》よりもさらに強い化け物が二人もいるような国が攻めて来ていて、わが国の《勇者》はそちらに裏切った。
デロイトにとっては劣等感の塊が接近しているようなものだ。
国防の危機も裏切った弟も、《王》たちも、そしてまた別の《勇者》に頼らなければならないことも……何もかもが面白くない。
「殿下、よろしいでしょうか?」
苛立たしさに神経が焼ききれそうになっていると、来客があった。
腕に怪我をしたその騎士たちはアストルナークと問題を起こしていた者たちだ。
そしてデロイトにとっては騎士という名目だけを与えた不要な連中だ。国内の貴族たちとの付き合いがなければ、とっくに追放するか、なんらかの罰を与えていたところだ。
だが、すでに使える者たちはヴァリツネッラ要塞への増援に向かわせている現状では使えない彼らをも使わなくてはならない。
「何用だ?」
そんなつまらない連中が何をしにここへ来た?
つまらないことであればただでは済まない。そう視線で威嚇をすると騎士たちは怯える様子を見せながら告げた。
どうもダンゲイン伯爵のことが噂になっており、それを聞きつけたこの騎士たちは忠言に来たのだという。
「奴は犯罪者です。止めようとして我らはこのような怪我を」
そう言って無念そうに手を見せる。すでに魔法医に治療を受けているだろうに大げさなことだと、きれいな包帯を冷ややかに見やる。
……と、そうだ。
「そうだな。それほどに危険な人物であるなら卿らに任せるしかあるまいな」
「え?」
彼らはデロイトが伯爵になんらかの罰を与えることを期待したのだろう。
バカどもめ。
それでもバカなりに予想外のことを言われようとしていることがわかったのだろう。連中はひきつった顔でデロイトを見た。
そんな顔をさせても、まったく留飲は下がらなかったが。
†††††
俺の言い分はあっさりと通り、三日後には戦場へ出発ということとなった。
向かう先はヴァリツネッラ要塞。
王都ランツとグルンバルン帝国との間にそびえる一大拠点だ。
そこには三万の将兵が詰めて籠城戦を演じている。
さらに要塞外に五千の兵が潜伏し、非正規戦を演じている。
《魔導王》シルヴェリアがグルンバルン帝国側に付いた以上、彼女の母国であるファランツ王国の東に位置するバラグランズ王国も敵となったと考えねばならず、そのため国境線から兵を動かすことができない。
ヴァリツネッラ要塞とその周辺に展開した兵力が、現在のファランツ王国の全力だという。いまのところは後背を突かれるのを恐れて要塞にかかりきりだが、犠牲を覚悟の短期決戦で王都ランツへと進路を変更されれば、この国は一気に危機に陥るだろう。
俺が見ても王都に兵気は感じられなかった。
それでもなんとか絞り出された千人の兵とともに俺はヴァリツネッラ要塞へ向かっている。
まぁ、搾りかすのような連中なので内容がひどいのだが。
ノアールが変化した黒馬に乗った俺に鬱陶しい視線を送ってくるのは騎士たち。王都に来てから痛めつけてやった連中だ。他にも騎士はいるのだが、どいつもこいつも目つきが悪かったりやる気がなさそうだったりする。
そんな奴らに率いられた兵士たちも同様の空気を放っている。
ミリーナリナから事前に情報をもらったが、どうもこいつらは隊内で罪や問題を起こしたりなどをした素行不良の騎士や兵士どもたちらしい。
本来なら規律のために牢に入れたりなどしておくのだが、もはやそんなことも言っていられない。こうやって一まとめにして戦場に送り出そうということだ。
そしてそいつらを俺が率いている。
よそ者に指揮権なんて与えていいのかと思うが、こんな連中だからだろう。
「まぁ、どんな状況でもやることは一つだ」
「なんですか?」
黒馬姿のノアールが馬首をひねって俺を見る。
「適当にやる」
他人の戦争なんて真面目にやってどうするんだか。
「そんなことだろうと思ってました」
「なんだ? やる気がないな」
「ここ最近、連続で暴食をさせられましたからもう理解しました」
「なにを?」
「無意味にたくさん食べたってあまり成長に関係しませんし、まさら人間の兵士なんて何の役にも立ちません。もっと強い敵と戦ってください」
「我儘を言う」
そんな奴がいるんなら喜んで会いに行くんだがな。
「……とりあえず」
せっかく戦場に来たんだからなにがしらかは手に入れたいとは俺だって思っている。
よく考えてみれば、俺は戦いの経験は数知れないが、戦場の経験はほぼない。
大要塞でも戦場の中心に立って前後からの攻撃を浴びていただけだしな。
今後のためにも戦争経験は積んでおくべきだ。
ただまぁ……俺に将軍の才能があるとはあまり思えないが。
「……と、あれか」
進軍すること数日、噂の要塞が姿を見せた。
ヴァリツネッラ要塞だ。
ファランツ王国西部防衛の要である要塞は、グルンバルン帝国軍十万の兵に包囲されている。
「まさしく、人がゴミのようだ。だな」
現在進行形の攻城戦の様子を俺は感心しながら眺める。
要塞から少し離れたところに帝国側の陣営があるのだが、テントを並べるだけではなく、簡易的だが建物がいくつも並んでいる。
「帝国は要塞を包囲してこちらの戦力をこの場に張り付けさせながら王国西部の貴族たちを取り込んだり攻め滅ぼしたりしている。もう西側は落ちているも同然よ」
苦い声でそう言ったのはシアンリー。第五王女様だ。
なんと、こんな不良部隊に混ざって王女がやって来ているのだ。
「いまさらだが、ほんとによかったのか?」
第五王女は試練場にも一緒にいた連中と共にいる。もちろんその中にはシビリスもいた。
「国が亡べばお姫様もなにもないわ」
硬い表情でそう言い切る王女様の言葉は嫌いではない。
向こうは俺のことが嫌いなようだが。
「そいつは大した心構えだ」
「ふん!」
褒めてもこの態度だ。
まぁ、試練場の奥にまで辿り着けるぐらい努力したっていうのに、指揮権は与えられないわ、捨て駒みたいな部隊に押し込められるわじゃ、気分も腐るわな。
「それで、これからどうする気なの?」
「うーん?」
俺の間延びした返事にシアンリーは顔をしかめる。
デロイトの指示では非正規戦……まぁ嫌がらせだな、それに徹しろとのことだった。
補給する場合の拠点もいくつか教えてもらっている。
「隙を見て後方かく乱とかをするとしよう」
補給部隊を叩くとか、そういうの。
だけどその前に……。
「俺が来たって教えてやらないとな」
ノアールの馬体から斧がでかめのハルバードを引っ張り出し、肩に担ぐ。
「な、なにをする気?」
「ご挨拶。ここで待ってな」
答えると、俺は馬腹を蹴って敵陣めがけて走り出した。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
また、まだ一巻を購入しておられない方は下のリンクから各種サイトに移動できますのでこれを機に是非。




