245 新米伯爵はやり放題 05
ミリーナリナの説明で剣に家紋を刻印するのは貴族出の騎士がよくすることなのだそうだ。
「ばかばかしい」
俺は一言で切って捨てた。
「家紋が彫れるようなそこらの剣を使っててなんの自己主張になるのやら」
「そうなんですか?」
「考えてもみろ、必死になって戦ってるときに相手の剣の根元を見てる余裕があると思うか?」
「ああ……」
「相手にその余裕があるときは、すでにそれだけ実力差があるって話だ。……そうだな。身代金目当てで捕虜にしろって意味なら家紋も有効かもな」
ただしそれなら、剣じゃなくて鎧に刻んでいる方がはるかに有効だろう。
結局無駄ってことだな。
「そんなに目立ちたいなら格上の武器を持てばいい」
希少級やら伝説級なら金さえ払えば手に入らなくもないだろう。
「希少級はともかく、伝説級は無理かと」
俺の言葉にミリーナリナが困った顔をする。
「普通の騎士のお給金では希少級だって買えませんし、伝説級を買おうと思ったら貴族の家でもかなり覚悟を決めないと出せません」
だって伝説級なんですから。
と言われて、なるほどなと思った。
それが普通の感覚なのだろう。
ていうかそういえば、そもそもちゃんと武器を買ったのって冒険者になったときの最初の中古品だけか?
あ、あの変な武器屋で変な武器は買ったな。
身バレしてからは遠慮がなくなってきたからな。無限管理庫に貯めこんでる武器を使うのに躊躇がなくなったし。
ていうかこれからは、不死王の試練場で戦ってれば希少級以上の装備が次々と誕生するだろうし、狂戦士どもはほっとけばいつまでも戦い続けるだろう。
冒険者たちが集まってきたりしたら、希少級武器の値崩れとか起きるかもしれないな。
逆に死ぬまで戦いそうだから誰か制御できる奴がいる。
そこら辺は侍に昇華した連中に任せておくとしよう。
「うん? どうした?」
ミリーナリナが見上げるようにしてじっと見てくる。
「いえ、本当にわたしたちとは感じ方が違うのだな、と」
「変か?」
「それは変です」
「そうか?」
「でも、頼もしいです」
おや?
深窓の令嬢という仮面の下でなにかが蠢いた気がした。
熱っぽい色を帯びた視線が俺に注がれる。
見た目とは裏腹に、情熱的なところがあるのかもしれない。
「それで、ですね!」
と、俺が手を伸ばそうとしているとその手を逆にミリーナリナが掴んできた。
「お願いがあるんです!」
と、いきなり言ってきた。
†††††
その頃、気絶から目を覚ましたノアールは主人がいないことに腹を立てた。
「わたしを置いていくなんてひどい主人です」
前回もここ一番の激しい戦いに自分を連れて行かずゾンビばかり食べさせたし、どうにも自分への扱いが軽くなりつつある気がする。
「こうなったら何としてでもあなたを食べて、わたしの実力を示さなくては」
そう言って大太刀竜喰らいを見る。
舌なめずりする少女に神話級武器は大人の余裕を持って受け流す。
「むう」
その態度に少女は頬を膨らませる。
……常人にはまるで理解できないやり取りをした後、ノアールはおもむろにベッドから下りると部屋を出る。
鍵は主人であるアストルナークが持っていったが、彼女にこの程度の鍵は関係ない。そっと鍵穴に手を当てれば、皮膚の一部が変形して鍵穴の内部に侵入し、正しい形をを見つけ出すとかちりと音をさせて鍵が閉まる。
手応えに満足して戸締りを済ますと主人を探しに街へと繰り出すのだった。
もちろん、その背中には大太刀竜喰らいが背負われている。
異様に存在感のある武器を背負う黒い少女が目立たないわけがない。
ざわつく空気を素知らぬ顔でやり過ごし、宿を出たノアールは独自の感覚で主人がいる方向を見定めると歩き出す。
慌てたりはしない。主人の戦いの匂いは感じ取れる。
性的交渉の匂いも嗅ぎとれる。
いまはどちらもないので焦る必要はない。
主人の性的交渉は知的好奇心が満たされることも重要だが、それ以上にその際に体から発散される魔力のようなものも重要になる。
どうやらそれは仙気というらしいのだが、それを浴びるとノアールの能力までも向上しているような気になるのだ。
