227 西より天騒ぐ 07
西の空が何やらおかしい。
「ランザーラ王国で異変です」
「ええ、見ればわかるわ」
かつて父が使っていた執務室の窓から見える空にその異変はあった。
北にそびえるグレンザ大山脈。それは西の空まで伸びていき、暗い影を落としている。
「宮廷魔法使いたちに解析を急がせさせなさい」
「はっ!」
連絡にやってきた騎士が去っていくのを見届けて、かすかなため息が聞こえた。
護衛のハラストのものだ。
「……ダンゲイン伯爵の仕業だと思いますか?」
「もちろんです。殿下」
ハラストは一時期ダンゲイン伯爵と行動を共にしていた。
それはルニルアーラも同様だ。
だからこそわかる。
「彼以外に誰がこんなとんでもないことをできますか?」
「北にもう一人いらっしゃるけど。……そうね。今回は間違いなく彼でしょうね」
「騒動を起こしに行くと嬉々として向かいましたからね。間違いないかと」
「しかし、あれは一体、なにかしら?」
「あまり知りたくはありませんね」
「では、教えてあげましょう」
「「「「「っ⁉」」」」」
いきなりの第三者の出現に室内に緊張感が満ちた。
室内の見える場所にいるのはルニルアーラとハラストだけだが、見えない場所には影の護衛が無数にいる。
ニドリナがいなくなったとはいえ、ここにいるのはタラリリカ王国でも有数の実力者たちばかりだ。
その彼らの防御を潜り抜けてこの部屋にいるという事実に緊張したものの、次なる行動は早かった。
姿を現し、ルニルアーラの前に立つ。
次々と現れた護衛たちに夕焼けを帯びたような髪の女はそんな彼らに笑いかける。
「早い対応ね。立派立派」
「どなたですか?」
最近はこの手の不意打ちの訪問客に慣れてきたルニルアーラは、すぐに冷静さを取り戻した。
「殺す気ではなさそうですね」
「そのつもりならすぐにそうしていたわ。わたし、遊びは選ぶ方だから。ねぇ、ハラスト?」
そう声をかける彼女に、ルニルアーラは己の近衛騎士を見た。
「ハラスト?」
「ええと……母です」
頭を抱えたハラストは主君の視線に言葉を濁しながらも説明をし、ルニルアーラはそれに目を見張った。
どう見ても同い年ぐらいにしかみえない。いや、もしかしたら彼よりも若いかもしれないぐらいだ。
「母?」
「ええ、ハラストの母レクティラと申します」
「そうですか……それで、どうしてここに?」
思わぬ関係性に動揺したが、それもすぐに立ち直った。
本当にアストルナークと出会ってからこういうことには強くなったと思う。
「ちょっと用事があってここを通りがかったので、ついでに息子に状況の説明をしようと」
「なにが起こっているのか、ご存じなのですか?」
「あれはそうそうお目にかかれない規模の魔法災害よ」
「魔法災害?」
「そう。世界を改変するほどの巨大な魔法がぶつかり合うことによって起きる災害。でも、最近もそんなことがあったわね。たとえばとある戦場とか」
「主戦場……『世界の牙』のことですね?」
「そうね」
「では、あそこで戦っているのはまさか……」
アストルナークとラーナリングイン?
主戦場での戦いも二人にとってはじゃれ合いのようなものだった。
ならばこれもそうなの?
「とても危険よね、彼らは」
そんなルニルアーラの考えを読んだかのようにレクティラの言葉はするりと入り込んでくる。
「あんな人たちに頼って、本当にこの国は大丈夫なのかしら?」
「うっ」
「彼らは単純な怒りで国さえも滅ぼすことができる。そんな人たちのご機嫌取りをこれからも続けていくつもりなの?」
「それは……」
なんだこれは?
彼女の言葉はまるで抵抗なく耳に入ってくる。
いや、抵抗はある。だけどそれは心的抵抗ではなく、物理的抵抗。摩擦という名の皮膚触感。
そしてそれは不可思議な心地よさを与えてルニルアーラの体温を上げる。
その不可思議な摩擦は下腹部へと振動と熱を伝え、疼かせる。
気付けば、ルニルアーラとレクティラの間に立ちふさがっていた護衛たちがみな、その場に膝を突いていた。
「あなたは……」
「わたしはあなたが心配なの。わかってくれ……」
「いい加減にしてください」
その声がした途端、空気が軽くなった。
ルニルアーラを真綿で締め上げるような息苦しさと疼きが消えた。
いきなりの解放感にふらつく彼女の前に立つのは、ハラストだ。
「それ以上の不敬は、いくらあなたとはいえ許さない」
「あら、【妖酔夢】を破るなんて、ずいぶんと仙気を練れるようになったのね」
「彼のおかげです。多少は不本意ですが」
「ハラルド……?」
「もうしわけありません、殿下。母はその……」
「すいませんね。竜なもので、人間社会の対応に不慣れでして」
「っ‼」
『このバカ!』と言わんばかりにハラルドが睨みつけるが、レクティラは素知らぬ顔で、なにもなかった背中に翼を生やした。自身の髪と同じ赤紫色の光を纏う蝙蝠のそれに似た翼だ。
「艶翼竜レクティラ。どうぞお見知りおきを」
「竜? では、あなたはもしかして……」
「そう。初代タラリリカ王と契約を交わした竜ですよ」
「なっ!」
「そしてこの子は……」
「いい加減にしてください!」
レクティラが口にしようとした言葉はハラルドの怒りによって断ち切られた。
「いくらあなたでもこれ以上の勝手は許さない!」
「ふふっ……まぁいいわ」
「……それで、今日は何のためにこんなところに?」
いらぬことを言うなと威圧しながらの質問に、レクティラは翼を収めて笑う。
「ああ、そうそう。だからね。ランザーラ王国でひどいことが起きているから、どうかそちらには近づかないようにとお願いに来たの」
「お願い?」
「ええ、だってこれからもっとひどいことにしようと思っているから。息子が巻き添えになるのはかわいそうじゃない?」
微笑むレクティラに気を取られていると、城を震わす大音響が窓の外で起きた。
「なにがっ⁉」
あまりの音に皆が耳を押さえて座り込む中、ハラストだけは仙気で鼓膜を守りガラスの破裂した窓から外を見た。
そこには暗雲立ち込める西の空へと向かっていく影がある。
「あれはなんですか⁉」
音響の残滓を引き連れて飛ぶ影の正体を訪ねようと背後を振り返ったが、そこにはもうレクティラの姿はなかった。
「いいわね。決して西の国へ来てはいけないわよ」
彼女の声だけがそこには残されていた。
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