236 女王の戴冠 01
嵐は唐突に去った。
「なんだったんだ?」
そう言いたくなる気持ちを否定することは誰にも許さない。
実際にそんな強い気持ちを込めていったわけではないが、その怒りがないわけでもない。
ニドリナはそう言うしかなかった。
王都を脱出した後は街道にあふれたゾンビたちを切って切って切って切って切って……回避とか迂回とかいう言葉が存在しない狂戦士どもに引っ張られるようにひたすら東に進んでいく。
さあもうすぐで国境だ、脱出だと思っていたところで唐突にゾンビたちはいなくなってしまった。
前だけでなく右も左も後ろも、さっきまで失った命を求めるかのように群がっていたゾンビたちが消えてしまった。
戦いは唐突に終わった。
それを確信したかのように狂戦士たちは唐突にその場に寝転がり動かなくなった。
リンザたちや、他にも戦いの途中で《侍》に昇華した者たちも疲れ切った顔でその場に座り込む。
だが、誰一人としてニドリナのような困惑を浮かべている者はいなかった。
誰もが同じことを言う。
あのラランシアさえも。
戦神の大神官さえも。
「充実した戦いでしたね」
などと明るく言うのだ。
「どこがだ?」
賛同してくれるものがどこにもいないとわかっていながらも、ニドリナはそう言うしかなかった。
「勝者と敗者は線引きされ、成長する者は成長し、消え行くものは消えていった。争いを賛美するつもりもありませんが、争いを忌避する必要もありません。それはどこにでも存在し、どこでも起こりうるものですから」
「ふん」
神官の言葉遊びに感心する気にはなれない。
ニドリナは近くで見つけた木陰に座り込む、ラランシアが付いてきたことが気に入らなかったが、嫌味で追い払う気力はもうなかった。
ともあれ、戦いそのものが無駄だったわけではない。《狂戦士》が《侍》となったように、ニドリナの中でも変化はあった。
これでまた宿願を叶えるときが近づいたのだと思える。
そう考えてみれば、ここにいる者の誰も不満などあるはずがないのだ。
「いや……」
ただ一人……違うかもしれない。
ニドリナは街道の真ん中で四つん這いになったままの黒い少女を見た。
「無理……もう無理……もうお腹いっぱい。食べられません。ほんとに無理。味の変化、味の変化を求めます。手出し無用とかひどすぎます。自分が楽しんでるからって、わたしには何もするなとかひどすぎます。ていうか吐きます。もう吐きます。限界です」
思考する生体剣ノアールだ。
王都脱出の際にはありえない力を見せたのだが、どうもその後、この場にいないアストルナークに何か言われたらしく。全員の武器を保護する以外の活躍を許されず、ひたすらニドリナたちが屠るゾンビたちを間接的に捕食し続けることを強いられていたのだ。
「ふふふ……これを吐いちゃったら何になるのかしら? ちょっとわたしでも想像できません。すごいのできるのかしら? すごいのができちゃうのかしら? これはわたしとマスターの愛の結晶ですね。どんなのでも認知させてみせますよ」
そんなことを呟く少女に、放置していたニドリナだがさすがに嫌な予感がして、ラランシアを見た。
「なにか嫌なことを言っているぞ」
「これもまた戦いでしょう」
「……ふざけるな」
戦いから解放された狂戦士たちは路上だということも気にせずに眠りこけている。というより体力の限界を幾重にも突破して死にかけているのかもしれない。リンザたち侍連中にしても同じようなものだ。
となれば動けるのはニドリナとラランシアだけ。
「いや、無理だぞ」
「無理ですね」
だが、無理といったところでノアールの方もまた無理なのだろう。
「ふふふううふふふふふふふふ……ひっひっふー」
「おい、なんか産む準備始めてるぞ」
「新たな命の誕生ですね」
「そんな悠長なことを言っている場合か?」
「彼女の『排泄行為』は何度か見ましたが、あれの相手をするとなると……元気な時でも無理ですね」
「……身内の自爆で死ぬか」
「そう言われると、あまり素敵な死に方に思えませんね」
あきらめの境地に入り始めた二人の前で、ノアールは青ざめた顔で独特な呼吸を繰り返す。
やがて……。
ボトッ。
と、それはノアールの眼前に落ちた。
どうやってそれがそこに落ちたのか、当のノアール自身も、離れたところで見ていたニドリナたちにもよくわからない。
気が付けばそれは現れ、地面に落ちていた。
一振りの剣だ。
ノアールの身長ほどもある長剣。
それをすっきりした顔の黒の少女は掴み、立ち上がった。
「まぁ、これはまさしく! わたしとマスターの愛の結晶ですね!」
人形をもらってはしゃぐ子供のように剣を抱いて踊るノアールにしばし唖然とした後、溜息を吐いて首を振った。
「あいつといると常識が疎遠になるから嫌なんだ」
「それはつまり、刺激の多い人生ということですね。楽しくはないのですか?」
ニドリナの愚痴をいちいち肯定的意見にすり替えるラランシアを睨み、彼女はまたため息を零すのだった。
「素直になれないというのも大変ですね」
「ふん」
心を覗き込むようなラランシアの言葉からニドリナは顔をそむけた。
しばらくの休憩の後に一行はタラリリカ王国に向けて移動を開始するのだが、その時には木陰から現れた女吸血鬼が放り投げてきたランザーラ王国の王子を連れていくことになるのだった。
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