234 天の顕現 04
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カハァ……と笑う兄の顔は、もうタイタニスの知っているそれではなかった。
「お前は……誰だ?」
「誰って……お前の兄だ。ストルードだよ」
「嘘だ。お前は兄さんではない」
では、なんだというのか?
血を吸われて吸血鬼になったからってこんな顔になるものなのか?
いやそもそも、童貞ではなかった兄は吸血鬼に血を吸われてもゾンビやグールなどの他の不死系魔物になるだけのはずなのに。
なのにどうして吸血鬼なのか?
「兄だよ。お前の……ただ俺はあの方の命と同化しただけだ」
「同化?」
「そうだ。無限の命という壮大な計画を成し遂げるために……俺は……あの方の子孫たる俺は…………あああああああ、あの方は! あの方は待っていたんだ。この計画を成功させるため、自分に似た命の形を持つ者が子孫の中から現れるのを。それがあの方が唯一持っていた偽魂石の情報。あああああ……偽魂石は命を似せて、命をすり替える。その仕組みを知るためにあの方はあの男を呼び寄せた」
「ひっ!」
いきなり口だけが動いているかのようにストルードが喋る。その異様さにタイタニスの口から悲鳴がこぼれた。
「これであの方は無限の命を得た。これであの方は勝利する。これであの方は天の階梯のその先にその先にその先に……」
「に、兄さん?」
「こ……」
「え?」
「殺して、くれ」
「兄さん? な、なにを?」
「俺は奴のためにここで縛られている。もう二度とここから出ることはできない。そしてお前は、ここにいたら俺の予備に使われる。だから、逃げろ」
「そんな……でも、どうやって…………」
「いいか、逃げろ、逃げろ………………逃がすものか」
「ひっ!」
兄の様子が二転三転し、タイタニスは状況についていけずうろたえるしかない。
部屋の周りは相変わらず真っ白でずっと聞こえてくる地響きのような音以外はなにもない。
こんなところからどうやって逃げればいいのか。
「お前はもう逃げられない。逃がしはしない。お前たちは私の無限の生命を保つための人柱なのだからな」
「なら、この人たちが死ねばお終いなんですね?」
「え?」
その女性はいつからそこにいたのだろう。
気が付けばストルードの隣に立ち、兄の顔をしたから覗き込んでいた。
タイタニスには誰かわからなかったが、ストルード……あるいは兄を支配している誰かはその女性が分かったのだろう。
「貴様っ!」
「なかなか苦労させられましたけど。入れないわけではありませんでした」
「くっ!」
「もうここもボロボロですものね。隙間も結構できていますから。……逃がしませんよ」
「させるか!」
ストルードが叫び、【血晶術】による血の剣を繰り出す。
その脆弱さに女……イルヴァンは笑った。
「大事な場所でしょうに。その程度の実力なんて」
【狂神血界】
「だめでしょ?」
瞬く間に血の奔流となったイルヴァンはストルードを飲み込み、そしてすぐに元に戻る。
「あ、あ、あ……」
通り抜けられたストルードは全ての体液を抜き取られ乾燥した姿となってその場で震え、そして枯れ木のように崩れ落ちた。
「に、兄さん!」
兄の突然の末路にタイタニスは叫ぶしかない。
「よ、よくも兄さんを!」
それでも兄を殺された怒りを忘れることはなかった。
殺意を向けるタイタニスにイルヴァンはゆるりと首を傾げた。
「武器もなしでどうするつもりです?」
「え? あ? あれ……?」
イルヴァンに問われてようやく、タイタニスは武器が取り上げられていることに気が付いた。
敵だといった相手を前に狼狽する少年に女吸血鬼は首を傾げたままで考える。
「さて、どうしたものか。一応はご主人様と一緒に来た人ですし。ああでも、あなた王子様でしたっけ? 敵国のなら殺してしまっても問題ないのかしら? いっそのこと……滅ぼしてしまっても問題ないかもしれませんね。だって……」
と、呟いたイルヴァンの言葉でタイタニスが止まった。
「……いま、なんて?」
「なんです?」
「いま、なんと言った⁉」
「滅んだと言ったのです。王都ラーランはあなたたちのご先祖様? が起こしたゾンビ禍によってもはや生者はいません。他の大きな都市もそうですね。生き残りは田舎の村ぐらいではないでしょうか?」
「……………………そんな」
「ああ、そういう意味ではあなたは最後の王族、ということになるのかしら?」
「王族……そうか、それなら」
タイタニスの表情から感情が削げ落ちた。
驚きも怒りも絶望も全てはイルヴァンの言葉によって飲み込まれた。
「最後の王族。それが本当なら、僕はやることがある」
「……聞きましょうか?」
「ダンゲイン伯爵に伝えてほしい。ランザーラ王国はタラリリカ王国に降伏する。だから、生き残っている民を、どうか救けてほしい」
「お伝えしましょう」
答えたイルヴァンが浮かべた笑みに硬い決意で表情を引き締めていたタイタニスだったのだが頬が赤らむのを止められなかった。
……実を言えば、イルヴァンは少し前からアストルナークと連絡を取り、ストルードの状況を伝え、タイタニスの処遇を訊ねていた。
そこでアストルナークは二通りの未来をイルヴァンに指示していた。
一人でこの場から逃げようとしたり、兄の仇とイルヴァンに襲い掛かったりと……あくまでも一人の少年でいようとするのならイルヴァンの眷族にしろ。
だが、王族らしい行動ができたときには命はたすけるように、と。
「王族だ貴族だと高い地位でふんぞり返っているなら、こういう時こそ意地なり矜持なり……何かを見せるべきだろうが」
それはアストルナーク自身の恨みから生まれた言葉であり、そして貴族となってしまった自分への自戒の言葉でもあっただろう。
ともあれ、激流に飲み込まれた木の葉のようだった少年は、最後の一人となることで強制的に王族としての最後の階段を上り始めた。
たとえそれが幕引きのためのセリフを言うだけだったとしても、彼はそれをやりきるための覚悟をしたのだ。
「その決意はお見事です。王子」
「う、うん……」
「では、女王陛下のところまでご案内するために、まずはこの城を脱出しましょうか」
「そんなこと、できるのか?」
「我が主人ならば容易いことです」
自身の主人のことを誇らしげに語り、イルヴァンはランザーラ王国最後の王子に手を伸ばし、彼はそれに応えたのだった。
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