そうでなくとも浴びているだけでとても心地いい。
ノアールが黒号ではなくノアールとなったのは、あの仙気のおかげではないかと密かに考えている。
「こうやって自分で動くこともできるし、驚かれもしない。便利ですよね、この能力は」
黒号の頃でも動こうと思えば自分で動くことはできただろう。
だがその姿はとても奇怪で、こんな風に当たり前に人間の街を歩くなんて真似はできなかっただろう。
……いまはいまで物珍し気に見られているのだが、そんなことは気にしていない。
ノアールという黒い少女の美しさも目を引くのだが、それよりもなによりも視線が吸い寄せられるのは背中の大太刀にだ。
少女が背中に背負うにはあまりにも大きすぎるということもあるのだが、それ以上に武器そのものが持つ存在感に目を離せなくなっている。
素人でも普通の物ではないとわかってしまう存在感。
それこそが神話級というものの由縁であり、地上に出て来たばかりのアストルナークが持ち歩くことをためらった理由でもある。
「さすがですね」
と、まるで絶世の美形でも連れて歩いているかのような気分でノアールが歩いていると……。
「おい」
と、無粋な呼び声に止められた。
無視したかったのだが、その連中はノアールの進む先に立ちふさがったので仕方なく足を止める。
騎士の鎧を着たなにかだった。
人間ではあるのだが、ノアールの目からはとても騎士だとは思えなかったのだ。
「…………」
無礼に見下ろす騎士もどきは、どれもこれも片手を包帯で巻いている。
「おい、小娘。貴様、その武器はなんだ?」
その言いようにノアールは首を傾げた。
「なんだと聞かれても武器は武器です。それ以外に見えますか?」
「ぬぐっ!」
素直な返答に騎士たちは絶句し、そしてすぐに顔が怒りで赤黒く染まっていった。
「そういうことを言っているのではない!」
「その武器はどんなものかと聞いているのだ!」
「それがあなたたちに何か関係がありますか?」
「なにぃ⁉」
「あなたたち如きには縁のないものです。遠目で憧れるならまだしも、近づいて来ようなどと笑止千万。分をわきまえなさい」
ノアールも武器だ。そして武器だが、意思がある。ならば己の所有者には己の能力に見合った人物でなければならぬと思っている。
それはこの大太刀竜喰らいも同じだ。
ノアールほどに明確な意思はないが、己の能力に対する確かな矜持は存在している。
それに対して、目の前の騎士もどきたちはあまりにも不似合いだ。
そんな連中には近くに寄ってくることさえも不遜だ。
なによりこれはもうノアールの物だ!
「下がりなさい」
恐々と事態を眺めていた野次馬たちは涼やかに言い放つノアールの姿に感銘を受けたが、ぶつけられた騎士もどきたちにとってはそうではない。
なにより彼らにとって、こんな扱いを受けるのは本日二度目だ。
たかが小娘にまで侮られ、もはや彼らの高いだけの誇りはずたずたに引き裂かれた。こらえ性のなさが爆発したものの、小娘相手に剣を抜くという愚は犯さなかった。
騎士が束になった少女を剣で殺したなど、どれだけの正当性があったところで風聞が悪い。
その程度のことを考える程度には理性があったと賞賛すべきか、そもそも痛い目にあったにもかかわらず同じ日に同じことをしようとする彼らに理性があったところでなんの意味もないと断じるか……。
一人が振り上げ、そして振り下ろした拳をノアールは冷静に見つめ、そしてその細く繊細な指で優しく受け止めた。
「なっ!」
現実的に考えて、線の細い少女が大人の拳を簡単に受け止めるなどありえない光景だ。
だが、それが現実となった。
そして……。
「わたしの者に手を出そうとしたのです。罰を与えないといけませんよね?」
「っ!」
ノアールが細く笑い、拳を振り下ろした男は鋭い痛みに襲われた。
6月25日に発売されました書籍版「庶民勇者は廃棄されました1」ですが、無事に続刊決定となりました。
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