246 新米伯爵はやり放題 06.
ノアールに拳を握られて騎士が悲鳴を上げる。
その奇矯な光景に野次馬たちはどよめく。
「貴様っ!」
「なにをしている⁉」
「放せ!」
仲間の騎士が騒ぐと、ノアールは涼やかに笑い、握っていた手を広げる。
だが不思議なことにその騎士は拳をノアールの手から離そうとしない。
ただただ悲鳴を上げてその手を離そうとしているのだが、離れない。まるで大道芸でも見せられているかのようだが、騎士の悲鳴と必死な表情は決して演技には見えない。
「あらあら、どうしました? まさかたかが小娘にいいようにされているわけではないですよね?」
「貴様、人間ではないな!」
ついに一人が顔を真っ青にして剣を抜いた。
周囲から悲鳴が上がる中、ノアールへと剣が振り下ろされる。
だがその剣が触れるよりも先に黒い少女はふわりとその場から飛んだ。
「……よく考えると、こんな惨めな男といつまでも触れているなんてありえないですね。きもい」
騎士たちの輪から抜け出したノアールは汚れを飛ばすように手を振るとその場から何事もないように去っていく。
騎士たちにもはやその背を追う気力もなく、野次馬たちとともにただ茫然と去っていく後姿を見送るだけだった。
やがて街に黒い少女の魔物がうろつくという噂が流れだすことになる。
††††††
「お願いがあるんです」とミリーナリナに手を握られ、もちろん俺は期待した。
なにしろミリーナリナは美少女だ。
美しすぎて変な魔法使いに捕まってしまうぐらいの美少女だ。
好機があるなら逃がす手はない。
「もちろん、俺にできることなら。それで、なにが望みなんだ?」
細い手を握り返して尋ねると、彼女は嬉しそうに笑って言う。
「この国を救って欲しいのです」
「え? それはやだ」
我ながらあっさりと掌が回った。
「え?」
あまりの返答の早さにミリーナリナも驚いている。
「で、でも、相手はグルンバルン帝国。太陽王ユーリッヒの国ですよ? ルナーク様は彼の人のことがお嫌いなのでは?」
「もちろん嫌いだ。だけど俺だって手がいくつもあるわけじゃないからな。あっちもこっちもってわけにはいかない」
いまの俺はタラリリカ王国のアストルナーク・ダンゲイン伯爵だ。
まずは自分の領地のことを考えなくちゃならん。
残念ながらね。
タラリリカ王国とファランツ王国はグルンバルン帝国を東西に挟む位置に存在する。現状では連携など不可能な立地条件だ。
それに背後に心配のなくなったタラリリカ王国とは違い、ファランツ王国の背後にはバラグランズ王国もある。魔導王の母国だ。太陽王と魔導王が手を組んだという話が事実なら、遠からずファランツ王国は滅びるだろう。
それがわかっているだろうにアーゲンティル・ランダルス公爵は何も言わない。
まぁ、あのじいさんは逃げる手段くらいいくらでも用意しているのだろう。
その孫はまだ国に未練があるようだが。
「いまは俺も伯爵になって領地の整理に忙しい。人手も資材も足りてない。うちに来たいって奴がいるなら受け入れてもいいが、国を救ってくれと言われても困る。そいつは、その国に住んでいる連中の問題で、俺の問題じゃない」
「ですがこのままでは、グルンバルン帝国はどこまでも膨張していきます。タラリリカ王国にとっても十分に脅威になるのでは?」
「そうかもしれないな。もしかしたら今すぐ動いた方がいいのかもしれない。あいつが膨らむだけ膨らむのを待っていたら俺の方がやられてしまうかもしれない」
「それなら……」
「だけど、今やったら俺が勝っちまう。国としての体裁なら俺の負けだが個人の力でなら俺が勝つ」
「…………」
「……それって楽しいのか?」
「た、楽しい?」
「ただ勝つだけで楽しいならとっくにやっている。そうじゃないからあいつは今でものうのうと生きている。殺すだけじゃだめなんだよ。すっきりしない。どうやればあいつが最低な気分で落ちていって、俺が最高な気分であいつを忘れられるか」
「…………」
「そいつを教えてくれ。そうしたら手伝ってやる」
そう言って走り続ける馬車から降りる。
「あ、マスター」
「ノアール? なにしてるんだ?」
「マスターがいないから探しに来たんじゃないですか」
「そうか。じゃあこのまま行くか」
「どこへです?」
「試練場」
「え? 行けるようになったんですか?」
「あっ、まだだわ。だけど場所はもうわかってる。入るのは問題ない」
「マスター、なんだかイラついてません?」
「ちょっとな」
「うわぁ、こわーい」
「煽る気ならやめとけ、そいつ没収するぞ」
「はーい」
試練場は現在の王都から少し離れた旧王城の中庭にある。王都拡大の折に騎士団の訓練場とすることで、騎士たちが試練場に挑戦することに不自然さを抱かせないようにしたようだ。
俺とノアールは【雷天眼】で試練場の前に転移すると素知らぬ顔で中に入る。
試練場の入り口には風神の試練場とあった。たしかファランツ王国を裏切ったザルドゥルが風の勇者だったか。
こういう地縁のようなものは勇者にとって関係あるのだろうか?
「どうでもいいか」
疑問はその場に残し、地下迷宮に入っていく。
最初に顔を出すのは試練場初心者向けのひ弱なゴブリンたち。主戦場にいるような魔族のゴブリンたちに比べれば栄養失調気味の腹ばかりが飛び出たようなゴブリンばかりだ。
接近するのも手間なのでノアールから分離形成させた弓で一体ずつ射殺していく。
解き放った矢は一体と言わずに貫通して複数体を殺していった。放った矢が分離していつものように獲物を捕食して戻ってくる。
矢が切れることのない弓ってのは便利だよな。
ついでに太陽神の試練場で覚えた方法で俺の紋章を侵食させつつ、奥へと進んでいく。
出てくる魔物は戦神の試練場でもおなじみだったような連中だ。太陽神の試練場のような独創性はなく、迷路と魔物と罠が組み合わさった基本的な地下迷宮だった。
「退屈だな」
罠は普通に歩いても見抜けるし、魔物は曲がり角から姿を見せたところで射殺せる。むしろノアールの矢の自由度が高いおかげで難易度の高い曲射も自在にやれる。跳ね返りを利用して見えない内に階層のボスさえも倒してしまえる。
楽勝だ。
そんな感じで悠々と奥へ奥へと進んでいく。
いくらか素材になりそうなものなんかも拾えた。
「こんなところ、来る意味あったんですか?」
「さあな。暇潰しにはなってるだろ?」
それにもしかしたら試練場のもう一つの顔を見せてくるかもしれない。
いまの俺ならそれほど苦労することはないかもしれないが、少しは楽しめるだろう。
「だがそうするためには試練場の最奥まで行ってみないとな」
「とても退屈です」
「まぁそういうな」
どうせ、いまは待ちの時間なのだ。
そしてあるいはもしかしたら、ミリーナリナが俺には思いつかないような面白い答えを見つけてくれるかもしれない。
俺はいつまであいつらを憎んでいればいいのか。
その疑問の答えを見つけてくれるなら、その代償にこの国を少しばかり長生きさせることはできるだろう。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
また、まだ一巻を購入しておられない方は下のリンクから各種サイトに移動できますのでこれを機に是非。




